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第48話 それぞれの決意

 俺の発言に、再び沈黙が生まれた。

 無理もないだろう。

 色々な小細工をしたり、盗賊ならではの悪知恵を働かせたり。

 脱獄ってのは、大体そんなものだろう。

 正面突破なんて、馬鹿の考えることだ。

 そう、俺は馬鹿だ。

 馬鹿だから、他に方法が思いつかなかったのだ。


「正面突破って……アンタ、正気かい?」

「もちろんですとも」

「この牢屋を出られたとして、この監獄はかなり入り組んでるって聞くぜ。

 それに、何人の見張りの衛兵がいると思ってんだ?」

「誰も、『監獄の中から』とは言っていませんよ?」

「どういう意味だ?」


 正面突破というワードだけでは、ちょっと抽象的すぎる。

 まあ、捉えようによっては正面ではないと思うかもしれないが。


「海からですよ。海から」

「は?」


 三人は、声を揃えて懐疑的な眼差しを俺に向ける。

 海からの脱獄は、成功者が一人もいない。

 かといって、内部からの突破も困難だろう。

 なるべく《《人間の》》犠牲は払いたくない。


「海から脱出だと?

 どうやってやるのだ?」

「殺すんですよ。サメを」

「あの化け物を、殺すだって?

 アタイは、何回アンタの正気を疑えばいいんだよ」


 冗談で言っているのではない。

 俺はいつだって本気だ。


 俺が払いたくないのは、俺達四人やこの監獄にいる衛兵達の犠牲だ。

 海で何人も人を喰ってるサメなんて、知ったこっちゃない。

 俺の話を全然聞いてくれない奴らに腹が立つのは事実だが、殺しまではしたくない。


 人間を殺せば、罪に問われる。

 だが、動物ならあるいは、って話だ。

 なんて言ったら、動物愛護団体に怒られそうだが。

 殺されそうになったから正当防衛で殺したということにすれば大丈夫なはずだ。


 犬とか猫とか、害を及ぼさない動物を殺すのは、心が痛む。

 でも、あのサメはいくつもの命を奪ってきた。

 極悪人だっていたかもしれないが、俺みたいに冤罪にかけられた人だっているかもしれない。

 なにせ、あの衛兵たちのことだからな。


 だから俺は、微塵も心が痛まない。

 俺は何もやっていない。

 何度だって無実を主張し続ける。

 それでも聞く耳を持たないなら、どんな手を使ってでもここから出る。

 そして、エリーゼ達のもとに帰って、また旅を続けるのだ。

 俺はこの監獄を、旅の終着点にするつもりはない。


「第一、オレ達はあんまし戦えねえぞ?

 だって、相手はサメだろ?

 ってことは、海で戦わなきゃならないじゃないか」

「地上ならある程度は戦えるんだけどね。

 海の上となると、魔術も使えないアタイらには無理だよ」

「私も、魔術の類は使えない」


 おっと。

 雲行きが怪しい。

 そうだ、忘れていた。


 こいつらは、ランスロット達とは違う。

 バケモノみたいな強さのランスロット、

 凄腕魔術師のシャルロッテ、

 そしてウルトラ可愛くて強い剣士のエリーゼ。


 俺の今の仲間は、その三人ではない。

 まともに戦えるのは、俺だけってことか。


「いいでしょう。僕がサメの相手をします」

「お前一人でか?

