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第32話 二つの膝枕

 ようやく、至福のひと時が訪れた。

 ここまで、死ぬほど大変だった。


 ボスミノタウロスは、想像以上に強かった。

 とはいっても、ランスロット以外は全くと言っていいほど対峙してはいないが。


 あの二体のミノタウロスは、俺たちの知っているミノタウロスよりも遥かに強かった。

 当初の作戦では、「三人でミノタウロスを撃破し、ランスロットがボスミノタウロスを弱らせたところで一気に畳みかける」ということになっていた。


 だが、終わってみればその作戦は一ミリも実っていない。


 二体のミノタウロスにはせいぜい傷を負わせた程度で、

 シャルロッテが提案した新たな作戦を決行するまで全然ピンピンしていた。

 後でランスロットに話を聞いてみたところ、ボスミノタウロスの方はかなり弱らせていたらしい。

 そっちは流石といったところだが、俺たちときたら……。


 やっぱり、もう一人くらい前衛を入れるべきだろうか。

 いや、パーティに組み込むとなればこれからの旅にも同行させなければならないし、それはやめておいた方がいいか。

 俺がもっと強く、速くなれば済むだけの話だ。


 上級剣士であるエリーゼは、剣士としてはプロフェッショナルレベルだ。

 それでも、あのミノタウロスには歯が立たなかった。

 単純に二体を同時に相手していたからってのもあるだろうが。


「今回も、ベルに助けられたな」

「あの作戦を立てたのはシャルロッテなので、シャルロッテも褒めてあげてください」

「シャルロッテもありがと!

 おかげで完勝ね!」

「うへへ~……ありがとじゃいまひゅ……ひっく」

「ベロベロですね……」


 大きなジョッキで六杯も飲んでなお、次の酒を頼んだシャルロッテ。

 顔も真っ赤になってるし、呂律も回ってないし……。

 まさか、こんなに酒カスだったとは。

 案外ギャップがあっていいかもしれない。


 ちなみに、報酬は翡翠銭15枚だった。

 なんと、協会側の手配ミスでA級任務がB級になっていたらしい。

 あんだけ強かったんだ。

 B級である方がおかしいだろう。


 そのお詫びとして、翡翠銭5枚が追加報酬として支払われた。

 危うく死にかけたんだから、白金銭3枚ぐらいくれてもいいじゃないか。

 といいたいところだが、お詫びがあっただけ良しとしよう。


「べりゅ~、こっちにおいで……?」

「ちょっ、おわっ!」


 隣に座っていたシャルロッテが、俺の体を抱き寄せた。

 俺の頭は、柔らかい太ももの上にあった。

 うおおおお!

 膝枕だ!


 ……でも、何で椅子の上で正座してるんだ?

 いや、かなり酔ってるから常識が通じないのか。


「シャルロッテ! やめなさいよ!」

「え~、何れでひゅか……?」

「ダメったらダメなの!」


 まあまあ、静まれエリーゼよ。

 今俺は凄く幸せだぞ。

 こんなに可愛い緑髪の少女……ではないが、美女の膝枕を味わえるなんて。

 前世では夢にも見なかったことだぞ。


「ひゃんっ……くすぐったいれすよ、ベル」

「すみません、ありがとうございます」

「何でお礼言ってんのよ!」


 本当にありがとうございます。

 うつ伏せになって太ももに顔をうずめると、シャルロッテは艶やかな声を出した。

 シャルロッテからこんな声が聴けるなんてかなりレアなんじゃね?


