第52話 沈んだ街に立つ者
捜すとは言ったものの、どうやって捜すか。
まあ、歩き回るしか方法はないな。
この街はかなり広いし、しらみつぶしに捜すのが一番手っ取り早い。
もちろん、他人に頼りたいところだが、この街の状況を見るに、頼れる人間はまずいなさそうだ。
ミリアはもう、再興できないかもしれない。
建物だけならまだしも、どれだけの人が逃げ遅れたか。
「本当に、何が起こってしまったんでしょうか……」
「急に津波が押し寄せたんだよ」
「……やっぱり、あの波ですか」
まあ、あの波以外の何でもないだろうな。
それはそうと、どうも引っ掛かる。
あの津波は、一体何が原因なんだ?
そんなに都合のいいタイミングで、巨大な地震が起きたとも考えにくい。
いや、完全に否定できるかと言われれば自信はないが。
「気分が下がりっぱなしだと気が滅入るから、楽しい話しようよ」
「例えば?」
「た、例えば? うーん、そうだね……生い立ち、とか?」
「僕の人生が過酷だったらどうしますか?」
「確かに……」
俺がとんでもないハズレ家庭に生まれて、日々虐待を受けていたとか言ったら、ますます気が滅入るだろうな。
まあ、俺は世界で一番幸せな家庭に生まれたと胸を張って言えるが。
正確には、生まれたというか降り立ったといった方が正しいか。
「まああまりこれといった話題はないですし、生い立ちでも話しますか」
「うんうん!」
俺は歩きながら、自らの生い立ちを話すことにした。
「えっ……君、凄い家庭に生まれたんだね。
『剣帝』の息子だなんて……」
「母も特級魔術師です」
「特級?! ……びっくりしすぎて倒れそうだよ。
でも、それだけ凄い剣士をお父さんに持ちながら、ベルは剣術を使わないの?」
「僕には、剣術は向いてなかったので。
でも逆に、魔術の方は得意なんです」
「そうなんだ。どのくらい使えるの?」
「火上級魔術までなら使えます」
「上級?!」
この人、めちゃくちゃオーバーリアクションを取ってくれる。
すごく聞き上手な人だ。
話しているこっちまで楽しくなってくるな。
その後も、俺がこの9年で経験してきたことを話した。
「あのさ……。ベル、本当に9歳なの?」
「そりゃもうピッチピチの9歳児ですとも」
「18年生きてるわたしよりもずっとすごい人生を送ってるんだけど!
9歳で上級魔術師って何?!
てか9歳とは思えない饒舌さ!
年齢はわたしの半分だけど、わたしの倍以上の知能を感じる……!」
「い、言い過ぎですよ」
台本でもあるのかってくらい褒められた。
上がった口角がどこかに行ってしまった。
「……コホン。取り乱しちゃった。
とにかく、わたしは人間として、ベルを尊敬します」
「大袈裟ですって」
うーん、なんというか。
俺がもう5個歳をとっていたら、好きになっていたかもしれないな。
まだ出会ってたかだか数十分だが、かなり好印象だ。
……だが、そんな楽しい談笑とは対照に、周りの景色は惨憺たるものである。
波に流され、瓦礫の下敷きになっている人。
地面に打ち上げられるようにして倒れている人。
抱き合うように倒れている人。
中には、子供を庇うようにして倒れている人もいた。
……そのほとんどが、既に息絶えていた。
何人か生きている人はいたが、エルシアの簡単な治癒魔法で治療することしかできない。
避難所のようなものがあるのかすらも、分からない。
「ベルは、仲間と一緒にミリアに来たんだよね?」
「はい」
「……わたしに任せて。
絶対君の仲間を見つけ出すから。
だから、わたしから離れないでね」
「……ありがとう、ございます」
エルシアは、俺の頭を優しく撫でた。
やけに撫で慣れている。
これは、下に兄弟がいるな。
「エルシアは、戦えるんですか?」
「この背中を見ても、そんな疑問が湧いてくる?」
エルシアは、背中に二本の大きな剣を背負っている。
もしかして、二刀流なのか?
すげえ! 憧れる!
