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第51話 変わり果てた景色

 エリーゼは目が覚めると、水浸しの地面に横たわっていた。


「うーん……。ランスロット? シャルロッテ?

 ……ベル?」


 応答はない。

 エリーゼは、仲間たち全員とはぐれてしまった。

 それもそのはず。


 監獄のあった方角から押し寄せてきた津波によって、エリーゼ達は街の中へ流されてしまった。

 それぞれがどこまで流されたのか、そもそも無事に生きているのかすらも分からない。


「……酷いわ」


 360度、どこを見ても同じような光景。

 先ほどまでそこに建っていた建物は、一軒残らず倒壊してしまっている。

 跡形も、残っていない。


 幸い、腰に提げていた剣は無事だ。

 最悪何かがあっても、戦うことはできる。


「何で急に、あんなことに……」


 なんの予兆もなく、突如として吹き荒れた突風。

 それからすぐに押し寄せた、巨大な津波。

 エリーゼ以外に生きている人間は、かなり少ないだろう。


 倒壊した家ばかりであるからか、やけに見晴らしがいい。

 遠くの方まで、よく見える。


 エリーゼは膝をついて立ち上がる。

 しかし、立ち上がった途端、胃の中から何かが込みあげてくる。


「ゲホッ……ゴホッ……!」


 長時間波に流されていたため、大量の海水が胃の中に入り込んできていた。

 その全てを吐き出してから、エリーゼは立ち上がって歩き出した。


 目立った外傷はない。

 その代わり、体が上手く動かない。

 エリーゼの体温は、著しく低下している。


 体が冷たい。

 吹く風が、エリーゼの体を凍えさせる。

 エリーゼは覚束ない足取りで、どこへ行くあてもなく歩いていく。


 様々な感情が、脳内で交錯する。

 ランスロット、シャルロッテは無事なのだろうか。

 一緒にいた衛兵は、生きているのだろうか。


 そして、ベルの安否。

 津波が押し寄せてきたのは、監獄があった方角からだった。

 つまり、あの監獄もあの巨大な波に飲まれてしまった可能性も十二分に有り得る。


「……クーン」


 よろめきながら歩くエリーゼの視界に、動けなくなっている動物が入った。

 小さな犬のような動物が、瓦礫の下敷きになっている。


 エリーゼはその動物に駆け寄り、瓦礫を退けようとした。


「……っ!」


 手を伸ばした瞬間、その動物は瓦礫を抜け出した。

 そして、エリーゼを攻撃しようと、飛びついてきた。


「何なのよっ!」


 エリーゼは咄嗟に剣を抜き、その攻撃を弾く。

 弾き飛ばされた動物――否、犬の魔獣は、再びエリーゼに向かって突進してくる。


「――しっ!」


 エリーゼが剣を振ると、犬の魔獣は真っ二つに斬り裂かれた。

 そして、間もなく塵になって消えた。


「助かったわね。

 あんたのおかげで、体が温まったわ」


 皮肉混じりに、エリーゼはそう吐き捨てるように言った。

 剣を握ったまま、エリーゼは再び歩き出そうとした。

 だが、


「なっ……! 嘘でしょ……?!」


 先ほど殺したはずの犬の魔獣が、今度は何十体も、エリーゼの目の前に立っていた。

 エリーゼは煩わしそうな顔で、低く構えた。

 呼吸を整え、目を閉じる。


 魔獣の鳴き声と共に、エリーゼは地面を強く蹴った。


「『炎天(えんてん)』!」


 向かってくる魔獣を、地面から天へ弧を描くように剣を振って斬り刻む。

 魔獣は一斉にかかってくることはなく、一体ずつ飛び込んでくる。

 そのおかげで、エリーゼは全て一振りで仕留めることができる。


 次々に飛び掛かってきては斬り捨てられる魔獣。

 ――エリーゼは半ばこの戦いを楽しんでいた。


 久々の実戦。

 ただでさえ何週間も剣を振っていなかったのだ。

 腕が鈍っているかと思えば、そんなことはない。

 あれだけ数がいた魔獣は、一分足らずで全て斬り伏せられてしまった。


「はぁ……はぁ……」


 ようやく、エリーゼは剣を鞘にしまった。

 遅れて、疲労がエリーゼの体を襲った。

 倒れそうになりながらもなんとか踏ん張り、瓦礫の方へ歩く。

 そして、座り込んだ。


「これは……しばらく動けなさそうね……」


 この数分、エリーゼはアドレナリンのおかげで動けていた。

 普通ならば、とっくに倒れてしまっていた。

 体温が上昇したのも一時的なものであり、海水による低体温症に近いものに陥っていることに違いはない。

 目を閉じれば、そのまま目が開かないかもしれない。

 しかし、エリーゼの体力は既に限界であった。


 エリーゼの体から、力が抜ける――、


「――エリーゼ!」


 その寸前、聞き覚えのある声が聞こえた。


「シャル……ロッテ?」

「そうです! シャルロッテです!