 それにしても、極上の枕だなぁ……。

 エリーゼの家のベッドにあった枕以上かもしれない。


「ベル! 後で覚えときなさいよ!」

「何で僕なんですか?!」

「デレデレしてる方が悪いでしょ!」


 デレデレなんて……でへぇ。

 もっと堪能したいところだが、これ以上調子に乗ると後で殺されかねないからな。

 そろそろ起き上がろう。

 まだあんまり飯も食べてないし。


「そういえば、目標金額まではどのくらいなのかしら」

「今回の任務をこなしたことで、目標の三分の一くらいになったが、この打ち上げで追加報酬の分が全て飛ぶ。

 だから、今は目標の四分の一くらいだな」

「よ、四分の一……。

 ベル、どのくらいなの、それ」

「ケーキを四個に分けた一つ分ですよ」

「まだそれだけなの?!」


 嘘だろ。

 あれだけ算数教えたのに。

 ちょっとショックなんだが。


 俺たちが食べているのは、かなりのご馳走である。

 ボスミノタウロスの肉を食べてみたかったが、ランスロットに止められた。

 筋肉質すぎて、あんまり美味しくないらしい。

 まるで食べたことがあるかのような、渋い顔をしていた。

 相当不味いんだろうな。


 ランスロットの言った通り、追加報酬分は全てここで飛ぶことになる。

 こんなところで散財するのはもったいないような気もするが、長い目で見たら問題はないだろう。


「明日、ここを出るぞ」

「え?」

「このままでは、中央大陸に渡ること以前に、デュシス大陸に渡るまでに二年はかかる。

 ここのギルドにはあまりいい依頼がないから、別の街に行くぞ」

「リザードランナーの任務は、凄く儲かったじゃない」

「あれは運が良かっただけだ。

 このギルドにある依頼は、どれも報酬が渋い。

 アルベーは、大陸の中で見てもかなり小さな町だ。

 もっと大きくて栄えている街の方が、以来の種類や報酬も増える」


 なるほど。

 デュシス大陸に渡るまでに、二年……。

 できれば一年以内に渡っておきたいと考えると、このままではまずいってことか。


 特に思い入れのある町でもないし、町を出ることには賛成だ。

 なんか変な奴にも絡まれたし、とっとと別の街に移動したほうがいいだろう。

 また旅費はかかるが、それ以上の金を次の街で稼げばいい。


「宿に戻ったら、荷物をまとめながら次の目的地を話し合うぞ」

「分かりました」

「ふぁい……」


 この後、結局二時間ほどギルドの中で打ち上げをした。


---


「すぴー……」


 宿に戻り、俺たちは荷物をまとめるとともに、今後の予定について話し合っている。

 シャルロッテは、熟睡中であるため不参加である。


「俺たちがいるアルベーは、大体この辺りだ。

 明日からは、ここから西に進んでガラウスという街へ向かう。

 この大陸で五本の指に入るほど栄えた街であり、西端の港町であるラゾンとの間に地竜街道が通っている、良い街だ」


 つまり、その街で資金を集めきるということか。

 残り四分の三ほどを、どのくらいで集められるか。


「そこまでは、どのくらいかかるの?」

「歩けば、二週間はかかるな。

 だが幸い、この町で地竜を借りられる」

「でも、地竜を借りるには相当なお金が要るのでは?」

「先ほど、たまたま昔からの友人と再会した。

 そいつが地竜に乗る仕事をしているから、今回は無料で送り届けてくれるらしい」


 なんと美味しい話。

 冒険者になってからはツイてるな。

 ここまで運がいいと、揺り戻しが怖くなってくる。


 天大陸における地竜の価値がどの程度のものなのかは分からないが、少しでも移動費が浮くなら助かる。

 その「少し」が、今後の俺たちを左右するかもしれないからな。


「アルベーとガラウスでは、どの程度稼げる額が違うんですか?」

「具体的には分からん。

 少なくとも、以来の数や一つの依頼あたりの報酬の額は、段違いだろう」

「思ってたよりも早く大陸を渡れそうね!」

「そうとも限らない。

 大きな街には、必然的に冒険者が多く集まるからな」

「ということは、依頼が取り合いになるということですね」

「その通りだ。アルベーは小さな町だったからあまりそういうことは起きないが、

 ガラウスのような大きな街だと日常茶飯事だ。

 朝早くギルドに行っても、良い依頼が残っていない時もある」


