第39話 お買い物Withシャルロッテ
まだ昼間だが、早めに宿をとっておくことになった。
海の荒れが収まる二か月後に備えて、宿を取りに来る旅行客が殺到するらしい。
幸いまだピークは先であるため、問題なく宿をとれた。
「この町は、治安がいいことで有名だ。
犯罪が起こることもめったにないらしい」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
あんなことがあったばかりだから不安だが。
それがフラグにならないことを祈ろう。
ということで、俺は町を見て回ることにした。
エリーゼに一緒に行くかと聞いてみたが、振られてしまった。
今日は疲れたから、ゆっくり休みたいとのこと。
一人で町を回るのは、初めてかもしれない。
ラニカ村を除けば、の話だが。
たまにはこういうのもいいかもしれない。
でも、一人で町を歩くって言ってもな。
一応、ランスロットから小遣いは渡されたから、何か食べるか。
それか、手土産でも買っていくか。
誰にあげるわけでもないが。
もらった小遣いは、翡翠銭5枚。
大体2500円くらいと考えたら、普通に美味しいものくらいなら食べられるな。
適当に歩いて回って、気になった店に入るみたいな感じでいいか。
「ベル」
「シャルロッテ?」
「ちょっと買いたいものがあったので、ついていってもいいですか?」
「もちろんです」
後ろから、シャルロッテが走ってきた。
ちゃんとランスロットに許可を取ってお金を貰って来たんだろうな。
でないと、一週間連勤地獄が待っている。
目に入るもの全てが新鮮だ。
港町というのもあって、普段は見ない品物が並んでいる店ばかり。
特に、魚や貝などの海産物。
天大陸の他の街ではあまり見られなかったから、ちょっと嬉しいかも。
肉ばかり食べていたから、たまには海産物が食べたかったんだよな。
「こうして二人で歩くことはありませんでしたね。
手でも繋ぎますか? ベル」
「いいですよ?」
「……冗談だったんですが」
何だよ。
俺は割と本気だったのに。
俺はこういうのを本気にするタイプだからな。
「買いたいものってなんですか?」
「新しい杖が欲しいんですよね。
使っていたものが壊れてから、ずっと素手のままなので」
「杖って、消耗品なんですか?」
「そうですよ。
魔力を注いで使うものなので、使い続ければいずれ壊れてしまいますからね」
そうだったのか。
てっきり、老人が使う杖と同じで一生モノだと思っていた。
いや、その杖も壊れることはあるか。
シャルロッテは、杖のことについて詳しく説明してくれた。
杖ありと杖無しでは、魔術の威力がかなり変わるらしい。
大体、3倍くらい違うという。
もちろん、その倍率は杖そのものの性能にもよるが。
基本的に、杖の価格は幅広い。
短い杖でも、モノによっては高価なものもあるらしい。
高価な杖に共通している特徴としては、杖に魔石という石が埋め込まれていること。
それだけで、価格は倍以上に跳ね上がる。
シャルロッテは、素手でも十分高威力の魔術を放てる。
ということは、買った杖次第でかなりパワーアップするんじゃないか。
「ベルは、杖が欲しいとは思わないんですか?」
「僕は近接型の魔術師になるつもりなので、要らないと思ってます」
「近接型とはいっても、杖の有無で火力が段違いになりますよ。
持っておくだけで、戦いやすさも変わると思いますし」
うーむ……。
確かにありかもな。
別に、長い杖を買わなくたっていい。
短い杖なら、戦う時に邪魔にならないし。
シャルロッテと杖を見て回るついでに、ちょっと見てみるか。
杖を使うだけで魔術の威力が上がるなんて、魔術師からしてみればお得すぎるしな。
「この店です。さっき町に入った時から気になってたんですよね」
年季の入った建物だ。
扉を開けると、軋むような音がした。
蹴ったりしたら倒壊しそうだな。
「らっしゃい」
「こんにちは」
「おや、親子で杖を見に来たのかい?」
「違います!」
シャルロッテって、結構年齢とか容姿を気にする時があるよな。
確か、31歳なんだったか。
長命族でいう31歳って、まだ子供みたいなものだろう。
なんなら赤ん坊くらいか?
この世界における成人年齢は、15歳だとされている。
……えっ、エリーゼって後三年で成人なのか?
もうそんなに年月が経ったのか……。
せめてエリーゼが成人するまでには、ラニカ村に帰りたいな。
「長杖はこっちで、短杖はこっちだ。
この辺りじゃ、この店が一番品揃えがいいんだぜ」
「ありがとうございます。
ゆっくり見ていきますね」
かなりの数の杖がある。
見ているだけで楽しいな。
この予算で買える杖があれば、買うことも検討しようかしら。
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無理だった。
翡翠銭15枚以内で収まる杖は、どれも木の枝みたいだった。
やっぱり、杖ってそこそこの値段するんだな。
一方、シャルロッテは一本の杖を購入。
後衛型というのもあり、長杖を買った。
それもなんと、魔石付きの高級長杖。
白金銭20枚分もした。
っていうか、そんなにお金をもらっていたのか。
「よくそんなお金を持ち合わせていましたね」
「ランスロットに杖を買うことは伝えていたので。
ですが」
「ですが?」
「『その分働け』と言われたので、明日から連勤です」
シャルロッテは、とほほ、と肩を落とした。
新しい武器の試し打ちができるんだから、いいじゃないか。
……なんてことはないか。
だが、金を使った分働くというのは至極当たり前のことだ。
「僕はちゃんと我慢しましたよ」
「この杖が私を呼んでいたんです」
「ちなみに、何て?」
「『わたしを使って! お願い、シャルロッテちゃん!』
って感じです」
こんなにイカつい杖からそんな言葉が出るわけないだろう。
もっとこう、「我を使え、シャルロッテ」みたいな感じじゃないか?