 今すぐ治療します!」


 エリーゼは思ってもみない形で、シャルロッテと合流した。


「ありがと、シャルロッテ」

「いえいえ。何より、無事でよかったですよ。

 ところで、ランスロットはどこにいるか分かりませんか?」

「分からないわ。目が覚めたらここにいて、魔獣に襲われたの」

「魔獣!? 大丈夫だったんですか?」

「あたしを誰だと思ってんのよ。

 ちょちょいのちょいだったわ」

「ここで倒れそうだったのにですか?」

「うぐっ……うっさいわね!」


 エリーゼは少し顔を赤くして、プイッとそっぽを向いた。

 それから二人は立ち上がり、ランスロットを探して歩き出した。




---ベル視点---




「ゲホッ!」


 どこだ、ここは。

 さっきまで監獄にいて、サメの魔獣と戦って……。

 それで、俺はどうなったんだ?


 あの巨大な波に飲まれて、流されたはずだ。

 サメに食われた……ってわけでもなさそうだな。

 ここはどう見たって陸地だし。


 だが、何だこの惨状は。

 恐らくだが、ここはミリアの街中だろう。

 でも、どうしてこんなに街が酷いことになってるんだ。

 この壊れ方は、火事とかそういうものじゃないだろう。

 地面は水浸しだし、船が何隻も乗り上げていて、そのどれもが大破している。

 もしかして、ここもあの波に飲み込まれたのか?


 ――だとしたら、まずいだろ。

 ゾルトやダリア、それにシェインや他の囚人たちも、崩落した監獄と一緒に海に落ちたはずだ。


 そして、エリーゼ達はこの街にいるはず。

 つまり、あいつらも流されたってことじゃ――


「おっ、目が覚めたかな?」

「うわ! びっくりした!」


 全く聞いたことのない声が、隣から聞こえてきた。

 女の声だ。


「驚かせてごめんね。

 あっ、わたしは敵じゃないから安心してね」

「……分かりました。

 もしかして、助けていただいたんですか?」

「そうだよ。海で溺れそうになっていたところをひょいひょいっとね」


 指でひょいひょいってされても、全く想像がつかないんだが。

 でもとにかく、助かった。

 この人が居なければ、俺はきっと溺死していたか、サメに食い殺されていたところだっただろう。


「ってのは嘘で、本当は君と一緒にここまで流されただけなんだよね。

 あははは」

「嘘なんかい! ゲッホ!」

「大丈夫?!」


 なんの嘘だよ、全く……。

 思わずツッコミを入れたら、急にむせてしまった。


 でも、運良く生きて陸地に上陸することができた。

 この人も無事な人間の一人だし、俺の他にも無事な人間がいてよかった。


「わたしはエルシア。君の名前は?」

「ベルです」

「あ、もしかして、貴族の徽章を盗んだって男の子?

 君、ミリアで一躍有名人だよ」

「そうです。いや、そうじゃないんですけど」

「冤罪ってこと?」

「そうです」

「えっ! 可哀想!」


 察しが良いな。

 そうですよ。

 俺はとんでもない冤罪をかけられて投獄されたんですよ。

 あのドワーフ、マジで見つけたらただじゃおかねぇからな。

 あ、でも、こうも街が壊滅してると、流石に生きてるか怪しいか。


「こんなに小さいのに濡れ衣着せられるなんて。

 ベル、今何歳?」

「9歳です」

「わたしの二分の一歳じゃん!

 しっかりした子だな~」


 それほどでもないけどね。

 というか、エルシアは18歳ってことか。

 とても高校三年生の歳には見えないスタイルだな。

 グラマラスというより、程よく引き締まったいい体だ。

 俺も将来こんな感じの引き締まった肉体を目指さねば。

 俺が女だったら、ペタペタと腹筋を触っていただろう。


「とりあえず、じっとしてても何も始まらないし、歩こっか」

「そうですね」


 安全策をとるならこの場から動かない方がいいが、そういうわけにもいかない。

 思わぬ形で街に戻ってきた以上、やるべきことは一つ。


 ――皆を、捜す。


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