01.二度寝を決め込もうとしていたら婚約破棄された
三日月湖の傍に建てられた小さなお屋敷。
夜になれば、その名の通り地上に月が舞い降りると称される。
歴代の国王陛下も愛した湖を一望できる場所に建つ我が家は、小さいながらも私にとって自慢であり誇りであった。
湖畔には、今もなお存在感を放つ古城が建っている。
その昔、私の先祖様である初代領主が発見したとされ、今に至るまで我が家の監視下に置かれているのだ。
古城は、今でも当時の美しい姿で残されていると伝えられ、三日月湖と並んで領地の象徴ともなっている。
私のご先祖様は、陛下が愛したこの地を護る為、守護者となり、代々受け継がれてきた由緒ある家柄でもあるのだけれど……。
あくまでお祖父様、お父様、先人達の努力のおかげだと自覚しているもの。
だからと言って、お賃金を頂いている以上は、何もしない訳にはいかないけれどね!
「とはいえ、やっぱり朝は眠いのだ……」
窓から差し込む朝日を、お布団で遮りながら呟く。
今日も良い天気みたいだけど、起きたくないものは仕方がないよね? また明日から頑張ろう。
そう思いつつ二度寝を決め込もうとすると、部屋の扉を規制正しくノックされた音が聞こえた。
残念、もう時間切れかぁ……。
「ふぁ~い……どうぞ」
あくびをしながら入室の許可を出すと、「おはようございます」という声と共に一人の女性が部屋に入ってきた。
彼女は私の専属メイドを務める『ミーア・ルーベルク』さん。
私と似て寡黙な人なのだけれど、いつも淡々と仕事をこなせる優秀な人だ。
今もテキパキとした動きでベッドメイキングを始めているし……ってあれ!?
「お嬢様、失礼致します」
「ちょ! ちょっと待っ――」
私の返事を待つまでも無かったのか、問答無用で掛けていたシーツを引き剥がされる。
そのまま流れるような動作で、私は勢いよくコロコロとベッドの下へと転落していくわけで。
「んぐぇー!」
花も恥じらう乙女とは思えない悲鳴を上げてしまうのは許して欲しいところだが、これも私なりの抗議の声である。
身体は丈夫に産んでくれたお母様のおかげで、痛みは全く感じない。
むしろ丈夫に育ちすぎて、男性と同じぐらい背丈が大きくなったのは、良いことなのか悪い事なのか分からないけど。
「お嬢様、おはようございます」
床に這いつくばったまま見上げると、そこには表情一つ変えずに佇むミーアの姿があった。
その顔はまるで人形のように無機質でありながらも、どこか慈母のような優しさを感じさせた。
ただでさえ美人なのに、羨ましい限りだ。
「……うぅ……分かったよぉ……起きるからさぁ……せめてもう少し優しく起こしてくれないかな?」
「申し訳ありませんが、これが仕事ですから。それに毎度の事ですが、私が来なければ、まだ夢の中にいらしたでしょう?」
……仰る通りなので反論できない。
ぐうの音も出ないとは、この事だ。
しかし、このままでは私の尊厳に関わる問題になりかねない。
ここは断固として主張しなければ!!
「それでもだよ! いくらなんでも、この扱いはヒドイと思うんだ!!」
「……では、どのような対応をお望みでしょうか?」
ようやく反応してくれたミーアの言葉を聞いて、思わずニンマリしてしまう。
そうだねぇ、まずは何よりこれだろう。
「普通に起こすだけでいいんだよ! こんな風に乱暴に引っ張ったり、転がしたり、ましてや落っこちたりなんてする必要は無いはずだからね!」
床に転がったまま、ビシッ! っと指を突きつけて、力説する。
うん、我ながら素晴らしい名案だ。
これでミーアにも分かってもらえるはず……と思ったのだが、ミーアは眉ひとつ動かさないままこう言った。
「それは無理でございます」
え? なんで? どうして? ミーアの反応に私は困惑した。
まさかの即答である。
「ど、どういう意味なの!?」
「奥様からの命令で、お嬢様がベッドの上にいる事を確認出来たら、問答無用でシーツを引っぺがすように言われておりますので」
「お、お母様ぁぁぁ!!」
おのれ! オニオババめ! 私の行動を完璧に理解した上での策謀とは恐れ入ったわ! 流石は私のマッマだぜ!
「という訳で、諦めてくださいませ」
「そんなぁ~」
こうなった以上、もはや抵抗しても無駄なのは分かっている。
ミーアの手を借りて起き上がり、トボトボと化粧台へと向かう。
鏡に映る自分の姿を見ると、今日もまた見事なまでに寝癖が立っていた。
これは酷い……。
寝起きのせいもあって、普段以上に酷く見える。
でも、この程度でへこたれていては駄目だ。
今日も一日が始まるのだから、気合を入れなくては。
「失礼いたします、お嬢様」
「あい、どーじょー」
ミーアが手慣れた様子で私の長い黒髪を綺麗に纏めていき、ブラシを使い丁寧に髪をとかしてくれる。
とても気持ちが良い。
何度されても飽きることが無いくらいだ。
私の髪は、腰まで届くほど長く、量も多い。
そのため手入れには時間が掛かるが、こうしてミーアにやってもらうと、あっと言う間に終わってしまう。
(……うん、いつ見ても完璧だわ)
鏡に映る自分の姿を見て、つい嬉しくなってしまう。
表情を崩さずニマニマと笑う私を見て、ミーアの口角が少しだけ上がるのを見逃さなかった。
付き合いが長ければ、寡黙同志でも感情は伝わるものだ。
『私、可愛いよね?』『可愛いですよ、お嬢様』
なんちゃって。
「お嬢様。本日のご予定を申し上げさせていただきます」
「はい、お願いします」
「朝食後、午前は旦那様が不在のため、領主代理として書類整理を。昼食後は領内視察を。午後からはお嬢様のお好きなお昼寝の時間となっております」
「ありがとう、ミーア。いつも助かるわ」
私は今、お父様の代わりに領地経営を代行している最中だ。
両親とお祖父様は、次期領主である私の弟、ダヴィッドの社交界デビューの為に、王都へと出向いている。
その為、私はお留守番なのだけれど、可愛い弟の為ならば、お姉ちゃんは頑張るぞい!
着替えも終わり、身支度を整えた私は、ミーアと共に部屋を出ようとしたその時、扉の向こう側からノック音が聞こえてきた。
はて? 誰だろうか?
「どうぞー」
入室の許可を出すと、そこに居たのは、執事服に身を包んだ初老の男性だった。
私が生まれるよりも前、お祖父様の代から仕えてくれている人で、名を『ヴィクトル』と呼ぶ。
普段はにこやかで穏やかな性格をしているのだけれど、今は珍しく難しい顔をしていた。
何かあったのかな……?
「お忙しい中、失礼致します。お嬢様、少々お時間を頂いてもよろしゅうございますでしょうか?」
「構いませんわよ。どうかなさいましたの、そんなに深刻な顔で……」
「実は先程、王都におります旦那様より緊急連絡が入りまして……」
お父様から? 一体どんな内容かしら。
「……かねてより進められていたアリスティアお嬢様と、王太子殿下であるフレデリク・ルクレール様との婚約が、一方的に破棄されたと」
「……はい?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
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