でも、シャルロッテと一緒に杖を見て、杖が欲しくなった。
こんなに長い杖じゃなくてもいいから、短くて小回りの利く杖。
先日のナルシスとの戦闘の時にやった、走りながら『岩弾』を撃つ技も、
杖があれば威力が倍以上になる。
俺には速さが必要だが、技の威力はそれと同じくらいに必要だ。
少なくとも、持っていて損をすることはなさそうだし。
買うなら、魔石が埋め込まれているやつがいい。
魔石はただのお飾りではなく、更に威力を上げてくれるらしい。
杖に流れた魔力を、魔石がもっと強くしてくれるんだとか。
どうりで魔石付きの杖が高いわけだ。
魔術の世界って奥が深いな。
二か月仕事を頑張って、お金を貯めよう。
自力で稼いだお金なら、好きなように使っていいって話だったし。
こんなに高いものじゃなくてもいいから、そこそこの杖を買いたいな。
「さあ、もう少し町を回りましょうか」
「もう目的は果たしたんじゃないんですか?」
「明日から地獄の連勤ですよ。
今日は思い切り羽目を外さないと」
連勤はあなただけなんですけどもね。
今後特に予定があるわけでもないからいいけど。
「そういえば、魔法学校って、世界にどのくらいあるんですか?」
「そうですね……。
小さなものも含めれば、5000くらいはあるんじゃないでしょうか」
そんなにあるのか。
いや、少ないのか?
確か、日本の学校は、幼稚園から大学までを含めて約60000校あると聞いたことがある。
そう考えると、あまり多いとは言えないのか。
まあ、みんながみんな魔術を使えるようになりたいわけではないからな。
ずっと魔法というものに憧れ続けてきた俺からしてみれば、
その気持ちは一生理解できないが。
「私が通っていた魔法学校は、ケントロン魔法学院という所です。
世界的に見れば、五本の指に入る名門校なんですよ」
「前に、言ってましたね」
「他の大陸からあの学校に行くには、学校側からの推薦状を貰わなければいけません。
そして、この大陸からだとアクセスがとても困難なので、大変でした」
「言われてみれば、どうやってあの大陸まで行ったんですか?」
ケントロン大陸は、ここ天大陸の真北にある大陸だ。
だが、ここからケントロン大陸に真っ直ぐ渡ろうとすると、
ヤワニ海という険しい海で確実に命を落としてしまう。
「東端にあるイーストポートからボレアス大陸へ渡り、そこから真西に船で行きます。
ざっと一年半かかりました」
「学校に行くまでに一年半!?」
「はい。まあ、あちらには生徒の寮があるので」
「そういう問題じゃ……。
それで、ここに戻ってくるにも同じような経路で?」
「いえ、帰りは転移魔法陣ですよ」
転移魔法陣だと?
そんな便利なものがあるなら、
最初からそれを使わせてもらえばよかったのに。
ボレアス大陸から出ている船を使えば、船旅自体は三か月ほどで済むとのこと。
問題は、ボレアス大陸へ至るまでの期間なのだが。
東端からしか行けないように聞こえたが、
一応こっちからも行けるらしい。
ただ、この町から船で行くと、
イーストポートから行くよりも時間がかかるんだとか。
「ベルは、魔法学校に興味はありますか?」
「え、ええ……まあ……」
学校には嫌な思い出がたくさんあるからな。
まだこの年齢だし、本格的に考えるのは先になるだろうが。
「ケントロン魔法学院は世界でトップクラスの学校です。
ベルが大きくなるまでに故郷に帰ることが出来たら、入学を視野に入れてみてもいいかもしれないですね」
「でも、推薦状ってどうやってもらうんですか?」
「私の場合は、『魔術が使える竜人族がいる』という噂を聞きつけた校長からもらいましたね。
いかに学校関係者の耳に自分の名前を届かせるかが大事でしょう」
じゃあ、すげえことを成し遂げればいいってことか。
口で言うのは簡単だけどな。
俺はこれまでに、これといって偉業を成し遂げてはいない。
そこそこ大きな街の住民を戦慄させていた誘拐事件は解決したが。
その程度じゃアピールにはならないだろう。
魔術を上達させたいなら、学校に通うのが一番いい。
ロトアのような大魔術師が身内にいれば話は別だが、
ラニカに帰れても、すぐにロトアが見つかるとも限らない。
というか、すぐに見つかるはずがない。
もっとも、ロトアが先にラニカ村に帰っていれば話は別だが。
せっかく魔術が使えるなら、行けるとこまで行ってみたい。
それこそ、ロトアに並ぶようなトンデモ魔術師になってみたい。
「まあ、考えるのはゆっくりでいいでしょう。
まずはベルとエリーゼを故郷に送り届ける。
話はそれからですね」
「シャルロッテは、ラニカに帰った後はどうするつもりなんですか?」
「そうですね……。それも、また追々考えますよ」
「そんなに先延ばしにして大丈夫なんですか?」
「私は追い込まれれば追い込まれるほど本領を発揮する対応の人間ですから。
常に、ギリギリで生きているんですよ」
「は、はあ……」
俺と同じタイプの人間だった。
いつか、痛い目を見そうだな。




