エピローグ
「……え? クリアしちゃった」
愛奈の声で、鋳は我に返った。二人は高架の上に立ち、芹が谷公園を見下ろしていた。
「通貨と、なんだろうこれ。アップグレードポイントがもらえたみたい。新要素だね」
促されて、鋳はアップグレードタブを確認した。世界樹みたいに巨大かつ広大なアップグレードツリーがどわーっと表示されたのでただちに閉じた。
「率直に言うと、いっぱいいっぱいだ」
「わたしもだよ」
鋳はため息をついた。
「食事にしようか、愛奈。良い店を教えてくれ」
「もちろん。お姉さんに任せて」
◇
町田産の魚介を使った、鮮魚ラーメン。複雑で鮮烈なスープを、ヒカゲコムギ全粒粉平打ち麺がよく受け止める。
「狙ったビルドでクリアできると、気分もひとしおだね」
低温調理されたトビマグロの赤身でサッポロ赤星を呑りながら、愛奈ははなうたを歌った。
「でも、もったいないな。あのビルドなら浸度5でもいけた」
「どうせなら高難易度で実践したかった気持ちは、よく分かる」
「それにしてもいい勝ちだったね。やっぱりまめにメタるより、めちゃくちゃなシナジーでゲームを壊す方が楽しい。大瓶もう一本」
愛奈はグラスにビールを注ぎ、しっかり泡だらけにしてしょんぼりした。
「俺がやるよ」
「ありがと。一生肉体に不慣れかもしれない」
飲み干し、注いでもらい、また飲み干す。
「それにしても良いビルドだった。本当に。いい……筋力が」
「過剰ではあったな。〈ドープ!〉と〈自己血輸血〉だけでも完結していたか」
「そうなると素の筋力がね。でも筋力1あればループが回るから」
「しかしこうなると、上位のダンジョンに挑む市民のビルドはどうなっているんだ?」
「もうそんなのは、あれだね、ハクスラだね。あっちもこっちもインフレして」
「知らない単語だ」
「そうなの? それじゃあお姉さんが教えてあげよう」
愛奈はさっそくハクスラについて語りはじめたが、けっこう酔っていたので不明瞭で、鋳は傾聴を諦めた。
◇
ごきげんで大瓶を何本も空けた愛奈はしっかり酩酊し、屋台を出るころにはまっすぐ歩けなくなっていた。
「イルタクシー」
両手を広げて伸ばした愛奈の前に、鋳はかがんだ。のそのそと背を這いのぼってきた愛奈は、鋳のうなじに熱い息を吐きかけた。
夜の路を歩く。ダンジョン都市〈町田〉は、渦巻く星光とエーテルに照らされている。
「愛奈、起きているか?」
「んにゃんむむ」
気の抜けた返事に鋳は口もとをゆるめ、すぐに、引き締めた。
「これからも、君は俺に協力してくれるか」
「えー? そりゃあ、もう……バディだからね。お姉さんは、だってもう。なんでそんな、いまさら」
「君には君の目的があり、そのために俺の前に現れたんだろう?」
風切り音のように愛奈は息を呑み、鋳の背の上で体を硬くした。
「わかるの?」
「芹が谷公園はパーティごとに生成されるインスタンスダンジョンだ。君がとつぜん俺の前に現れたのはおかしい。それも、〈ランダマイザ〉を取得した後で」
「知ってるんだ、インスタンスは」
「『芹が谷公園からできる! 汎用ぶっ壊れコンボ集!』で言っていたからな。他の町田市民に迷惑をかけることはないから、安心して練習しろと」
背に負う体が揺れて、笑ったのだと鋳は思う。
「良い動画だね」
「そうだ、良い動画だ」
「今度見てみる」
「ずんだもんのRTAも観てほしい」
前に回された愛奈の腕がゆるんだ。意を察した鋳がかがむと、愛奈は地面に足を下ろした。
「そう。わたしにも、目的があるよ。だからイルの前に姿を現した……失望した? 利用されてるって、いやな気持ちになった?」
二人は並んで歩き出した。
「そうではない。君の目的について、語りたくなければ語る必要もない。訊ねたいのは、俺が君の目的に役立ちそうかどうかだ」
愛奈はきょとんと鋳を見上げた。
「君は、俺を助けてくれた。俺も君の力になりたい。そのうえで、これからも俺を助けてほしい」
「すっごいまっすぐ」
「駄目か?」
見下ろされた愛奈はぐっと声に詰まり、耳までまっかになり、しばし唸り、
「最初からそのつもりではあったんだけどまっすぐ来られると怯むというかでもそうわたしはお姉さんだからね」
お姉さん定型で乗り越えることにしたらしく、胸を張った。
「まかせて、イル。それから……助けて」
「もちろんだ」
鋳が突き出した拳に、愛奈も拳を合わせた。
「これからも、ぶっ壊れシナジーでダンジョンを終わらせていこうね」
というわけでおしまいです。おつきあいありがとうございました!




