OLをやってきた強みって?
シエラも、リオンも、既に部屋を出ている。
残されたのは、メイと、依頼者のグリスだけだ。
そんな静かな空間で。
「おい、グリスッ!!」
突然、下着姿の若い女がベルも鳴らさず、大声で家に入り込んできた。下品な要素をここまで1人の人間に詰め込めるものかとメイは感心した。
「朝から煩いな、オフィラは」
全く冷静にグリスは応対する。どうやら彼女はオフィラというらしい。しかし重要なのは彼女の名前ではなくグリスと彼女の関係性だ。
軽い挨拶を見ただけで、狭い村だから、といった説明では足りないほどの親密さがグリスとオフィラの間にはあるように見えた。幼馴染に近いような関係性が伺える。
「あなた、いつまでその格好でいるの!?」
そしてどうやらオフィラはグリスへ服を脱ぐよう説得に来たらしい。そんな頓珍漢な命令、王都ラズベリアの法であれば裁かれてもおかしくない。
「ずっとだよ」
「どうして!? 脱げば健康になるのに」
「ならない。俺の知識はそう言ってる」
「まだ旧来の医学なんて勉強しているの?」
「当たり前だ。––––自分が救えなかった分、誰かを救いたいからな」
「グリスさん、医学勉強してるんだ」
想定外の情報にメイは思わず声を出してしまった。下着姿のオフィラはこちらに気づいて、鬼のような形相をする。
「誰この女!?」
「村の問題を解決するために王都から来てくださった冒険者だよ」
「どうしてグリスの家に?」
「ここ以外住めないだろ。みんな裸なんだから」
「怪しい⋯⋯!」
オフィラはメイを睨みつける。怪しいも何も本当にグリスの言うことが事実なのでメイは困った。
「ずっとそんな格好だから体も重くなるんだよ。みんなと同じになれば森の妖精だって倒しに行けるよ」
「倒してどうする。それで俺の病気が治る訳でもない」
「治るよ! グリスが健康になろうと願って、それであいつを倒せば、きっと治る」
「あのー⋯⋯」
メイは気になって我慢できず割り込んでしまう。
「グリスさんはかつて森の妖精を討伐に行ったことが⋯⋯?」
「グリスじゃなくて、村のみんなが行ったのよ。グリスの病気を治すために」
「治らなかったけどな。⋯⋯俺のために行くなんて本当にくだらない」
それだけ言ってまた2人は向き合った。グリスが外の人間とあまり喋りたがらないのでメイの介入する余地が生まれない。そもそも彼は自らのために討伐に行った話を避けているように見える。
そんなグリスの様子をメイが伺ううちに、オフィラは別の話題を切り出した。
「知らないの? 服を着た冒険者の話」
「なんだそれは」
「フィールドで命を落とした冒険者はみな服を着ていたの。それだけじゃなくて、街のなかで盗賊に襲われた人もみな」
服を着ている集団と冒険者の集団が一致するので当たり前だろうとメイは思う。グリスもたいそう困惑していた。
「おかしいと思わない? 冒険者用の装備は全部ギルドの承認を得ないと流通しないんだよ。⋯⋯きっと、その過程でギルドが呪いをかけているに間違いないの。だから服を着る人なんてみんなバカよ。自分らが支配されてるってことに、全く気づいていない」
グリスは言葉を探しているようだった。メイは何か反論するか悩んだが、彼女の思想も呪妖の影響があると思うと同情が勝って何も言えなかった。
「それに、脱いだら毎日体も軽くなって⋯⋯。ちょっとスタイルも良くなったかも? だって見てよ。あの服を着た女のなんとも貧相な体」
「なっ⋯⋯」
今度こそメイは反論したくなった。一瞬、攻撃スキルのカタルシスロンドをぶっ放すか悩んだ。
「失礼だろ。オフィラ」
「事実を言ったまで。––––あたしは、グリスに真実を知ってほしいの。ただそれだけ。村のみんなもずっと心配してる。グリスが変わるまで、あたしは毎日でもここに来る」
「オフィラ、少し落ち着いてくれ。––––オフィラの気持ちは良く分かった。俺も1度冒険者達を説得してみる。だから、今日は一旦帰ってくれないか」
「ほんとに、説得するの?」
「ああ」
「⋯⋯わかった。グリスが言うなら」
グリスに促されて、オフィラとやらは家を出ていく。
「⋯⋯」
彼女が去った部屋で、メイは自らの体をじっと眺める。
「あたし、そんなにちっちゃいかな」
◆
「すまない。迷惑をかけたな」
オフィラが出てしばらくした後、グリスが沈黙を破った。
「大丈夫。村の問題を間近に見るいい機会だったから」
メイはそれっぽいことを言う。OL時代に人を傷つけない嘘を会得していて良かったと思う。
「それより、今日もお前は待機なんだな」
「いざというときに出勤するのがあたしだから」
「そうか」
グリスは聞いた割に随分と興味のない返事であった。メイは何故問うてきたのか理解し得なかった。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
それだけ言って沈黙がしばらく続く。時計の音だけが鳴り響く。とんでもなく静かだ。ただ、1度リビングに集まった以上出ていくのもなんだか気が引ける。
eAQMにはスマートフォンのような暇つぶしがないから、メイはひたすら過去の収集素材や魔物情報を眺めるだけである。何となく、この村の過去の依頼なども眺めてみた。
グリスも同様に退屈そうにしていた。関係性の悪いお局とオフィスに残されたときの空気をメイは思い出した。つまらない雑談を振ってくる割に、何を返しても嫌味ばかりの女であった。