 そんなに小さな体で、あのサメの相手をすると言うのか?」

「はい 逆に、それ以外の方法があるんですか?」

「ベル、アンタはまだ若いんだ。

 命は大事にしなきゃならない。

 そんなに投げやりになる必要なんて……」

「僕を待っていてくれる人たちがいるのに、投げやりになんてなれませんよ」


 実際の所、どうなのかは分からない。

 俺が居なくなったことで、エリーゼ達はどうなっているだろうか。

 もう俺のことは諦めて、三人でラニカを目指すことになっているかもしれない。

 なんてことを、俺はこの一晩で何度も考えた。


 でも、俺は信じている。

 エリーゼ達は、俺のことを探している。

 明確な根拠なんてものはない。

 これまでみんなと一緒にいた時間が、俺を信じさせてくれている。

 俺を、待ってくれている。


 それか、俺を助けに来るかもしれない。

 脱獄なんてしなくても、助けを待つことだってできる。

 何とかして、この監獄から俺を連れ出してくれるかもしれない。


 だが、それではダメだ。

 きっと、皆は殺しを厭わないだろう。

 ここにいる衛兵や見張りが全員極悪人なら、話は変わる。


 違うだろう。

 何も悪いことなんてしていない人間は、殺されるべきではない。

 確かに、俺を間違えて捕らえたことは許されざることだ。

 でも、それは絶対悪ではない。


 ――あの時、俺は学んだ。

 人は、簡単に死んでしまうのだと。

 だから、そんなに簡単に、命を奪ってはいけない。


 ……この三人が盗賊であることであることは間違いない。

 もし脱獄に成功すれば、俺は犯罪者の脱獄に加担したことになる。

 それによって、今度はちゃんと罪に問われるかもしれない。

 でも、人の命に比べれば安いものだろう。


 俺は、やるぞ。

 一人も犠牲にさせずに、脱獄してみせる。


「分かった。その方向で固めるか」

「ゾルト、アンタ……」

「ベルはきっと、自分のためだけじゃなく、オレ達のことまで考えてくれてるんだよ。

 オレ達はベルと違って有罪だ。

 ベルは無実なのに、更に罪を重ねようとしているオレ達の肩を持ってくれようとしてくれてるんだぜ。

 ヒヨってられるかよ」


 昨日から、思うことがある。

 ダリアよりも、実はゾルトの方がリーダー適性があったりして。

 いや、シェインの意見にも影響されがちだな。

 そもそもが流されやすい性格なのかもしれないな。


「それをやるとするなら、いつやる?

