第56話 絶望の刃、希望の雷
---ベル視点---
斬った。
絶対に斬った。
間違いなく、手応えはあった。
斬ったのは、腕のはず。
俺の感覚が正しければ、片腕を斬り落としたはずだ。
それなのに――、
「――何でだよ」
ネプの腕は、全くの無傷だった。
どこからどう見ても、傷一つない。
まるで、全く俺の攻撃が無意味だったみたいじゃないか。
「クソっ――」
「待って、ベル!」
「!?」
「……あいつの腕、見て」
言われるまま、ネプの腕を見る。
腕が、どうかしたのか。
もしかして、少しは手傷を与えられたのか?
「――っ」
……俺が今見ている光景は、果たして現実なのだろうか。
悪い夢とかじゃ、ないんだろうか。
俺が斬ったはずの腕。
そして、もう片方の腕。
腕の皮膚が裂け、内側から鱗と鉤爪が這い出す。
誰がどう見たって、人間の腕ではない。
――両腕が、「龍」のようにうねっている。
「我の最大の『権能』、『龍腕』。
我にここまでさせたのは、貴様らの他には数えられるくらいしかおらぬ」
俺の攻撃は一切効いていない、ということだな。
あの龍腕とかいう権能が、俺の渾身の一撃を無に帰したわけだ。
「もう一度だけ、チャンスをやろう。
今ここで命乞いをすれば、一撃で楽に殺してやる」
「結局殺すなら、命乞いなんてしても意味ないでしょ!」
「ならば、いたぶりながら殺してやってもよいのだぞ?」
「――」
気味の悪い笑みだ。
見ているだけで虫酸が走る。
命乞いをしたところで、確実に命は助からない。
こいつは今、はっきりと「殺す」と言った。
ひと思いに殺ってもらうのが、一番楽なのかもしれない。
だがもちろん、そう簡単に死ぬわけにもいかない。
「エルシア」
「分かってるよ」
俺は片手に握っていた『風龍剣』をエルシアに返し、懐から杖を抜く。
「ハハッ……。まだ我とやり合うつもりか?
楽に殺してやると言っているだろうに」
「生憎、まだ死にたくはないので」
「どう足掻こうと、貴様らが向かう先は死だ。
これだけ猶予を与えているというのに、まだ分からぬのか」
ネプは呆れたように、手を額に当てた。
龍のような、禍々しい手を。
「一つだけ聞かせろ」
「なに?」
「貴様らがそこまでして戦うことに、何か意味があるのか?
そこまでして我と戦い続ける理由が、分からないのだ」
ネプは攻撃をしてくる素振りも見せない。
今奇襲をかければ……とか考えたが、無駄だろうな。
あいつは、人間じゃない。
あの手を見たら分かる。
ネプは、人間ではない別の生命体か何かなのだろう。
竜人族のランスロットでも、腕が龍になることはなかったし。
「お前が、許せないからだよ」
「ほう? 何故だ?」
「言わないと分からないその残念な脳みそ……同情するよ」
「我は何か、間違ったことをしたのか?」
「――この街の惨状を見て、それでも自分の犯した過ちが分からないのか!」
こいつは、頭が悪いなんて次元じゃない。
脳みそが頭に詰まってないのだ。
「これだけ街を壊して!
これだけ人を殺しても!
お前は! 自分が何をしたのかが分からないのか!?」
「さてな。我は、必要以上に物事を考えない質なのだ」
「――ッ!」
エルシアが、先陣を切って飛び出そうとする。
俺はそれを、すんでのところで止めた。
「ベルっ……止めるなんてどういうつもり……!?」
「無闇に動いても、勝ち筋は見えません。
一旦、落ち着いてください」
「ベルだってあんなに叫んでたじゃん……」
「そっ、それは……」
「我の目の前で耳打ちか? 良い度胸だな」
うるせえな。
イチャついたら悪いかよ。
何だ?
妬みか? お?
