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第41話 正しい『殺害』

 一か月が経った。

 もういっそ、この町に住みたい。

 そう思えるくらい、ラゾンはいい町だ。


 人々は温かく、食べ物もすごく美味しい。

 特に、海産物。

 異世界にしては珍しく、「刺身」が存在する。

 この町では肉よりも魚の方が食べられているらしい。


 普通、魚ばかり食べていては肉が恋しくなるものだろう。

 だが、ラゾンの海産物は肉の味を忘れてしまうほどに絶品だ。

 子供の頃からずっと刺身が好きだったから、

 好きなだけ食べられるというのはこの上ない幸せだ。

 今も子供であるという事実には触れないでおこう。


 エリーゼは王族であるのにも関わらず、

 刺身を口にしたことがなかったらしい。

 初めて刺身を食べた時、

 エリーゼは「ほっぺたが痛いわ!」と言いながら美味しそうに頬張っていた。


 きっと、渡った先の港町でも魚は食べられるだろう。

 天大陸とデュシス大陸でどう違うのかが楽しみだ。


「ベル」

「どうしました? ランスロットさん」

「少し、話がある」

「話?」

「ああ。大事な話だ」


 妙に改まっているな。

 もしかして、金を全部使ってしまったから船に乗れない、とか言い出すんじゃなかろうな。

 頼りにはなるが、たまにやらかすイメージがある。

 リザードランナーの時がその代表例だ。


 ランスロットは俺を宿から連れ出し、

 柔らかな顔で「少し町を歩こう」と言った。

 エリーゼやシャルロッテには何も言ってないが、大丈夫なのだろうか。


 外はもうすっかり暗く、

 町に出ていた店は続々と店じまいをしている。

 今日は休みだったが、一日があっという間だったな。

 俺達は綺麗な喫茶店に入り、腰を下ろした。


「それで、話って何ですか?」

「あまり、動揺せずに聞いて欲しいのだが」


 何やらただごとじゃなさそうな雰囲気なんだが……。

 せっかく順調にここまで過ごせているんだからやめてくれよ?


「先日の、誘拐事件のことだ」

「それがどうかしたんですか?」

「お前を見つけた後に少女たちを助けに地下には入った時、

 二人の男の死体が入り口に転がっていた。

 あれは、お前がやったのだな?」

「……」


 そのことか……。

 動揺するなって方が無理だろう。

 俺は確かに、あの二人の男の命を奪った。

 どんな理由であれ、殺害は殺害だ。


 自分でも、目が泳いでいるのが分かる。

 やっぱり、殺しは罪に問われるのだろうか。

 ランスロットは真剣な眼差しで、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 俺の返答をじっと待つかのように。