 アタイらにも、心の準備ってもんがあるんだけど」

「今すぐに……と言いたいところですが、僕も流石に心の準備ができてませんからね。

 明日か、明後日かにしましょう」


 どこかホッとしたような表情を見せるダリア。

 これ、ダリアは相当ビビってる説があるな。

 実際戦うのは俺だってのに。


 とりあえず、作戦は思ったよりも早く決まった。

 二週間くらいかけるとか言ってたが、俺の意見によって一気に短くなった。

 最短で明日、最遅で明後日。

 どちらにせよ、決行の日は近い。


 それまでに、色々と準備をしなきゃな。


---


「――」


 エリーゼ達は宿に戻り、ギルドで聞いた様々なことを整理した。


 ベルは、衛兵によって捕らえられた。

 上流貴族の徽章を盗み出し、逃走を図ったと。

 そしてギルドの前で、堪忍したように大人しく捕まったと。


 それを聞いて、エリーゼは激高した。

 受付嬢に手を振り上げ、殴る寸前までいった。

 ランスロットとシャルロッテに抑えられたエリーゼは、大きな声をあげて泣いた。


 そして今、全てを失った廃人のように、エリーゼは枕に顔をうずめている。


「これから、どうしましょうか」

「どうしたもこうしたも、ベルが捕まった以上、旅どころじゃないでしょ」


 いつもよりも遥かに低い声で、エリーゼはそう言った。


 一行がしている旅の目的は、ベルとエリーゼの故郷に帰ることだ。

 ベルが欠けてしまっては、この旅を続けることはできまい。


 貴族の、それも上流貴族の徽章を盗むという行為は、国によっては極刑に当たる場合もある。

 ミリアにおいてはそこまで重い罪にはならないが、数か月の禁固刑を食らう可能性がある。

 基本的には、何もしなければ一定期間で出してもらえる。


 何もしなければ、だ。

 余計な真似をしてしまえば厳罰になることもある。


「エリーゼ、シャルロッテ。

 一つ、聞きたいことがある」


 ランスロットは、宿に戻ってから初めて口を開いた。

 いつもは何とも言えない存在感を放っていたランスロットが、存在感の欠片もなくなっていた。


「お前達は、これからどうしたい?」

「だから、旅なんて続けられないって……」

「俺は、どうしたいかを聞いている」


 ベッドを叩いて立ち上がろうとするエリーゼを、声だけで制した。

 エリーゼはたじろいで、再びその場に座った。

 そして、下を向いてベッドのシーツを握りしめる。


「……何も、したくないわ」


 エリーゼからの返事は、それだけだった。

 ベルが捕まり、監獄へ捕らえられているだなんて、信じたくないのだ。

 いつも強くて、優しくて、誰よりも頼りになるベル。

 そんな彼が犯罪に手を染めるなど、考えたこともなかったから。

 だからこそ、エリーゼはショックを受けているのだ。


 数か月経てば、彼は戻ってくる。

 だが、その数か月は、エリーゼにとっては長すぎる。


「エリーゼ。お前は、ベルがあんなことをする奴だと思うか?」

「……どういう意味よ」

「あれだけ人のために、命を懸けて戦ったベルが、盗みなどを働くと思うか?」


 ランスロットは低い声で、しかし柔らかな声で、そう言った。

 エリーゼとシャルロッテは、顔を見合わせた。


「……そうよね。

 きっと、何かの間違いよね」

「私も同感です。

 ベルがそんなことをするとは思えません。

 私みたいにお酒に酔うなんてこともありませんし」


 エリーゼとシャルロッテは、ハッとした。


 ランスロットは、端から分かっていたのだ。

 聖級魔術師、そして名高いソガント族の戦士がいながらも度々訪れるピンチを、ベルが何度も救っていることを知っている。

 名も知らない少女たちのために、命を投げ出してまで助けようとした彼の姿を知っている。

 三つも歳上のエリーゼのために、船のあちこちを奔走した彼を、知っている。


 少なくとも、人を陥れることをすることはないと、ランスロットは知っている。


 ――否、信じているのだ。


「もう一度聞く。

 二人とも、これからどうしたい?」

「そんなの、決まってるわ」


 エリーゼは、おもむろに立ち上がった。

 シャルロッテと、ランスロットの目を見て、拳を握る。

 そして、いつも通りの堂々とした声で、


「――ベルを、助けに行きましょう」


 胸を張って、そう言い放った。


「でも、助けるってどうやるんですか?

 聞いた話だと、この都市国家の監獄は物凄い所に建てられていると聞きましたが」

「ああ。恐らく、ベルが捕らえられた監獄というのはミリアの『海上監獄』だろう」

「海上? ってことは……」

「文字通り、海の上に存在する監獄だ」


 シャルロッテとエリーゼは、一瞬眉をひそめた。

 海の上のある、監獄。


 外部からの侵入方法は、当然ながら民間には一切公開されていない。

 旅行客ならば尚更知るまい。

 故に、国民に聞き出そうとしてもなんの情報も得られない可能性が高い。

 もっとも、監獄への侵入方法などを聞き出すなど、もはや自殺行為でしかないのだが。


 これらが、何を意味するのか。


「そんなの、どうすればいいのよ!」


 普通の方法では、どう足掻いても侵入は不可能であるということだ。

 監獄自体は、陸地、つまりミリア都市国家からは10キロメートル近く離れている。

 どんな超人でも、海を泳いで渡るなんてことは難しいだろう。


 しかし、捕まった犯罪者を運ぶ術は確かに存在するのだから、どうにかして入る方法はある。


「とりあえず、どの辺りに例の監獄があるのか、まずはそれを把握するところからですね」

「じゃあ、明日から作戦開始ね」

「今日はもう、ゆっくり休むとしよう」


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