そんな性格じゃ女も寄り付かないだろうよ。
「貴様のためだ」とか言って暴力でもふるっていそうだ。
「質問は以上だ」
「――」
「――さらばだ、小僧、小娘」
「来るっ――」
ネプは、半笑いで攻撃態勢に入る。
俺たちは、ネプの接近に身構えた。
が、ネプはその場から動かない。
「――噓でしょ!?」
「エルシア!」
俺達の間合いに、ネプの姿はない。
それどころか、ネプはさっきよりも俺達から距離をとっている。
ネプの代わりに、何かが伸びてきている。
あれは――、
「――腕だよ」
ネプの腕が、『龍腕』が、俺達に向かって凄い速度で伸びてきている。
「――はっ!」
エルシアの剣に、龍腕はあっけなく斬り落とされた。
しかし、再生して伸びてくる。
「ベル! 後ろに下がってて!」
「はい!」
俺では、太刀打ちできない。
あのクネクネした気持ち悪い腕は、縦横無尽に動き回りながら、俺達を攻撃してくる。
少なくとも、俺の魔術の精度ではあの腕の攻撃に対応することはできない。
「ほら、どうした?
その場に留まっているだけでは、貴様の体力が尽きていくだけだぞ?」
「くぅ……!」
まずい。
このままだとジリ貧だ。
あの感じだと、ネプはほとんど消耗していない。
実際、俺達が与えた攻撃といえば、さっきの俺の『雷脚』しかないし。
そして、それも完治しているときた。
2対1なのに、どうしてここまで押されてるんだ。
そりゃ、単純な実力差しかないわけだが。
何か方法を考えなければならない。
俺とエルシアの、命が懸かってるんだ。
「エルシア。僕が『せーの』と言ったら、後ろに飛び退いてください」
「何かっ……! 思いついたの?」
「やってみる価値はあります」
俺は杖に魔力を込め、杖先へゆっくりとそれを流す。
ついでに、脚にも。
「行きますよ。――せーの!」
「はいっ!」
俺の合図とともに、エルシアは後ろに飛び退いた。
それと同時に、俺は叫んだ。
「『雷脚』!」
さっきよりももっと速く、ネプに突撃する。
思っているよりも遠いが、
思っているよりも速く、ネプに到達してしまう。
まさに、稲妻のような速度で、
「はぁぁっ!」
ネプの顔面に、火魔法を炸裂させた。
ちゃんと、攻撃が入った。
「小癪なッ……!」
「余裕ぶっこいてるくせに、僕に対しては無警戒なんですか?
心外ですね」
「図に乗るなよ、小僧!」
「ぁ……!」
エルシアに攻撃していた龍腕は、物凄い勢いで俺を締め上げた。
受けたこともないような凄まじい力が、気道を塞ぐ。
「ぁ……ぁ……!」
声が出ない。
とんでもない力で、首を絞められている。
杖を取り出したいのに、太い龍腕のせいで懐に手が入らない。
「『蒼竜の嘶き』!」
龍の咆哮のような風の刃が、エルシアの剣から放たれた。
心なしか、斬撃が竜のようにも見えた。
目には目を、竜には竜を、か。
危ないところだったが、助かった。
ネプの顔には、火傷の痕が残っている。
再生できるのは腕だけらしい。
俺が使ったのは、「フレイム」だ。
つまり、無詠唱でも使える初歩魔法である。
「調子に……乗るなァァァァァ!」
「ぐっ……!」
鼓膜が破れそうなくらいの叫び。
地面に響き、内臓にまで伝わってくる、地響きに近い声。
さながら魔獣の咆哮のようだ。
耳を塞いでいる間もなく、ネプの龍腕が俺達に襲い掛かってくる。
「――!」
それは、二本だけではなかった。
八本ほどの龍腕が、四方八方から襲ってくる。
「任せて!」
エルシアはまた俺の前に立ちはだかり、二本の大剣、『風龍剣』を振り回す。
しかし、みるみるうちにエルシアの体の傷は増えていく。
八本の腕の攻撃を全て防ぐなんて、相当強い戦士じゃないと無理だ。
エルシアもかなりの手練れだが、流石にすべては防ぎきれない。
どうする。
エルシアが力尽きるのは時間の問題だ。
