02 ヘルマン侯爵子息
エーミール視点です。
エーミール・ヘルマン侯爵令息
ヘルマン家の次男。
金の髪に、空色の瞳。
容姿が整っていて、色気もあり、それに毒され、女性達が正常ではいられなくなる体質の持ち主。
家が侯爵という地位もあってか、次男なのにエーミールの周りには、女性が群がり、男性ですら群がろうとする。
まるでうるさいハエの様だった。
家族は慣れていて平気だったが、従姉妹ですらハエになってしまう。
それに、エーミールは嫌気がさし、騎士団に入団した。
元々は兄を手伝う為に頑張っていたのだが、こんな状況では兄にも迷惑をかけてしまう。
元々文武両道だったこともあり、騎士団でもみるみるうちに昇進し、早い段階で隊長を拝命した。
そんなときに出会ったのは、1人の新人騎士だった。
曲がり角を曲がろうとした際、相手が走って来てぶつかってしまった。
「キャ」
その声にとっさに二の腕を攫んで、相手が倒れるのを阻止した。
柔らかい。
しかもわずかに聞こえた『キャ』と言う声。
目の前には男にしては綺麗な顔立ちの人間が立っていた。
「ぶつかってしまい、申し訳ありませんでした」
「落ち着いて歩けよ」
「では」
「まて!お前、名は?」
「アドリアン・クルツと申します」
「そうか…行け」
「失礼致します。」
アドリアン・クルツ…女か。
ここがどこだか分かっているのか?
女ってわかったら、何されるか…
よし!俺の隊に入れるか!
こうして、アドリアン・クルツは俺の部下になった。
アドリアンは女でありながら、男にも食らいつく優秀な部下であった。
自分の身軽さを武器に、軽めの剣を持ち、素早さで相手を切る戦闘は華麗だった。
相手を足で引っ掛けたりもしていたが、実践にも向いているものだったので、よく勉強しているなと関心する。
話しかけると、割と思った事をズバっというタイプで、俺は好感を覚えた。
こんなに俺と普通に話す女はめったにいない。
いつしか目が離せなくなっていた。
そんなとき、久々に家に帰ると、母親が集めた大量の見合い相手の書類の山が出来ていた。
「エーミール!あなたいい加減に結婚も考えなさい!もう残ってるのはあなただけなのよ!!」
「そういいますけど、俺と一緒にいて平気なご令嬢なんていないんじゃないですか?」
「会ってみないと分からないでしょ?」
「あ、この令嬢見た事があるからパスで!あ…これも…これも!全員会った事ありますね。俺に堕ちてました。」
「嘘でしょ!?」
「多分社交界出ていた時と、たまに公開訓練のときに騒いでいるのを見ましたね」
「…あなたは…誰かいいなと思う人はいないの?」
そのときふと、アドリアンの顔が浮かんだ。
「まさか…ご夫人ではないわよね?」
アドリアンに会う前は、よく年上の後腐れない相手と共にしていた。
母はそれを知っているのだ。
「いや…今度、連れて来ますよ」
「あら…いるの?そんな人」
「俺の事は基本平気な人です」
「まぁーー!!いるんじゃないの!!」
「相手が許可してくれないとわかりませんからね」
「絶対連れて来なさい!!」
そういわれてしまったので、絶対連れてこなければならなくなってしまった。
とはいえ…好きだってはっきり言ったら、アドリアンは引く気がする。
なので…
「アドリアン、お前が女性だと言う事はわかっている。」
「…上に報告するということでしょうか?」
アドリアンは不快と不安が入り交じるような顔をした。
しまった。
俺はこんな顔をさせたかったんじゃない!
「頼み事がある。それを聞いてくれれば、報告はしない」
「なんでしょう?」
「…俺の…婚約者役を…受けてくれないだろうか」
これをいうのに、何回練習したことか!