そんなくだらない過去を想起するうち、メイは気になっていたことを思い出す。
「グリスさんは、体が弱くてあまり外に出られないと聞いたけど」
「ああ、そうだが」
彼はぶっきらぼうなだけでお局のような不快感はない。この冷たさは自らを嫌っている訳ではなく軽い自己防衛の一種だとメイは捉える。さながらシエラのように。
「答えられればで良いよ。ずっと患っている病気というのは、どういった種のものなの?」
「知ってるかわからないが⋯⋯」
グリスは自らの症状とその病名を述べた。戦闘の際に魔力を発揮しようとすると酷い頭痛に襲われる。魔法詠唱のための神経回路が痛覚と混同したがゆえの先天的な奇病であるそうだが、過去に医者を呼んでも全く治療に至らなかったという。病名は何かしらの横文字でメイの知る範囲ではなかったが、その症状には聞き覚えがある。
––––メイは過去にクエストの依頼でその患者を治療するための素材を調達した記憶があった。
「あたし⋯⋯同じ症状の人を、助けたことがあるかもしれない」
メイの発言にグリスの眉がわかりやすく動く。ただし即座にまた真顔へ戻る。
「勘違いだろ。この村に出張に来て、俺を見た医者はみな治療の術がない病気だと諦めて帰った。大体、言い方が悪いかもしれないが、医療のライセンスを持つ訳でもないやつの記憶なんて、参考にならない。俺の病気はもう治らないんだ」
キツい言い回しであるが、彼の主張には一理ある。ずっと抱えてきた病気を、素人が治療経験を有するなど述べたところで、受け入れる気にならないのは至極真っ当だ。加えて彼は自らの病気が治らないと諦めてしまっている。
確かにメイは医学に関する専門的知識を持ち合わせていない。それは転生前でも転生後でも同じ。
けれど、短期間にこなしたクエストの数なら、どこの冒険者にも負けない自信がある。討伐の名誉や報酬金を問わず、近所の買い物から非効率の採取まで、メイは自らの転生ライフを豊かにするためクエストの人気不人気問わず片っ端から受けてきたのだ。そして、やはりメイの記憶は過去に同症状の治療経験があると訴えている。
「太陽樹の枯れ葉と⋯⋯セイレーンの銀翼⋯⋯」
メイの言葉に、グリスは要領を得ない顔をしている。
「やっぱりそうだ。あたし、前に同じ病気の女の子を助けたの。その街の医者は、今言った2つの素材を錬金したら薬になるって言ってた。⋯⋯調べたけど、この素材はこの村周辺じゃ取れなくて、もしかしたら植生学的な都合で治療ができなかったのかも」
「⋯⋯本気で言ってるのか、その話は」
グリスはまだ信用しきれないような表情をしている。
「本気だよ。あたしの認識が間違ってなければグリスさんの症状を解決できるかもしれない。太陽樹もセイレーンの出現地もここから遠いけど⋯⋯ざっと概算した感じ、リオンが村を全部回るまでには戻ってこれそうだから」
しばらくグリスはメイのことを見つめて、それからゆっくりと口を開いた。
「分かったよ。お前の話は信用する。––––仮に偽りだとして嘘をつくメリットのない話だからだ。この家から離れることも俺は気にしない。姫様と勇者が仕事を失敗すると思わないからな。ただ、1つ懸念点がある」
「懸念点?」
「そう、お前自身ことだ」
「あたしに?」
「ああ」
長く伸びたグリスの前髪は、彼の表情を遮るので時折メイは気持ちが掴めなくなる。ただし途中から足をずっとぶらぶらさせている。
「単なる疑問だ。周辺で取れない太陽樹の採取とセイレーンの討伐を、日が暮れないうちに行うつもりか? はっきり言って、ただの冒険者が処理できる範疇をゆうに超えている。俺がなまじ許可を出したせいでお前に万が一のことがあれば、責任を追求されては嫌だし、それに、⋯⋯こう、なんというか、ある程度顔を見知っている人間に死なれてしまうのは困る」
グリスはメイの戦闘能力を心配しているようだった。
メイは何となく悩んで、あまりしたくないけれど、最終手段を取ることにする。
––––どれだけ口がうまくとも、根拠資料を提示せぬことには人の納得を促せない。OL時代、外部との交流でメイが痛感したこと。
「これで⋯⋯納得してくれるかな」
メイはeAQMの冒険者ステータスを表示した。上位0.5%未満を表示するマスターランクのアイコンと、そこに至るまでの履歴。
「な、なんだこれ⋯⋯」
ギルド登録からマスター達成まで、赤子の首が座るより短い期間で、昇格の記録と達成クエスト数がびっしりと詰まっている。メイは自らの経歴を長く眺めたことがなかったけれど、こう見ると共有するのは誇示しているようで恥ずかしい。照れくさくなってメイはすぐに表示を閉じた。
「そしたら、行ってくるね。こうしてグリスさんを助けられるのも、何かの縁だと思うから」
「お前⋯⋯何者なんだ」
困惑するグリス相手に、メイも言葉を探す。
「うーん、なんなんだろ」
少なくとも天才でないことは事実であって。
けれど、もし自分だけに明確な役割があるのなら。チートスキルなんて持たない自分が価値を発揮できるとするならば、それは、過去の自分が積み重ねてきた名誉へ恥じることなく適度に縋ることと、自らの対応可能な仕事を明確にして自身を労ることのできる範囲でパーティに貢献すること。そういった経験をどう言語化して良いのかわからなくて、濁したような言葉でメイは答える。
「ただただ失敗を重ねてきただけの、社畜……かな?」
グリスはまたしても要領を得ない顔を見せた。今日だけで4度目である。




