どうやらあたしの知らない存在が発生しているみたいで
「最近、”呪妖”と呼ばれる生物の発生が報告されつつあります」
狭い部屋の中。ゆっくりと口を開いたリオンから放たれたのは、今までのメイにとって全くの憶えがない単語であった。
「呪妖⋯⋯?」
「ええ、そうです。魔物生物学にて定義できない、新たな魔的生物の存在」
「たとえば、救いの森で見た妖精はまさに呪妖の具体例ですわ」とリオンは述べる。確かに、自然の摂理で、かの容貌をした生物が森に誕生したとはとても考えにくい。リオンの言った通り新生物だと言われた方がよほどしっくりくる。
「んじゃあ、なんだ? あの妖精がまた蘇ったのは、あいつが魔物じゃなくて呪妖だからってことか?」
「ええ」
「となると、あの妖精は何度討伐しても蘇るのか」
「半分正解です、シエラさん」
リオンは奇妙なことを慣れたように回答した。何度討伐しても蘇る生物⋯⋯。メイの常識の範囲内では、元居た世界でも今居る世界でも想像しがたい存在である。
例えば、元居た世界であれば、プラナリアのように驚異的な再生能力を持ち、切断してもそれぞれがまた元の個体の姿を取り戻すような生物がいた。しかし、あの妖精ほど高度な構造を持っておきながら肉体を数日で回復させる生物は聞いたことがないし、そもそもメイの見た妖精––––呪妖はシエラによって見る影もなく葬られた訳で、プラナリアの切断実験とは状況が違う。
となれば考えうるのはその呪妖とやらが有する魔力が細胞のように欠片から元の生命体を復元している可能性であるが⋯⋯。
「どうされました? メイさん」
リオンの言葉で、メイの意識は2人との会話に引き戻される。
「あー、えっと」
「随分と難しい顔をされていましたから。何かご不明点などあればお聞きしますが」
「どうして呪妖は何度も復活するのかなって、考えてて」
「ちょうど、そのお話をしようと思っていたところですの」
腕につけた情報管理システムのeAQMをチラリと見てから、リオンはまた語り始めた。
「結論から述べますわ。現状、王都ラズベリアの研究では、呪妖がなぜ討伐後もその姿を見せるのか、確定的な理由を見つけるに至っておりません。ただ、今まで呪妖がその姿を見せなくなった状況から察するに、1つ強力な仮説があるのです」
「そしてそれこそが、わたくし達がいまここに居る理由」。ツインテールを弾ませながら、リオンはしたり顔で続ける。
「呪妖は、2つの特徴を持ちますの。今議論している、『何度討伐しても復活してしまう』という点。それと⋯⋯」
「『人間に何らかの怪奇現象をもたらす』」
気づけばメイは自らの考えを口走っていた。メイの言葉を聞いたリオンは、優しい表情で、「ええ、その通りです。メイさん」と微笑む。
「周囲の人間に悪影響を与えるだけなら、魔物でもよく聞く話だがな」
シエラはかつてどこかで述べたようなことをまた言った。ただしその内容は至って真実だ。魔物もそうだし、メイの元居た世界で聞いたような妖怪だとか怪物だとかも、人間に悪影響を及ぼすといった能力はおとぎ話にて定番として語られるものである。
「はい。しかし呪妖の与える悪影響というのは、極めて特殊です。それは言語化するのが非常に難しく、なんというのでしょう、魔物の持つ戦闘能力に由来したエレメント的な能力が、相似的な構造を有して人間の思想を歪めているというか」
「姫様。頼む。私らがそこまで賢くないのも申し訳ないが、それにしても難しい表現ばかりで理解できない」
メイはさりげなくシエラに『賢くない仲間』扱いされる。
「そうですね。例えば過去に報告された例を挙げると⋯⋯あら」
そのタイミングで、リオンのeAQMがアラームのような音を立てる。彼女の反応からして王都からの連絡と見えた。