アドリアン以外の女性ならあっさり言える自信はあったのに、アドリアンを前に話すとなると話は別だ。
告白ってこんなに難しいんだな。
すると、渋い顔をしながら、受けたくないという言い回しで口を開いた。
「ドレスはどれも似合わなくて、最近は全く着なくなりました。」
「こちらで新しいドレスを仕立てるに決まっているだろう。」
「お金は!?どこから出るのです!?」
「俺が出す。幸い溜まってて困っていたんだ」
「私は胸が無いのですよ。こんな女つれていたら、笑われる対象になってしまいます。」
「お前以外、平気な令嬢がいない。」
「平気って何ですか?平気って!」
「精神衛生上耐えられる女がお前しかいない。」
「隊長は人気者じゃないですか。一人か二人くらい、そんな女がいるでしょう。」
「まず、俺に群がってくる女が嫌いだ。ハエの様にうるさい」
「ご令嬢方を…ハエって」
「お前ならうるさくないし、容姿も整っているから良い。」
「ど・こ・が・で・す・か!?胸が無いって言っているでしょう。顔だって…」
「そんなの気にならない。ベッドで鳴かない女の方が俺には苦痛だ。」
「そっちはお盛んな事で。」
「後腐れない相手を選んでいるからな」
「…一つだけ、教えてくれませんか?」
「なんだ?」
「どうして私が女だと?」
「騎士団に入って来た時に、俺とぶつかった時が合ったろう?そのときとっさに其方の二の腕をつかんでしまってな。…柔らかかった」
声のことも言おうと思ったが、やめておいた。
「…」
「ちなみに騎士団の男なら二の腕は固い奴がほとんどだ」
「…わかりました。笑われるのも込みで助けろってことですね。理解しました。」
「まて!笑われるのは好かん。ちゃんとにらみをきかせる!!」
「…どうなっても知りませんよ」
「そういえば…本名は?」
「…アンドレア」
胸が小さい事を気にしているのか。
確かにそうかもしれないが、俺はそんな事気にした事が無い。
なんだか可愛いなと思ってしまった。
次の日にはこっそり2人で訪問用のドレスを注文しに行った。
そして当日。
そのドレスを纏ったアンドレアを見て、また、惚れてしまった。
「アンドレア、とても良く似合っている。」
「…どうも。で?どこいくのです?」
「あぁ!今日は両親に会ってもらうから、馬車でうちに向かうよ」
「…は?」
聞いてなかったとばかりに、アンドレアが睨みつけて来る。
アンドレアには事前に、「友人が合わせろってうるさかったから」って話した。
でも、実家に挨拶っていったら、断られるに決まってる!
「時間ないから、中へ」
「え?ちょっと…」
こうして無理無理馬車に乗せたので、アンドレアは今ものすごく不満気味だ。
「結婚についてうるさいのは友人じゃなくて家族なんだ。特に母が縁談を山ほどもってくるからな。しばらく黙らせたい。」
「だからって…訪問したって知ったら、うちの親まで乗り気になっちゃうじゃないですか!」
アンドレアはちゃんと俺の目を見て話す。
怒っている顔なのに、それがとても微笑ましい。
そんな彼女の前では、俺も自然と笑みがこぼれ、本音をいってしまう。
「本当に…こんなに楽しいのはいつぶりだろうな」
「何しみじみのんきなことを言っているのですか!」
「すまない。大抵のご令嬢は、俺とは会話が成立しないんだ。」
「はぁ?」
「なぜか熱を出したような顔になって、『はい』『はい』としか言えなくなったり、自分のことばかり話してこちらの話を全く聞いてくれなかったり…おかげで女と話すことが苦痛になった。」
