第19話 親子喧嘩
ライラを家に送り届けると、ライラの父親からすごく感謝をされた。
家に上がるように言われて断れず、結局お茶とお菓子をいただいてしまった。
ベッドに寝たきりだというライラの母親も、元気のないげっそりとした顔で「ありがとうね」と言ってくれた。
早く良くなるといいな。
万病に効くみたいなこと言ってたし、きっとよくなるだろう。
最初は嫌悪感剥き出しだったエリーゼも次第に恐怖が消えたのか、ライラととても仲良くなっていた。
女友達がいなかったエリーゼは、どう接していいのか分からなかったらしい。
「ただいま」
「今日ね、お友達が――」
「何時だと思っているんだ」
エリーゼの言葉を遮って、ルドルフは俺達に詰問するような口調でそう言った。
確かに外はもう真っ暗だし、心配だっただろう。
…………というか、二人きりで森に行ったことがバレたら余計にまずいな。
「おかしいとは思っていた。
平原で遊ぶとは言っても、あそこには草が生えているだけだ。
遊べるものなんて何もないだろう」
「――」
言われてみれば。
詰めが甘かったな。
せめて「村を散歩してくる」くらいにしなきゃダメだったか。
「どこに行ってたんだ」
「……だから、平原って――」
「正直に答えろ!」
ルドルフは、嘘を貫き通そうとしたエリーゼに怒鳴った。
もう隠し通せなさそうだな。
正直に白状しよう。
「父さん、ごめんなさい。
魔物のいる森まで、二人だけで行きました」
「なっ……! あんた……」
「もう無理ですよ。これ以上嘘を重ねても余計に怒られるだけです(ボソ」
「あの森に、二人でだと?」
ルドルフの後ろに、アリスを抱っこしたロトアも立っている。
こりゃ、ルドルフの説教が終わった後にロトアからも食らうパターンだな。
「事情を説明させて」
「その前に、何か言うべきことがあるんじゃないか?」
「……ごめんなさ―――」
「何なのよ! いきなり怒り出して!」
「……は?」
おっとエリーゼ、それはまずい。
ただでさえ稀に見るレベルで怒っている相手をそんなに刺激しちゃ……。
ロトアもビックリした顔をしてこちらを見ている。
「ちょっと時間が過ぎたからって、そこまで怒らなくてもいいじゃない!
確かに、無断で森まで行ったのはあたしたちが悪いわ!
でも、いつもお父さんに指図されながら戦わなきゃならないのは面白くないのよ!
だからお父さん抜きで魔物狩りに行ったの!」
「俺は、お前たちを強くするために指示しているだけだ」
「もう必要ないわ! あたしも上級剣士だし、ベルも上級魔術師よ!
負けるはずないじゃない!」
「それはお前達が判断することじゃないだろう!」
「実際生きて帰ってきたじゃない!」
二人の口論はどんどんエスカレートしていく。
こうなったら歯止めが効かないんだよな。
俺もたまにエリーゼと言い合いになるが、いつも俺の方から身を引いている。
だって殴られたくないし。
「とりあえず、言うべきことを言ったらどうなんだ?」
「言うべきことって何よ」
「『ごめんなさい』しかないだろうが」
「何それ、初めて聞く言葉ね――」
エリーゼが吐き捨てるように言った瞬間、ルドルフは腕を振り上げた。
思わず目を閉じた俺の隣で、「パシン」と破裂音のような音が鳴った。
ルドルフは、エリーゼの頬を叩いた。
エリーゼは、衝撃でその場に倒れた。
そして、エリーゼは立ち上がって、部屋へと駆け上がっていった。
この日初めて、エリーゼとルドルフが喧嘩をした。
---
一週間が経った。
エリーゼとルドルフはこの一週間、一切口を利かなかった。
どちらかが謝るまで、これが続くのだろう。
この件に関しては俺が悪い。
俺があんなことをエリーゼに提案しなければ、こんなことにはならなかった。
エリーゼが殴られた後、俺は改めてルドルフに事情を説明した。
ちなみに俺もこっぴどく叱られた。当たり前だが。
だが俺の言い分は理解してくれたようで、これからは許可を取ってから行くようにと言われた。
それなら端から許可を取ってから行けばよかった。
エリーゼはあんなに大好きだったルドルフの稽古を受けず、基本的に部屋にこもっている。
俺が外に連れ出そうとすると、いつものように殴られる。
……なんてことはなく、「ほっといて」と遠ざけられるだけだ。
それはそれで寂しいけど。
「謝りましょう」「きっと許してくれますよ」と言っても、頑なに謝ろうとしない。
あんなに優しかったルドルフから怒られて、手も出された。
それがかなりショックだったらしい。
でも、そろそろ仲直りしてもらわないと困る。