「わたしは元々、『聖剣道場』出身でね」
「えっ、ってことは……」
「世代はちょっと違うけど、ベルのお父さんの後輩だよ」
ルドルフの後輩か。
今ルドルフは29歳だったはずだから、世代は全然被ってなさそうだが。
リベラからも厳しい道場だって聞いていたし、エリートってことだろうか。
「何とか卒業はさせてもらえたけど、卒業試験で全く勝てなかった。
だから、何の称号も貰えなかったんだよね。あははは。
でも、そんじょそこらの剣士よりは腕が立つはずだから、安心して前線は任せて!」
「それなら安心です」
「ふふん」
腰に手を当てて胸を張るエルシア。
胸がはち切れそうだ。
エルシアの体は引き締まっているとはいえ、ぱっと見だと華奢な体だ。
そんなエルシアが、こんな大剣を二本同時に振り回しているところなんて、全く想像できない。
でもあの道場を出ているわけだし、間違いなく実力はあるだろう。
とはいえ、任せきりになるわけにもいかない。
持ちつ持たれつ、互いに助け合いながら進もう。
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夜が明けた。
だが、空が明るくなることはない。
ここでも天変地異が起こっているのだろうか。
天大陸よりも気温と湿度が高いから、暑く感じるな。
日本ならセミが鳴いているかもしれない。
「何で明るくならないんでしょうか」
「何でだろうね……。
また変なことが起こらなければいいけど」
縁起でもないこと言うなよ。怖くなるだろ。
でも、嫌な予感がするのは紛れもない事実。
これ以上何もなければいいが……。
あの時とは違う、しかし近しいものを感じる空模様。
曇天でも、雨が降る前の空でもない。
「お腹、空いてない?」
「空いてますけど、何も食べるものなんてないですよ」
「ふっふっふ。わたしは軽食を常備しているのだよ。
一つあげる」
「いいんですか?」
「腹が減っては戦はできぬ、って言うでしょ?
少しでもお腹に入れておいた方がいいよ!」
そう言って、エルシアは徐に、腰に提がっている袋から、何かを取り出した。
「こんなのじゃ全然お腹いっぱいにはならないだろうけど、何も食べないよりマシだと思うんだ。
さ、お食べ」
「いただきます」
エルシアがくれたのは、乾パンだ。
割と大きめの乾パンだが、こんなサイズの乾パンをどこにしまっていたのだろうか。
物を小さくするような便利な魔法があるのか。
そんなわけないか。
ってかこのパン、美味いな。
でも口の中がパサパサするな。
「『水』」
この際、水でもいいか。
ちなみに、魔法で作り出す水は、天然水の味に近い。
水道水独特のあの味がしないから、美味しい。
手のひらを自分の口の中に向けて、生成される水を飲む。
「魔術って便利だねぇ」
「エルシアも要りますか?」
「えっ、いいの?」
「貴重な食料を分けていただいておいて、自分だけ水を飲むなんてことはしませんよ」
「こんなに義理堅い9歳児は初めて見たよ。
じゃ、あーん」
「えっ、そういう感じですか?」
「あん」
大きな口を開けて待機するエルシア。
こ、これって……いいのか?
ギリアウトな気がするんだが。
いや、水を飲ませるだけだぞ。
あくまで、水分補給の手助けだからな。
決して邪念は抱いてはいけない。
ふぅ……緊張するな。
「水」
やべっ……。
緊張しすぎて手元が――、
「――ぶおおおおっ!」
俺と同じように少しだけチョロチョロっと出そうとしたところが、
滝のような勢いの水が出てしまった。
「ゲホッ! ゴホッ……!」
「すみません! 本当にすみません!
大丈夫ですか?!」
「だ、大丈夫……。
だいぶたくさん水が飲めたから助かったよ。
ありがと……ゲホッ」
危うく殺人を犯すところだった。
エルシアの咳が治まるまで、俺は背中をさすり続けた。
ようやっと治まったところで、エルシアが口を開いた。
「昨日はベルが自分のことを話してくれたから、今度はわたしが話す番だね」
昨日俺が話した、簡単な俺の経験談。
エルシアはいちいち大きなリアクションをとりながら聞いてくれていた。
聞き上手とはこのことだな。
「わたしね、生まれてすぐに親を失ったの」
「えっ、どうしてですか?」
「わたしの目、よく見て。
左右で色が違うでしょ?」
うわ、本当だ。
右目は赤色、左目は青色だ。
「素敵じゃないですか。
それに、それとこれと何の関係が?」
「いっ、息をするように褒めてくれるね。
……わたしの生まれた村では、赤色は不吉な色だとされてたんだよ。
それで、本当は近くの森にいるって言われてた大きな竜の生贄になる予定だったの。
でも、『苦労して産んだ子を生贄にはさせたくない』って、両親は村長に直談判した。
その当時、小さな村のくせに村長が独裁者だったから、両親が生贄にされちゃったんだ。
そのおかげでって言うのも違う気がするけど、わたしは生かされた」
そんなに辛い過去があったとは。
溢れ出る聖人感の裏に、そんな背景が隠れていたのか。
「まあ当然、ただでさえ不吉な見た目をしてたから、わたしは村で腫れ物扱いを受けたよ。
大人からは避けて歩かれるし、子供からは石を投げられたり、悪口を言われたりね」
「しんどくなかったんですか?」
「まあ正直、かなりしんどかったよ。
11歳の時に村を出るまでそんな生活が続いたわけだから」
――俺と、似ている。
容姿を理由に疎まれ、忌み嫌われる。
俺の場合、事の発端は幼馴染を庇ったことだが。
大人から避けられるなんてことはなかったが、日常的に暴力は受けていた。
でも、エルシアは村を出るという決断をしたのだ。
しかも、11歳の時だ。
ずっと家に引きこもって、何もしてこなかった俺とは違う。
似ているようで、違った。
俺よりも数段立派だ。
「そこからも、何度も死ぬような思いをしたっけな。
空腹で倒れていたところを、あの子に拾ってもらわなかったら、今わたしはここに立ってないと思う。
あ、座ってるけど」
「あの子?」
「セレスティアっていう、青い髪の女の子でね。
その子と一緒に、『聖剣道場』に入門したんだ」
「エルシアが生まれた村は、ケントロン大陸にあるんですか?」
「そうだよ」
あんなオーストラリアみたいな大陸で生まれたのか。
こんなところまで来るのはさぞかし大変だっただろう。
……ん? セレスティア?
