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第57話 ランスロットVS『天王』

 ウラヌスは、短剣を片手に、ランスロットに向かって走り出した。

 先ほどよりももっと速い速度で、鋭い攻撃を繰り出す。


 ランスロットは、それら全てを槍で弾く。

 それ以外に、方法がないのだ。


 ランスロットは、特別な能力を持っていない。

 ベルやシャルロッテのように魔術が使えるわけでもなければ、

 エリーゼのように属性を駆使した剣術を使えるわけでもない。


 単純な戦闘能力のみで、ここまで生きてきたのである。


 そんなランスロットにとって、この戦闘はあまりにも不利だ。

 様々な異能を持つ敵に対して、正攻法しか攻撃する術を持たない。

 これでは、攻撃の手口が変わり映えしないため、ウラヌスは自然と慣れてしまうのだ。


 故に、現にランスロットは押されている。

 先の太腿への一撃も効いているのか、動きが衰えている。


「ぐっ……アァァァァ!」


 腹の底から声を上げるランスロット。

 ウラヌスはそれでも、攻撃の手を緩めることはない。


「これが、名高いソガント族の戦士ですか?」

「――」


 ウラヌスはランスロットを蹴り飛ばし、自らも後ろに退いた。

 ランスロットは、敢えて距離をとったウラヌスに腹を立て、地面を蹴って飛び出した。


 長い槍を振り回し、どうにかウラヌスに一撃を与えようと必死に攻撃する。

 ウラヌスはそれをもろともせず、涼しい顔で受け流し続ける。


 ウラヌスは後ろに飛び退き、五本の短剣をランスロットに飛ばす。

 ランスロットは体勢を低くして地面を蹴り飛ばし、それを躱した。


 太腿の刺し傷が、ランスロットの胸を焼くように痛む。

 歯を食いしばって痛みを堪え、雄たけびを上げて痛みを力に変換する。


「――っ!」


 ウラヌスは思わず、口を開けた。


 ランスロットが、ウラヌスが握っていた二本の短剣を弾き飛ばしたのだ。

 ランスロットは更に槍を振り、ウラヌスの首を狙った。


 ウラヌスは首を傾けて、ギリギリのところで躱した。


「クッ……!」


 完全に避けきることは、できなかった。

 ウラヌスの頬が、僅かに切れた。


 ――その傷が、ウラヌスの癪に障った。


「――!」


 ウラヌスは、今日一番の力で地面を蹴った。


 ウラヌスのいた場所は円形に抉れ、衝撃波が炸裂した。

 普通に走り出すだけでは発生するはずのない音が聞こえた直後には、ウラヌスは既にランスロットの鼻先にいた。


「終わりです」

「――まだ終わらせん!」


 ランスロットの首を捉えようかというところで、ランスロットはウラヌスの横腹に蹴りを入れる。

 凄まじい威力の蹴りに、二人の足元の地面から再び衝撃波が生まれる。

 吹き飛んでいくウラヌスを横目に見るランスロットの銀髪が、突風に吹かれて揺れた。


 瓦礫の山のない空中を、速度を落とさずに飛んでいく――否、飛ばされていくウラヌス。


 その表情には、余裕がない。


 止まることなく、景色が流れていく。

 切られた頬から出る鮮血が、ウラヌスの目に映る。

 そして後ろを見ると、もはや見慣れてしまった瓦礫の山がみるみる近づいてくる。


 それを見て、ウラヌスの背筋が凍った。


「速度を、落とさなければ……!」


 空中で腕を後ろに伸ばし、赤黒い壁を作り出す。

 ウラヌスは、勢いよくその壁に突っ込んだ。


 作り出した壁は柔らかく、ウラヌスを吸収するように受け止めた。


「―――っ!」


 ウラヌスは目を開くと、再び息をのんだ。


「……これだけの速さで飛ばされていたのに、どうして追いつけたのですか?」

「知らん。貴様の油断が招いた好機を、俺は逃さなかっただけだ」


 ランスロットは、瓦礫に背を預けるウラヌスに槍先を向ける。

 ウラヌスは、苦し紛れに笑っている。


 ポタポタと、ウラヌスの頬から血が滴り落ちる。