二人が険悪なせいで、家庭内の空気が悪すぎるんだよな。
飯の時はどうしても同じ食卓につくわけだし、俺とロトアはすごく気まずい。
エリーゼはそれはそれは甘やかされて育ってきたから、何でも自分の思う通りに行くと思っている節がある。
それ故の、あの態度。
ルドルフが手を上げずにいられなかったのも、理解はできる。
「エリーゼ」
「……」
「僕は魔術の練習をしてきますけど、エリーゼは剣術の稽古をしなくて大丈夫なんですか?」
「……」
「『一日サボると戻すのに三日かかる』。
もう七日経ちましたが、戻すのに何日かかるでしょうか」
「……こんな時にまで、算数をさせるんじゃないわよ」
ドサクサに紛れてもダメか。
部屋でずっとこもっているから、授業もできていない。
時間は存分にあるとはいえ、早く四則演算くらいはスラスラできるようになってほしい。
ま、いつかは仲直りしてくれるだろう。
魔術練習に励むとしますか。
---ルドルフ視点---
もう一週間、エリーゼと口を利けていない。
確かに、エリーゼは悪いことをした。
特に門限とかは設けていなかったが、暗くなるまでには帰るように伝えていた中でのあの帰宅時間。
それも、オレに無断で魔物の潜む危険な森まで行っていた。
正直、オレはショックだった。
「いい子だと思っていたのに」とか、そんなくだらない理由じゃない。
オレが良かれと思ってやっていたことが、エリーゼにとって邪魔になっていたということだ。
エリーゼとベルは、いいコンビだ。
二人なら、きっとすごい戦士になれる。
一世を風靡できるくらいの、伝説の戦士に。
オレは二人にそうなってほしくて、戦闘中に色々と口を挟んでいたつもりだった。
「必要ない」と言われて、心臓を掴まれたような感覚になった。
それで、ほぼ無意識にエリーゼの頬を殴った。
いくら相手が悪くても、手を出したら同じだ。
ガキの頃、親からもそう教わった。
分かっている。
オレが謝れば、この苦しい時間は終わると。
でも、怖い。
どうやって話しかけに行けばいいのか、分からない。
ベルともあんな言い合いはしたことがなかったし、こういう時にどうしていいかわからないんだ。
「まだ悩んでるの、ルドルフ」
「……ああ」
「そんなに悩まなくても、ただ謝りに行けばいいだけじゃない」
「……簡単に言ってくれるな」
そんなことくらい、オレにもわかっている。
できたらとっくにそうしてるんだよ。
無神経なロトアにまで、腹が立ってきた。
ロトアにそんなつもりはないと分かっていながら、八つ当たりのような感情を向けてしまう。
オレは昔から、子供に手を上げるやつが大嫌いだった。
村に来たばかりの時、小さな子供から金を巻き上げていた大人をボコボコに殴ったことがある。
子供に手を出す大人は絶対的な悪だと、オレはずっと主張してきた。
自分が主張し続けてきた「悪」に、オレはなってしまった。
「オレはどうすればいいんだ……」
「自分が悪いと思っている時が、謝れる唯一のタイミングよ」
――その通りだ。
このまま時間だけが過ぎて謝るタイミングを逃すわけにもいかない。
間違いなく、手を出したオレにも非はある。
謝りに行こう。
許してもらえるかは関係ない。
オレが言い出したんだろうが。
悪いことをしたら、まずは「ごめんなさい」だと。
---
ルドルフはゆっくりと階段を上がり、深呼吸をした。
エリーゼとベルの共同部屋の扉を軽く三回ノックし、「エリーゼ」と声をかける。
返事は、ない。
「入ってもいいか?」
「……好きにすればいいじゃない」
エリーゼの言葉一つ一つが、ルドルフの胸に深々と突き刺さる。
しかし、ルドルフは扉を押し、中に入った。
「何しに来たのよ」
「その……謝りに来たんだ」
「……何をよ」
「お前をぶってしまったことだ」
ベッドに横になったまま壁側を向いているエリーゼは、僅かに表情が揺らいだ。
ルドルフは扉の前に立ち尽くし、返事を待っている。
「……父さんのこと、嫌いになったか?」
「……そうね。少なくとも、好きではないわ」
「……だよな」
ルドルフは泣きそうな顔のまま自虐的に笑う。
当然だ、と言わんばかりのエリーゼの声音に、ルドルフの次の言葉を振り絞る勇気が削がれていく。
しかし、ルドルフは続ける。
エリーゼが何も言葉を発さないのならば、ルドルフから喋らないと何も始まらない。
なにせ、謝りに来たのはルドルフなのだから。
「エリーゼ。オレのことは、許さなくてもいい。
まあ許して欲しいのが本音だがな」
「……」
「でも、オレの話を聞いて欲しい」
「……あの時はあたしに何も話させてくれなかったくせに?