どこかで、聞いた覚えがあるような。
確か、リベラの口からだったはず。
…………待てよ。
「エルシア。もしかして、リベラータという剣士を知っていますか?」
「リベラさんのこと? 知ってるも何も、何回もコテンパンにやられたよ」
やっぱりか!
ということは、エルシアはリベラと同時期に道場にいたってことだな。
ルドルフが道場を出てもリベラはしばらく道場に残ったらしいし、
エルシアはきっと、ルドルフの卒業後に入門したのだろう。
「あの人はすごく強かったなぁ。
なんというか、動きが速すぎて、目で追えても体が追い付かないっていうか。
そりゃ、『剣王』の称号も授かるわけだよ」
「リベラさんは、グレイス王宮の用心棒として仕えている間、エリーゼという王女に剣を教えていたんですよ」
「えっ!? あのリベラさんが!?」
「そんなに驚くことですか?」
「だって、他の人とほとんど口も利かなかったんだよ。
そのくせ、人に剣術を教えるのめちゃくちゃ下手くそだったし」
なるほど。
リベラは剣術を教えるのが下手だったらしい。
エリーゼがなかなか成長できなかったっていうのも、それを聞けば頷ける。
まあ、あんまり頭が良さそうな感じでもなかったしな……。
ただしすごくいい人だから、俺はリベラが大好きだ。
「セレスティアはまだ道場にいるのかなぁ。
私は卒業試験で一勝もできなかったし、そのままもう一年道場に残ることもできたんだけど、流石にギブアップしたよ」
「やっぱり、しんどいんですね」
「色んな意味でね」
「色んな?」
俺が聞き返すと、エルシアは「やれやれ」とばかりに両手を広げた。
そりゃ世界最高峰の剣術道場なんだから、肉体的にも精神的にもしんどいだろう。
他にも何かあるのか?
――あ。
「なるほど。心中お察ししま――」
「あの人、手取り足取り教えてくれるのはいいんだけど、絶対下心あるって!
わたし、何回も胸とかお尻とか触られたもん!」
「けしからんですね!」
本当にけしからんですね!
こんなに大きなものを触るとか……。
羨まし……くはないぞ。決してだ。
同じ道場の友達の父親からそんなことをされるのはたまったもんじゃないだろうな。
よく何年も耐え抜いたよ。
世の中には、いろんな形で壮絶な人生を送ってきた人もいるんだな。
エルシアだって、俺に負けないくらい辛い思いをしてきている。
いいや、俺なんかよりもよっぽど辛かっただろう。
それを乗り越えて、道場を卒業できるくらいの剣術を身に着けた。
また、尊敬すべき人間が一人増えてしまった。
「弱い人間が蔑まれて、強い人間だけが称賛される世界は間違ってる。
強い人間は、弱い人間を助けるべきでしょ?」
「ええ、その通りです」
「だからわたしは剣神道場に入門して、強くなりたかったんだ。
まあ、あんまり強くはなれなかったけど」
「どのくらい強くなったのかじゃなくて、どれだけ努力してきたかが大事なんですよ」
「そう、だよね」
俺も、この世界に来て魔術を学んだことで、努力を積み重ねることがいかに難しいのかを思い知った。
たとえ良い結果に繋がらなくとも、努力をしてきたことに価値があるのだと。
どれだけその分野に才能がなくても、努力をできる才能があるのだと。
「……ほんと、君はいいことしか言わないな――」
「――! 伏せて!」
考えるよりも先に、体が動いた。
俺はエルシアに覆い被さるように、強く押し倒した。
「……初撃をかわすとは、中々やる奴だな」
低い男の声。
晴れた土煙から見えたその姿は見るからに青年である。
「……誰ですか」
「死に行く前に、我の名だけでも覚えておくがよい」
真っ白な短髪の一番上から、一本の角が生えたその青年は、ゆっくりと歩いてくる。
そして、口を開いた。
「――我は『九星執行官』第九位、『海王』ネプだ」
俺は二度の人生で初めて、本当の意味での「血の気が引く」という感覚を味わった。