「すみません、急用が。––––話が逸れて恐縮ですが、1点、呪妖によって生じる怪奇と人々の思想は相互作用しているということ。呪妖を完全に討伐したければ、人々の思想も改善する必要がございます。明日はこのことを軸にお話できればと。それでは」
「失礼」と言って、彼女は国とのやり取りのため部屋を出た。
結局その日はリオンと王都とのやり取りが長引いたので、それ以上呪妖について語れることはなかった。メイは何となく、人生経験でこれから大きな仕事が降ってくるような予感を覚えた。
◆
「昨日は失礼いたしました。国からの連絡が随分と多くって」
翌朝、メイが朝ご飯を作っていると早くに起きたリオンが詫びに来た。寝起きでも身なりがしっかりしていて、スープの温まり始めていたキッチンがさらに朝めいてくる。
「いいよ。別件で遮られたことは全く気にしていないし、これから行うべきことを伝えてくれれば。——呪妖の諸々は、いつか話してくれるんだよね?」
「ええ。もちろん。⋯⋯呪妖に関する概要と仮説は本当に多いですから、順を追って、情報共有できればと」
「ありがとう。あたしはそれで十分だよ。むしろ⋯⋯自分なりに呪妖が何か考える機会まで生まれて楽しいくらい」
「メイさんは思ったより研究者気質なのですわね」
「そう⋯⋯なのかな?」
「もっと向き合うべき事象を明確にしなければ気に済まないタイプで、曖昧なままにされているものは嫌うのかと」
「確かに。⋯⋯自分のタスクは明確にされている方がありがたいかも」
「極力、情報は与え続けられるように尽力致しますわ。今日も、朝食が終わり次第各自の行動を決めていきましょう。––––呪妖Ic-011/Dの寛解に向けて」
「呪妖⋯⋯なんて?」
「失礼いたしました。こちらの用語を、まだ説明しておらずで」
どうやら呪妖は新生物ゆえに命名が定められていないから、体系的な命名規則で呼ばれることが一般的であるそうだ。
リオンいわく、呪妖に続く大文字のアルファベットが呪妖の全容を表す大区分、次の小文字アルファベットが大区分中の分類を示す小区分。数字は報告された順番。最後のアルファベットは一般の魔物同様に討伐難度を示すという。メイはその区分の詳細を知りえないが、かの妖精、呪妖Ic-011/Dは「医学に影響を与える呪妖のうち、衛生学を歪ませるもの」と定義付けられるらしい。
最後のアルファベットがDであることから、こちらは旧来の魔物討伐ランク(S〜E)に基づいて、討伐に苦労しない戦闘能力の低い魔物である、ということが冒険者のメイでも理解できる。
加えて、呪妖を処理することを寛解と呼ぶことも知った。寛解とは一般に、病気が治療こそしていないものの症状を示さなくなった状態のことを指す。根本解決がなされているか確定し得ない呪妖の処理も上記になぞらえてそう呼ぶようになったとリオンは言う。
「焦げ臭い匂いがするが大丈夫か?」
呪妖の話に頭を巡らせていると、部屋からやってきた家主のグリスに料理の不注意を指摘された。慌ててメイは火を止める。リオンはグリスと軽い挨拶を交わして、そのままメイの元を離れた。
この村に来てから、メイは専ら食事係を担当している。元々料理は好きだったが、加えてシエラやリオンはてんで家事ができないので、メイなりにパーティで価値を発揮しようと躍起になるうち料理を振る舞うのが常套と化した。意外にも無愛想な家主グリスを含めて食事への感想はみな素直に述べてくれるので、その感想を求めて調理するのは楽しい。最近のメイにおけるマイブームになりつつあった。
ふと、メイは王都ラズベリアのことを思い出す。この問題が解決して王都に戻ったら、受付嬢ドロシーに成長した手料理を振る舞ってやろう、なんてことまで考えた。
そんなメイのマイブームが、思わぬところで対立を生む羽目になる。
【??】呪妖
全世界にて発見された既存の魔物とは異なる未知の存在。存在そのものが周囲の人間に影響を及ぼすらしいが⋯⋯?




