第47話 徽章と濡れ衣
「戻ってきていませんね」
シャルロッテとエリーゼは、ランスロットの部屋を見て眉をひそめる。
エリーゼは、この数時間、全く眠っていない。
というより、眠れていないと言った方が正しい。
その理由は、言わずともわかるであろう。
シャルロッテに自分のせいではないと言われたものの、やはり自分のとった態度が原因だと考えてしまうのである。
ベルが訳もなくエリーゼ達のもとを離れるとは考えにくいし、エリーゼと別れたきり、ベルは戻ってこない。
辻褄は、合っている。
無論、ランスロットの言った通り、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性も考えられる。
だが、それはそれで自分に腹が立つのだ。
結局のところ、あの時にベルに対して冷たく当たることがなければ、ベルは外出をしていなかったかもしれない。
一言、「あたし達も寝ましょう」と言うだけで良かったのだ。
そんな簡単なこともできずに、自分の気持ちを晴らすためだけにきつく当たった自分が、どうしようもなく憎い。
「どうする? とりあえず、シャルロッテの言う通り、捜索願を出してみるか?」
「日中に捜して、それでも見つからなかったら、そうしましょうか」
「何で? すぐに出せばいいじゃない」
「まだ焦るには早いでしょう。
私達の手で全く捜索をしないまま依頼をしても……」
「ミリアがどれだけ広いと思ってんのよ。
三人だけでどうこうできるものじゃないでしょ?」
「そっ、それは確かに……」
エリーゼの怒り交じりの助言に、シャルロッテはハッとする。
ミリアは、ブルタ王国で最大の都市国家である。
面積でいえば、グレイス王国第一都市のアヴァンよりも広大だ。
そんな場所をたった三人で探して回るなど、不可能である。
都市を全て回るのに、何日もかかるだろう。
当然、大人数で探したり、捜索のプロに任せたからと言って、すぐに見つかるとは限らない。
しかし、無闇に、しらみつぶしに探すのは効率的とはいえない。
「俺も、エリーゼの意見に賛成だ。
俺達だけで探すというのは、得策とは言い難いだろう」
「分かりました。
では、ギルドへ向かいましょう」
ベルが見たものと同じ地図を、三人は凝視する。
それを見て、一行は冒険者ギルドに向かった。
依然として、雰囲気は悪い。
誰が誰のせいにしているとか、そういうわけではない。
それぞれが、自分に責任を感じているのだ。
「ここか」
「綺麗な所ね」
ミリアの冒険者ギルドは、エリーゼ達が今までに見たどのギルドよりも綺麗だった。
新築のような木の香り、整っていて綺麗な内装。
この綺麗なギルドも相まって、ミリアの冒険者活動はデュシス大陸でも盛んな方である。
ギルドの綺麗さで左右されることはないが、それでもミリアが人気であるのは確かだ。
それでいうならば、ベル達が天大陸に転移してから初めて訪れたアルベーの町のギルドは、外観だけでいうとかなり年季の入った建物だった。
そのせいか、中に入った時の外観との違いが大きかった。
「こんにちは。依頼のご希望ですか?」
「少し、聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと、ですか?」
黒髪ボブの受付嬢は、首を傾げる。
シャルロッテは紙を取り出し、カウンターに置いた。
そしてペンを握り、絵を描き始めた。
「何よこれ」
「似顔絵です」
「だ、誰のだ……?」
「ベルですよ! 見て分かりませんか?!」
「分からないわよ!」
特徴こそ捉えているものの、一目でベルとわかるものではなかった。
受付嬢には、金色の毛をした犬と間違えられたほどだった。
「人探しをしている。この似顔絵は、一旦忘れてくれ」
「酷いです」
「金髪に、ローブをまとった男の子ですね。
確認してきます」
受付嬢は、カウンターの裏へ引っ込んでいった。
「ベル、どこにいるのかしら……」
「きっとどこかで無事でいますよ」
「ベルが簡単に死ぬとは思えん」
「死ぬとか縁起でもないこと言わないでちょうだい。
何事もなく、元気で……いるわよ」
エリーゼの声が僅かに震える。
シャルロッテはエリーゼの肩にポンと手を置き、優しく撫でる。
ランスロットも、エリーゼの背中に手を当てた。
昨日まで一緒にいた仲間が、一夜にして消息を絶ってしまった。
その事実が、エリーゼの心を蝕む。
まして、エリーゼはまだ12歳だ。
精神的にもまだまだ子供であり、感情の起伏が激しい。
中々気持ちを前面に押し出せない反面、ベルのことはこれでもかというほどに気に入っている。
これが仲間としての、友達としての気持ちなのか、はたまた別のものなのか。
エリーゼ自身も、よくわかっていない。
「お待たせしました。
皆さまがおっしゃっている男の子ですが、『ベル・パノヴァ』というお名前でお間違いないでしょうか?」
「はい、そうです」
「何かわかったの?!」
「それが……」
受付嬢は口を噤んだ。
エリーゼも、シャルロッテも、ランスロットも、息をのんでその答えを待つ。
そして、口を開いて事実が告げられた。
「――昨日の夕方ごろ、衛兵によって捕らえられたそうです」
---ベル視点---
「だーかーら!