少しでもエルシアの手が止まれば、二人そろって即死は免れないだろう。
何か打開策はないか。
ああ、頭が回らない。
エルシアは、いつ力尽きるか分からないんだぞ。
何か、何か、何か――――
「――『雷爆』!」
背後から、聞きなじみのある声が聞こえた。
そして、頭上を雷魔法は飛んで行った。
それはネプに一直線に向かっていき、大きな爆発を起こした。
何度も見たことのある、雷魔術。
それを得意とする魔術師など、俺の知っているうちでは一人しかいない。
「お待たせしました、ベル」
「――――シャルロッテ!」
---
少し前。
「シャルロッテさん! こっちこっち!」
「はい!」
シャルロッテは、頬張っていたパンを口に詰め込んで、手招きする方へ向かう。
そこには、担架に乗せられた人たちが四人、横たわっていた。
「酷い怪我ですね。
瓦礫の下敷きにでもなったのでしょうか……。
あっ、こっちは火傷が酷い……」
治癒魔法を使えるシャルロッテは、避難所に来てからは過労に見舞われている。
ほとんど魔力は使っていなかったため、温存はしてある。
しかし、ただでさえ満足な食事がとれていないし、睡眠もほとんどとれていない。
魔力云々の話ではなく、本人の体力がかなり限界に近付いているのだ。
それでも、シャルロッテは献身的に治療に取り組んでいる。
事実、この避難所でまだ死者は出ていない。
運ばれてきた人間も、まだ誰一人として命を落としたことはない。
(さっきの雷……遠いようで近いような……)
エリーゼに背を向けて、怪我人の方へ歩き出した瞬間に鳴り響いた、落雷のような轟音。
それが、シャルロッテにとってかなり気掛かりであった。
空はかなりの晴天。
暑い夏であれば、晴天の中で雷鳴の音が聞こえることは珍しくないが、
現在のミリアはそれほど気温が高いわけでもない。
「癒しの光よ、痛みを包みて穢れを祓え。
その輝き、命へと還れ――『エクストラ・ヒール』」
怪我の程度に応じて、使う治癒魔法の階級を変える。
当然だが、階級が上がるほど、使う魔力量は増える。
なりふり構わず階級の高い魔法を使っていたら、すぐに魔力は尽きる。
シャルロッテの最大魔力量は、常人を遥かに凌駕している。
ポテンシャルとしては、十分に特級魔術師になれるものを持っている。
だが、己の魔力を過信してはならないのだ。
「ふぅ……。すみません。
少し外に用事があるので、行ってきます」
「外に? さっきの雷を聞いただろう?
今外に出るのは危険だよ」
「……行かなきゃ、ならないんです」
シャルロッテは制止を振り切って、避難所を飛び出した。
(あの音……! 間違いない……!)
シャルロッテは、確信があった。
天大陸からデュシス大陸に渡る船の中で、ベルと交わした会話。
* * *
「独自の魔術?」
「はい。まだ名前は決めてないんですけど、
足に雷魔力を流して、一気に爆発させる。
そうすることで、とんでもない速さで動けると思うんです」
「確かに、近接型魔術師において、動くスピードというのは大事になってきますけど……。
そんなこと、可能なんですか?」
「デュシス大陸に着いて、また冒険者活動が始まったら、試してみるつもりです。
僕の見立てでは、落雷みたいな大きな音と共に、稲妻のように速く動けるはずです」
「そう上手く行きますかね?」
「弟子の可能性を信じてくださいよ、師匠」
「……だから、師匠は恥ずかしいのでやめてください」
* * *
その時のことを、シャルロッテははっきりと覚えていた。
偶然の異常気象で発生した、ただの落雷かもしれない。
それでも、少しでも可能性があるなら、行かないわけにはいかない。
もし勘違いだったなら、また避難所に戻ればいい。
(そばにいてと言ったのは私なのに、エリーゼを置いてきてしまった……)
シャルロッテは走りながら、そんなことも考えた。