「……はい」


 俺はランスロットの顔を見ず、目線を逸らしながら頷いた。

 思えば、俺は人を殺したということを誰にも言っていなかった。

 いや、「俺は人を殺したぞ」なんて喧伝するなんてことは誰もしないだろうが。


「どうだった?」

「どうって……どういうことですか」

「人の命を奪ったという事実を、お前はどう捉える」

「……怖くて、たまらなかったです」


 震える手を抑えるようにして、魔術を放った。

 反撃の余地を与えることなく、呆気なく男たちの命は散った。

 人の命というものは、こうも簡単に奪えてしまうのだと。

 そう思うと、怖くてたまらなかった。


「ベル。俺は怒っているわけではない。

 ただ、お前の精神が心配で、お前に声をかけた。

 もう少し早くこうして話ができればよかったのだが……。

 お互いに色々と忙しかったからな」

「そう、ですね」


 俺も、ランスロットが怒っているようには見えなかった。

 宿を出る時の顔を見れば、それくらいはわかる。


「俺達には明るく振舞っているが、

 本当はあの時のことを一人で抱え込んでいるのではないかと思ったのだ。

 大陸を渡る前に、話ができてよかった」

「気遣ってくれてありがとうございます。

 ですが、もう大丈夫ですよ」

「それなら、良かった。

 ならば、俺から一つだけ伝えさせてほしい」


 ランスロットは俺に向き直った。


「お前がやったことは、何も間違いではない」

「――」

「奴らは、死んで当然の人間だ。

 逆にお前は、生きていなければならない人間だ。

 だからお前がやったのは、必要な殺しだったのだ。

 たくさんの命を背負って戦ったお前に、奴らは殺されて当然だった。

 何も、気にすることはない」


 ランスロットの言葉が、今は何故か心に刺さる。


 そうか。

 俺は何も、間違っていなかったんだ。


「これからも、お前は同じような局面に出くわすことがあるかもしれない。

 その時は、殺しも厭うな」

「……」

「必要だと思ったのなら、迷わず動け。

 お前が死んでからでは、遅い」

「……はい」

「殺しが絶対悪だと思うな。

 時には、それが正義となり得ることもある」


 ランスロットは低い声で、しかししっかりと優しさも伝わる声色で、そう言った。

 そして、


「お前がやった殺害は、正しかった」


 ランスロットは右腕をゆっくりと天井に掲げた。

 そしてまたゆっくりと、俺の頭にポンと優しく置いた。


「お前は偉い子だ、ベル」


 心を縛り付けていた鎖が断ち切られたかのように、

 俺は体がふわっと軽くなった気がした。

 その後しばらく、俺はランスロットにされるがままに撫でられていた。


 ……喫茶店でやるには、ちょっと物騒すぎる話だったかもしれないが。


---


「ついに……」


 ようやく、その時がやって来た。

 港町ラゾンに来て、あっという間に二か月。


 そうだ。

 俺達は今日、天大陸を旅立つ。

 長いようで、短かった。


 冒険者パーティ『碧き雷光』は、天大陸でそれはもう輝かしい功績を残した。

 何と、俺達は月間の皆勤賞を二度も獲得してしまった。

 あまりパーティランクとか気にしないが、A級も見えてくるほどらしい。

 目前というわけではないものの、狙える位置にいるとのことだ。


 デュシス大陸に渡っても、金は必要になる。

 ラニカ村に帰るまで、冒険者を完全に引退するということはなさそう。


 冒険者という職業は、かなり大変でシビアな世界だ。

 その中でS級パーティなんかになる奴らは、きっと底知れぬ努力をしているに違いない。

 俺はそこまで本気で冒険者になりたいとは思わず、あくまで金稼ぎが目的だからな。

 なんてことをプロの冒険者の前で口走ったら、無事じゃ済まなさそうだが。


「これが、俺達が乗る船だ」

「おっきいわね!」


 すげぇ……。

 すげぇ!

 まるで木造の豪華客船じゃないか。

 そりゃ白金銭50枚も必要なはずだ。


 正直大陸を渡れるならどんな船でもよかったんだがな。

 でも、せっかくこんなに良さそうな船に乗れるんだ。

 喜ぶべきだろう。


「お前達、船酔いは大丈夫か?」

「船には乗ったことないけど、このあたしが船酔いなんてするわけないわ!」

「僕も乗ったことがないので分かりません」

「以前船に乗った時、私は平気でしたよ」


 俺は確信した。

 エリーゼは確実に酔うと。

 いや、この世界にはフラグがあまり通用しないからまだ分からないな。


 俺も船酔いに耐えられる自身はあまりない。

 最悪、平気だと言っているシャルロッテかランスロットに介抱してもらおう。

 シャルロッテの膝枕は気持ちよかったから、わざと酔ったふりしようかな。


「忘れ物はないか?」

「ないわ」

「大丈夫です」

「私も大丈夫です」

「ベルは、杖を持ったか?」

「はい、ここにしまってあります」


 俺は懐に手を伸ばした。

 俺の手には、一本の杖。

 赤い魔石が埋め込まれた、綺麗な漆黒の杖。

 見ていて惚れ惚れするほどに美しい。


 俺はつい三日前、念願の杖を手に入れた。

 冒険者として仕事をしながらコツコツとお金を貯めた末、ようやく買えた。

 最初から決めていた、あの杖。

 自分で努力して稼いだ金でモノを買うという喜びを知った。


 早くこいつの威力を試したやりたいぜ。

 まだこれを使って戦ったことはないのだ。

 杖を買ったのは三日前。

 その時には既に、出発の準備の関係で冒険者活動を中断していた。

 初めての愛杖との戦闘はお預けもお預けだ。

 なにせ、デュシス大陸までは一か月かかるからな。


「さて、乗るぞ」


 ランスロットは振り返りもせず、船の乗り口へ歩き出した。

 名残惜しさとかないのだろうか。

 ……100年以上もこの大陸で放浪してたんだから、もう愛着とかないのか。


 俺としては、結構寂しい。


 普通なら一生来ることなんてなかったであろうこの大陸に転移して、

 それから三か月もこの大陸で時を過ごしたのだ。

 自然と愛着もわく。

 もう、今後一切ここに戻ってくることはないだろう。

 そう思うと、やっぱり寂しい。

 一生ここに住みたいなんて思ったことはない。


 ……嘘だ。あったわ。

 で、でも、ラニカ村が一番いいところだということに変わりはない。

 だから、一日でも早く故郷に戻って、ルドルフとロトアを探さなければならない。


 酸いも甘いも、ここでたくさんの経験をした。

 その経験は、今後この世界で生きていく上できっと役に立つ時が来るはずだ。

 またいつか、来れるだろう。


 ――――さようなら、天大陸。


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