 ランスロットは、血が滴る様子をじっと見つめる。


「これで、私を追い詰めたつもりですか?」

「誰がどう見たって、勝負はついている」

「――さて、それはどうでしょうか」

「なッ――!?」


 ランスロットは、衝撃波に飛ばされた。

 何とか槍で衝撃を和らげて、地面に槍を突き刺して飛ばされないように踏ん張る。


 ウラヌスはゆっくりと立ち上がり、薄ら笑いを浮かべる。

 ランスロットは槍を構え、攻撃に備える。


 ウラヌスの立っている周りの空気が、悲鳴を上げている。

 転がっている小石は、カタカタと音を立てて揺れている。


「ハハハッ……フハハハハハッ!」


 高らかな笑い声をあげて、ウラヌスはランスロットに襲い掛かった。


「――ッ!?」


 ――速い。

 これまでで、一番速い。

 ランスロットでも、初見で目で追うことはできなかったほどだ。


 そして、ランスロットはウラヌスの握っている武器を見て、ランスロットは目を見張った。


 ――ウラヌスが握っているのは、短剣ではなかった。


 長い剣、いわゆる「長刃(ちょうじん)」だ。

 ウラヌスは短剣ではなく、武器種を変えて再起したのだ。


 赤黒く、長い刀身の長刃。

 ウラヌスを受け止めた壁と、同じ色である。


 先ほどまでとは打って変わって、リーチの長い武器。

 戦い方はまるで違う。

 ランスロットは一度距離を取ろうと、後ろに飛んだ。

 しかし――、


「――ッ」


 ウラヌスの長刃が、ランスロットの胸部を斬り付けた。

 もう少しランスロットが飛び退く距離が短ければ、

 ウラヌスの刃はランスロットの体を上下真っ二つにしていただろう。

 ランスロットが後ろに飛び退いたその一瞬という時間は、

 ウラヌスが距離を詰めるのに十分であった。


 ヒリつくような痛みが、再びランスロットの脳を焼く。

 しかし、痛がっている余裕などない。

 ウラヌスは狂気じみた笑みをこぼしながら、ランスロットへの攻撃を続ける。


 ランスロットは全ての痛みを忘れて、槍で攻撃を防ぎ続ける。


 連続した金属音が、波に流されて荒廃してしまった街中に響く。

 両者は、まさに目にもとまらぬ速さで攻撃と防御を繰り返す。


 異能を持つウラヌスと、槍一本で迎え撃つランスロット。

 二人の武器と武器がぶつかり合う音で錯覚してしまうが、確実に互いの体にダメージは刻まれている。


「どうした、ランスロットォ!」

「――」


 ウラヌスは、もう完全に冷静さを失っていた。

 穏健な口調から一転、狂人のような目をしながら剣を振り回している。

 ランスロットは動揺する様子もなく、相手の一挙一動を見逃すことなく戦う。


 ――否、見逃せないのだ。


 一瞬でも気を抜けば、ウラヌスの刃に首を捉えられる。

 ここで敗北することは即ち、ランスロットの「死」だけでなく、

 逃げたゾルトやダリアの「死」を意味する。

 相当な時間を稼いだため遠くに逃げたことは間違いないだろうが、彼らを追う途中で二人以外にも犠牲者が出る可能性もある。


 だから、ここでウラヌスを止めなければならない。

 それをできるのは、この場ではランスロットただ一人なのだ。


 これまでに戦ったどの敵よりも、手強い相手。

 ランスロットはその全霊をもって、槍を振り続ける。


 ――あの頃は、罪のない同族を殺してしまった。


 償えるとも、贖えるとも思わない。

 だが今は、守るべきものがたくさんできてしまった。


「――ッ!」


 ランスロットは一度、力を入れて攻撃を弾く。

 ウラヌスはあまりに強い衝撃に、バランスを崩しかける。


「私に勝てると、思うなァ!」

「――」

「ゴハッ……!」


 ウラヌスは、口から血を吐いた。

 脇腹に、ランスロットの槍が深々と刺さっている。


「クッ……!」


 だがそれと同時に、ランスロットの表情も歪む。

 ランスロットの肩にも、ウラヌスの長刃が刺さっているのだ。


「何故……! 何故そこまでして、お前は私を……!