それを聞いたアンドレアはなるほどという顔をしてから本音をぶちまける。
「モテる男は大変ですねー」
「女ともまともに話せないなら、こんな顔はいらん。」
「不細工すぎても困りますよ」
「ん…確かにな。年上のご夫人ひっかけるには効果がある。」
この言葉を言ってしまった後、俺は自分の失態に気づいた。
なぜなら彼女が汚物を見るような目に変わったから。
「…最低」
「まてまて!冗談!!冗談だから!!」
「私にどう思われようが、婚約者役なんですから別に慌てる事じゃないでしょう?」
「やだ!アンドレアには嫌われたくない!!」
「は?」
「こんなに話せる歳が近い女性はアンドレアくらいなんだ!本当に!家族は慣れてるけど、従姉妹とか親戚になるとダメなんだよ!!あいつらに付きまとわれるだけで…おぞましい!!!」
「女性の事をそう思うって…なんて贅沢なって言う人もいるでしょうね。羨ましい限りで」
「こっちは困ってんの!…てか、今更だけど、好きな奴でもいるのか?」
「いません。というか、私は結婚は諦めてますから」
「は?」
「この身体ですし…どこ行っても笑われる身体なら、もう男とか…夢見ない方がいいかなって」
「アンドレア!」
アンドレアの手をいきなり攫み引っ張った。
「婚約者とかいったけど…本当に婚約者になってくれないか?」
「…なんでですか?」
「俺はアンドレアがいい。もし、男がいないなら、俺と結婚してほしい」
「え?」
アンドレアは固まってしまった。
けれど、ここまで言わなきゃ、俺の本当の気持ちにすら気付いてもらえない!
「あ…あり得ないです。利が無ければ、貧乏子爵の私など…」
「充分嫁げる範囲内だろ!それに、うちは階級より人柄優先だ。俺は次男だし。なにより俺のことを尊重してくれるからこそ、今まで婚約者はいなかった。母は縁談を持っては来るが、無理強いはしなかったし…それに、アンドレアを他の男に取られたくない」
「…でも」
「アンドレア。どうして自分の身体の事をそんな風に言うんだ?…何があった?」
「…私の社交界デビューの時に、散々言われたからです。あんな身体の奴を選ぶ男はいるのかって…笑っているところを何度も見ました。」
「誰だ?そいつは」
「いっぱいいましたけど…いつも会う度言われたのは、ヤーン伯爵の嫡男です。」
「あいつか…奴も鬱陶しいハエの1人だ。俺は次男なのに、この見た目だからか寄ってこようとしていた。そんな奴らが多くてな…嫌気がさして騎士団に入った」
「そう、でしたか…」
「だから、そんな声は気にしなくてよい。俺には幸い姉達もいる。姉の派閥に入れば守ってくれるだろう」
「…」
「突然、こんなことをいって済まない。…混乱させたな」
「いえ…大丈夫です」
「今日はよろしく。俺の婚約者」
「…はい。エーミール様」
馬車が止まり、アンドレアを降ろしていると、見慣れた白髪頭の男が立っていた。
「ようこそ、お待ちしておりました。執事のカールと申します。」
「カール、彼女はアンドレア・クルツだ。今日はよろしく頼む。」
「アンドレア・クルツです。よろしくお願い致します。」
カールは穏やかに笑い、中へと促した。
よかった!カールからは好感触だ!
「父上、母上。紹介したい女性を連れて参りました。アンドレア・クルツ子爵令嬢です」
「初めまして、アンドレア・クルツと申します。」
ヘルマン夫妻は、2人とも驚いた顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
よし!こちらも好感触!!