僕は何もしてませんって!」
ワイ、取り調べなう。
普通投獄前にやるもんだろ。
無実だったらどうするんだ。
実際俺は無実だぞ。
と、何度も無実を主張しているのだが。
「いい加減、吐いたらどうなんだ。
いくら子供だとはいえ、上流貴族の徽章を盗むなんて……」
「してないって言ってるじゃないですか……」
このように、全くもって聞く耳を持ってくれない。
俺の罪状は、この検察官の言う通り、『上流貴族の徽章の窃盗』である。
罪状も何も、俺はやってないつってんのに。
「早く終わらせたいならとっとと吐け」だの、「自白するなら罪が軽くなる」だの言って、
俺の言うことなんか聞こうとすらしてくれない。
この国には傲慢な人間しかいないのだろうか。
自分が一番偉いと思い込んでいる奴らばかりだ。
はぁ。
あの時、大人しく宿にいればな。
なんて後悔を、俺はこの二日間で何度もした。
エリーゼからの謎の冷たい対応で気が狂ったんだ。
エリーゼが悪いとは言わない。
悪いのは全部俺だ。
その後数十分間、取調室に拘束されたが、否認をし続けたら今日の所は許してもらえた。
次の取り調べは一週間後だという。
何があっても俺は罪を認めたりしない。
「おっ、戻ったか」
「どうだった?」
「奴ら、全然僕の話を聞いてくれません。
いくら容疑を否認しても、『さっさと吐け』の一点張りで」
「ははっ。まあ、そうだろうよ。
この監獄にいる奴らは、揃って頭がイカれてやがるからな」
「私達ははっきり有罪なのだ。
お前にそんなことを言う資格はないだろう」
「なんだと?」
「ま、まあまあ……」
ゾルトとシェインは、あまり仲が良くなさそうなんだよな。
シェインが無神経なのか、ゾルトが短気なのか。
原因はどちらにもあるような気もするが。
「んがぁぁぁぁ……」
ダリアは爆睡中である。
あの後、ゾルトと夜通しトランプをしていたらしい。
俺は途中で寝落ちしていた。
ゾルトは物凄い体力だな。
オールでトランプなんて、飽き性の俺からしたら考えられない。
「おい、ダリア。起きろ。
今日から、もう計画を立て始めるんだろう?」
「んん……わがった……」
ダリアはゆっくりと体を起こし、体中の関節から音を鳴らしながら背伸びをした。
あんなに音が鳴るのは羨ましいな。
かつては俺も生粋の関節鳴らしマスターだったんだが……。
「じゃ、第一回脱獄会議を始めまーす。
はーい、拍手ー」
軽い感じで始まったな。
とりあえず手を叩いておくか。
「何か意見がある奴はいるかい?」
ダリアが言った瞬間、沈黙が流れた。
ま、そんなに急に意見を求められても答えられないわな。
ちなみに俺は、色々考えた。
例えば、このトイレからの脱出だ。
これを頑張って外すことができれば、排水管から海に出られる。
だが、これには懸念点がいくつもある。
まず第一に、汚い。
大小便が通るところなんだから、汚いに決まっている。
それに、海には殺人鬼であるサメがいる。
なるべく海からの脱出は避けるべきだ。
これまでに脱出を試みた奴らは、その全てが溺死かサメに殺されたかだ。
やめておくのが賢明だろう。
後は、俺の魔術による牢獄からの正面突破だ。
俺の土魔術で、この鍵穴に適合する形の鍵をいくらでも作れる。
ほら、ナルシスの件の時に一度やったことがあるやつだ。
だが、こちらにも懸念点がある。
正面突破なんてしようとしたら、確実に他の衛兵やらに見つかってしまう。
そうなってしまえば、大人しく捕まるか、衛兵の命を奪うしかなくなってしまう。
もちろんまた捕まってしまうのは避けたいが、犠牲は払いたくない。
人を殺してしまえば、いよいよ殺人の罪に問われてしまう。
それだけは、絶対にナシだ。
それ以外にも、色々考えた。
考えた結果、辿り着いた結論。
それは、
「正面突破です」
ズバリ、これだ。