 私を殺すことで、罪滅ぼしが出来るとでも……?」

「何度でも言おう。

 俺は、俺のために戦っているわけではない。

 俺は、人のために、お前を殺すのだ」


 ランスロットは低い声で、そう言った。

 ボタボタと、二人の傷口から血が滴る。

 ウラヌスは何とか抜け出そうと、ランスロットの顔面に拳を飛ばす。

 しかし、ランスロットはそれを素早く躱した。

 凄まじい威力だったためか、避けたのに頬が切れた。

 だが、ランスロットは表情を変えることなく、突き刺した槍は手放さない。


「俺は既に、貴様の権能を見破っている」

「――」


 ウラヌスの目が、小さく揺らぐ。

 ウラヌスは小さく笑って、


「さあ、どうでしょう」

「――自らの血を、武器や壁に変換する。

 それが、貴様の権能だろう」

「――!」


 今度ははっきりと、ウラヌスは動揺した。

 肩に突き刺した長刃を握る手が、カタカタと揺れ始めた。

 その揺れがランスロットの肩と脳を蝕む痛みとなるが、

 ランスロットはなおも槍を刺したままだ。


 ――『捧血(ほうけつ)(ちぎり)』。

 九星執行官・第八位、『天王』ウラヌスの権能だ。


 ウラヌスの体内に流れている血を代償に戦う、という権能だ。

 赤黒い短剣の雨も、

 赤黒い壁による防御も、

 そして、赤黒い長刃も、

 全てウラヌスの血液を犠牲にして作り出されたものなのだ。

 

 つまり、体外への出血というのは、ウラヌスにとってかなりのハンデとなる。

 武器や防御壁をつくるための血を失ってしまえば、戦えなくなるのだ。


「……驚きました。まさかそこまで見破られているとは」

「これだけ大量に出血していれば、もう満足に戦うことはできないだろう。

 投降しろ、ウラヌス」

「そうですね……これ以上やり合っても、私に勝ち目はないでしょう」


 ウラヌスは目を閉じ、ため息をつく。

 叫び出しそうな痛みを堪え、ランスロットの肩に刺している長刃を素早く抜こうとする。


「――!」

「――逃がさん」


 だが、その長刃は抜けない。

 深々と突き刺さった長刃は、微動だにしない。


 ウラヌスは、逃走を図ろうとした。

 ガッシリと地に足をついて踏ん張り、突き刺した槍を力いっぱいに握る。

 ランスロットの肩からは、血がとどまることなく流れ続けている。

 しかし、ランスロットはもはや、痛みなどとうに忘れてしまっていた。


(まずい……逃げなければ!)


 ウラヌスは立ち上がろうと、脚に全力を込める。

 何とか尻は浮いたが、しっかりと立ち上がることはできない。

 腹部に突き刺さった槍はウラヌスの体を貫通し、瓦礫に刺さっている。

 ウラヌスの体は、固定されてしまっていたのだ。


「ウアァァァァァァ!」

「――」


 まるで魔物の咆哮のような声が、開けた街中に木霊する。

 これは、ウラヌスの口から発せられた声である。

 ランスロットはそれでも、槍を握って離さない。


「退けェェェェェェェ!」

「――ッ」


 人間のものとは思えない力で、ウラヌスはその場から離れようと踏ん張る。

 ランスロットも同じように、地面に釘を打っているかのようにしっかりと足を固定している。


「――がッ」


 ランスロットの背中に、何かが刺さった。

 二本の、短剣だ。

 ウラヌスはせめてもの抵抗に、残り少ない血を振り絞って、短剣を作り出したのだ。

 ランスロットの視界が、一瞬揺らぐ。

 少しでも気を緩めれば、ランスロットは倒れてしまう。


「――んぐッ?!」

「――アァァァァァァァァァ!」


 ランスロットもまた、魔物のような咆哮を上げる。


 痛みも、憎しみも、()()()も全て忘れる。

 感情の一切を捨て、ランスロットは槍を捻る。


 二人の雄叫びが、共鳴し合うように鳴り響く。

 それが互いの鼓膜を破り、体の髄まで響き渡る。


 徐々に、ウラヌスの体が斬れていく。

 背中に突き刺さった短剣の痛みも、もう何も感じなくなった。


 今はただ、この男を葬り去るために――、


「ウアァァァァァァァァ!!」

「やめッ……やめろ……!」


 懇願するようなウラヌスの声も、もうランスロットの耳には届かない。

 顔を見れば、懇願しているのは分かる。

 しかし、ランスロットは腕の力を緩めようとはしない。


 肩にも、背中にも、刃は刺さっている。

 ランスロットの体力も、既に限界を超えている。

 それでも、ここでやらなければならない。


 ――――例え、ここで相討ちになろうとも。


「――アァァァァァァァァァァ――!」


 振り抜いた。

 ランスロットは、槍を横に振り抜いた。


 ――ウラヌスの体は、上下に真っ二つになった。


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