「まぁ…あなたのような女性がいた何て…私とした事が…どうして探せなかったのかしら?」
「私は…社交界デビューの年以降、社交界を離れておりましたから」
「クルツ領というと、クルツ芋が産地の?」
「はい、お恥ずかしながら、広い土地ではあるのですが…なかなかそれ以外の野菜は育ちにくい土地でして…」
「いやいや、あの難しい土地でよくやっていると思う。君のお父上と話した事もあるのだが、穏やかな人柄であったのを覚えているよ」
「覚えててくださり光栄です。」
「うん…悪くないなぁ。クルツ子爵は同じ派閥だから、派閥争いもないし…うちとしてはぜひ、いや…すぐにでも結婚してほしいな」
「父上!それはいくらなんでも、早くないですか?」
「正直、同じ派閥のご令嬢は貴重なんだ。知っているご令嬢はみんなお前に陥落してしまい、まともに話も出来ない。それでは困るんだ。」
「私もぜひ、アンドレアにきてほしいわ!こんなにエーミールの隣にいて普通にしてる子なんて滅多にいないもの!エーミール!離しちゃダメよ!」
「は…母上まで」
「まだ、私の両親にも話していない事なので…なんとも」
「なんだって!早く会いに行こう!!」
「い…いえ!それに…実は私、重大な違反をしておりまして…」
「違反?あなたのような子がなにを?」
「その…」
「実はアンドレアは、男装して、今騎士団にいるんだ。」
すると、2人の反応は意外なものだった。
「まぁ…勇ましいわね。エリザベス様みたい」
「そうだね、全く同じ事をしている」
「エリザベス様?」
エリザベスは俺のおばだ。
そんなこと、俺は知らなかったぞ。
「私の妹だよ。エーミールのおばにあたる。エリザベスはお嫁に行くのだ嫌で、騎士団に潜り込んだ。そこを今の旦那に捕まり、結婚に至った。」
「それって…」
「今のあなた達と同じ状態ね」
「運命…ってやつか?面白いな!」
そして、帰るときに執事のカールに呼び止められた。
「エーミール様、あの方を絶対お離しにはならないでくださいませ!使用人一同、アンドレア様のお越しを楽しみにしております。」
「カールまで…どうしたんだ?」
「あんなに坊っちゃまと一緒にいても普通なご令嬢は初めて見ました!あの方なら、安心してお迎え出来ましょう。侍女たちにも聞きましたが、彼女達も好感触でございます」
「それはよかった。伝えておくよ」
「よろしくお願い致します。」
その後、うちの親がアンドレアの家に行き、結婚の約束を取り付けたらしい。
クルツ家は大騒ぎだったとアンドレアから聞いた。
婚約者役だったはずのアンドレアは、外堀があれよあれよと埋まっていく展開について来れず、
呆然と立ちすくんだ。
その後、兄弟の顔合わせをし、皆、祝福してくれた。
兄も姉2人も、アンドレアの人柄と容姿を気に入ってくれたらしい。
姉達は今度、騎士の格好をさせたいそうだ。
しばらくして、俺とアンドレアは軍を退団した。
これで安心して、社交界にもいけるし、兄の手伝いもできる。
隣にはアンドレアが。
とっても良い事尽くめだった。
よく晴れた日に結婚式を挙げ、無事アンドレアがアンドレア・ヘルマンと名を変えた。
なぜ無事に結婚式を挙げられたかって?
それは、結婚式を完全招待制にし、招待状を受け取らなければ従姉妹でさえ、親にくっついてくることができなかったから。
これはうちの家族の意向でもあった。
そして、結婚後の社交界。
俺の結婚が衝撃的だったのか、皆、俺たちに注目している。
真っ先に昔からの旧友たちのところへ行き、結婚式に来てもらったお礼をした。
旧友たちからはアンドレアじゃなきゃ、お前は結婚できなかったな!と言われるほど、アンドレアを気に入ってくれている。
アンドレアは無事、姉たちの派閥に入り、女性達に牽制出来てほっとした。
以前から俺に話しかけようと努力していた奴らは、みんな唖然とし、特にヤーン伯爵の嫡男の愕然とした表情は傑作だった。
「いい気味だ。」
「同じく」
「奇遇だな?」
「そうだね」
もうそろそろダンスの時間だ。
2人で見つめ合って微笑んで、お互いに手を取り、前に進んだ。