 栄えている街は、冒険者にとっては激戦区ってことだな。

 上等じゃないか。

 ……と言えれば格好がつくが、ちょっと嫌だなそれ。


 この前絡まれた『リヴァイアサンファング』の奴らみたいなのがたくさんいそうだ。

 初対面の癖にデカい態度とりやがって。

 二度と出会いたくない。


 あの時は気を張っていたが、実際は少しだけビビっていた。

 もし俺があそこで一人だったら、大人しく受注書を渡していた。


「地竜を使えば、一日もすれば到着できるだろう。

 道中で何があるかは分からないがな」

「街道にも魔物はいるんですか?」

「無論だ」


 面倒だな。

 魔物と遭遇しないことを祈ろう。


 この辺に棲む魔物は、バリエーションに富んでいる。

 そんなところに富むなって話だが。

 どんどん俺の中の魔物図鑑が埋まっていく。

 そのうち制覇したりして。


「朝早くの出発になる。今日はもう寝るぞ」

「はい。おやすみなさい」

「ふがっ」


 ランスロットは立ち上がり、俺とエリーゼの部屋から出て行った。

 ちょっと、泥酔中のシャルロッテを置いていかないでくれ。


「忘れ物をした」


 と言いながら、ランスロットは部屋に戻ってきた。

 いびきをかきながら爆睡しているシャルロッテを抱えて、再び「おやすみ」と言って部屋を後にした。


「ふぅ……忙しない毎日ですね」

「そうね」


 こっちに転移してきてから、かなり激動の毎日だ。

 日々変化を続ける環境に、目が回ってしまいそうだ。


 でも、楽しい。

 常に死と隣り合わせの「冒険者」という職業は、大変なことばかりだ。

 強くて頼りになる愉快な仲間がいるから、毎日が嫌になることもない。

 魔力枯渇で倒れた後の数日は死ぬかと思ったが。


「さて、準備も終わりましたし、もう寝ましょう」

「ベル」

「はい?」

「ちょっと、こっちにきてちょうだい」


 エリーゼに手招きをされて、俺はエリーゼの隣に座る。

 そっぽを向いたまま、正座をしている。

 何か、硬くなってるな。

 緊張しているような、強張った顔をしている。


「どうかしましたか……ぶわっ」


 俺の視界が、一瞬で暗くなった。

 目の前には、柔らかい感触。

 さっき味わったのと似ているが、また違った感覚だ。


「やっ……! くすぐったいわ!」

「んー! んー!」


 何で頭を太ももに押し付けるんだよ!

 逆だろ! せめて仰向けにしてくれ!

 温かくて柔らかくて気持ちいいけど、息ができない。

 やばい、窒息死する。


 まあ、この太ももに挟まれて死ぬなら本望かもしれない。

 我が生涯に、一片の悔いなし。

 来世はエリーゼの子供がいいです。

 いや、それだとエリーゼが他の男のものに……。


「ぶはっ……し、死ぬかと思った……」

「ごっ、ごめんなさい。

 シャルロッテがこういう風にやってたから、真似してみたくて……」


 うむ。可愛い。

 もう少し俺が大きかったら襲っていたやもしれん。


「膝枕は、横になる人の頭を上、それか横に向けるんですよ」

「こ、こうかしら?」

「そうです。それだけで完成です」

「……これ、思ったより恥ずかしいわ」


 エリーゼは頬を赤らめて、俺から目線を逸らす。

 照れた横顔も可愛いなぁ。


「膝枕は、好きな相手にしかしないものですからね」

「!?」

「冗談ですが」

「何なのよ!」


 と怒りつつも、いつものように叩かれはしなかった。

 それどころか、両手をじたばたとさせて可愛く怒っただけだった。


「でも、どうして急にこんなことを?」

「後で覚えときなさいって言ったでしょ」

「……僕、てっきりボコボコにされるのかと」

「そんなことしないわよ!」


 いや、今まで結構されてたけどな。

 8割型俺悪くないのに。


「今日はこのまま寝て」

「僕はいいですけど、エリーゼが寝にくくないですか?

 ただでさえ寝相が悪いのに」

「いいの!」


 それなら、お言葉に甘えさせてもらおう。

 今まで使ってきた枕の中で、間違いなく最高品質の枕だ。


 …………俺、酔ったシャルロッテに膝枕されてただけなのに、どうしてエリーゼに殴られるとか思ったんだ?


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