ただの魔術師であるため、走る速度は普通の人と変わらない。
落雷の音がした方へ、シャルロッテは自分の出せる全速力で向かった。
---
「良かった……無事だったんですね、シャルロッテ!」
「ええ、なんとか」
「あなたは?」
「シャルロッテです。彼の仲間です」
「増援に来てくれたの? 助かるよ」
ベルは、目頭が熱くなる。
初めて、仲間が無事であることが分かったのだ。
「次から次へと、我の邪魔をするなァ!」
「させないよ!」
激昂するネプに、エルシアが突撃する。
八本の腕を斬り刻みながら、ネプへ突っ込んでいく。
「ベル、あれは?」
「九星執行官です。第九位、『海王』ネプ」
「九星……どうしてこんなところに……」
情報共有をする二人の先で、エルシアは剣を振り回す。
『風龍剣』特有の、細かい風の斬撃の発生。
これが、かなり効果的に働いている。
ネプの龍腕は、斬っても斬っても再生する。
これを細かく斬り刻むことで、僅かながら再生を後らせることができるのだ。
この僅かな差が、極限状態の戦闘においては鍵になってくる。
「『蒼嶺の轟』!」
剣の周りに渦巻く蒼い気流。
淡く光る剣身を、エルシアは力いっぱいに振り抜いた。
放たれた一閃は、ただの風ではない。
風よりも速く、音を置き去りにした。
その斬撃は、八本の龍腕を悉く斬り刻んだ。
そして、ネプの姿が露わになった。
「――『烈風一閃』!」
その一瞬の糸口を逃すまいと、エルシアは更に速度を上げた。
だが――、
「――ふはッ!」
ネプは、不気味に笑った。
満面の笑みともいえるほどの、笑顔。
そして――、
「ハァァァァァ――!」
ネプの顔面の前に出てきた二本の龍腕から、青白い光線が放たれた。
エルシアは、至近距離にいる。
避けようが、ない。
「エルシアぁぁぁぁぁ!」
「大、丈夫!」
叫ぶベルに、そう応えるエルシア。
目と鼻の先ほどの距離から放たれた光線を、
エルシアは、斬った。
二つに分かたれた光線は、瓦礫の山をまとめて消し炭にした。
もしあれが当たっていたら、と考えると、ベルは肝が冷える感覚に襲われた。
「何、だと……!」
「わたしを甘く見たね、海王――!」
「――ッ!」
「がっ……!」
ついに首を捉えようかというところで、ネプはエルシアの横腹を蹴り飛ばした。
「エルシア! あぶっ……ごはっ!」
「ごめんっ、大丈夫?」
「治癒します!」
飛ばされたエルシアを受け止めようとしたベルは、エルシアの尻に押しつぶされた。
シャルロッテは治癒魔法を唱え、負傷が激しいシャルロッテを治癒する。
「攻撃魔法も使えて、治癒魔法も使えるんだ。器用だね」
「いえいえ」
柔らかく微笑むシャルロッテ。
エルシアは再び立ち上がり、剣を構えた。
「エルシア。時間を稼げますか?」
「稼ぐだけなら、いくらでも大丈夫だよ」
「奴を、観察したいんです」
ベルはそう言って、ネプを凝視する。
多すぎる腕のせいで中々観察するのは難しいが、目を大きく開いて、ネプの隅から隅まで、舐め回すように見る。
「はぁぁぁぁっ!」
エルシアの雄叫びは、もはやベルの耳には入っていない。
「エルシアさん! 下がって!」
「はいっ!」
「――『バニッシュボルト』!」
シャルロッテの詠唱も、聞こえない。
ベルは完全に、ゾーンに入っているのだ。
ネプの腕、脚、胴、首。
舐め回すように、下からも上からも、何度も見つめる。
「ハハッ!」
「くぅっ……!」
まるでこの戦闘を楽しんでいるかのように笑うネプ。
それと対峙するエルシアの表情は見えない。
だが、確実に消耗が激しく、限界が迫っていることは明らかである。
「――――!」
ベルは息を呑んだ。
土煙で、はっきりとした姿は見えない。
しかし、土煙の中でもひと際目立った赤色。
見間違いではなく、確実に見た。
「――――目だ」
そう、ぽつりと呟いた。