都合がいいわね」
「それも、その……」
ルドルフは鋭いカウンターを食らい、狼狽している。
「都合のいい口だ」と言われても仕方ない。
しかし、ルドルフは続ける。
「オレは、エリーゼやベルが大切だから怒ったんだ」
「……どういう意味よ」
「あんなに暗くなるまで、家に帰ってこなかった。
それに、オレやロトアになんの断りもなく、危険な森の中まで行った。
いくらなんでも、心配になる」
「……だから、あたしたちは前と違って強くなったから、心配なんて……」
「実力とか、そんなことを言ってるんじゃない」
エリーゼは体勢を変えることなく、ルドルフと言葉を交わす。
なにせ、一週間ぶりの会話だ。
互いに話しづらい、顔を合わせづらいという部分もあるのだろう。
「……戦闘中に指図してくるのも、ウザったかったわ」
「それは、お前たちに強くなって欲しいからだ」
「いきなり殴られて、すごく痛かったわ」
「それに関しては完全にオレが悪い」
ルドルフは、続ける。
「エリーゼは、どうしてオレがあんなに怒ったかわからないと言っていたな」
「……ええ」
「それは、お前たちの『親』だからだ」
「――――」
エリーゼの心が、少しだけ揺れ動いた。
ルドルフは、いつになく真剣に、エリーゼに言い聞かせるように口を動かす。
「エリーゼのことが、ベルのことが大切だから、オレはお前達を叱った」
「……でも、大切なら怒ったりなんか……」
「大切だから、お前たちを叱ったんだ」
「――」
「大切」という単語が、エリーゼの頭の中を駆け巡る。
エリーゼには、ルドルフの言っている意味が理解できなかった。
「大切」だからこそ、相手を叱りつける。
コーネルに散々甘やかされてきたエリーゼは、「叱る」という行為自体がよくないものだと思い込んでいる。
自分は親に怒られたことなんてほとんどなかったから、初めての感覚だったのだ。
だから、「優しさ」の意味を一つしか知らない。
ルドルフは自分のしてしまったことのへの謝罪とともに、エリーゼに教えに来たのだ。
――ただただ甘やかすことのみが「優しさ」なのではなく、
時には厳しくしかりつけることも「優しさ」の形なのだと。
「お前もベルも、実力的には成長した。
この年で上級剣士になるなんて、凄い才能だと思う。
……でもな、エリーゼ」
「……」
「――お前もベルも、いつまで経ってもオレたちの子供なんだ」
「……っ」
エリーゼは目を見開いた。
体勢はほとんど変わらないが、ルドルフの言葉を聞き、理解しようという意識に変わった。
「どれだけ年を取って、
どれだけ大きくなって、
どれだけ強くなっても、いつまで経ってもオレたちの子供だ」
「――っ」
ルドルフは泣きそうな声で、否、その美しいエメラルドグリーンの瞳に涙を浮かべながら、そっぽを向いたままのエリーゼに言葉を届ける。
聞いているかこちらからは窺えないが、自分の気持ちを必死に伝える。
年甲斐もなく涙を流すルドルフだが、そんなことはもはや彼にとってどうでもいい。
エリーゼもベルも、どちらもルドルフとロトアの子供ではない。
ベルは拾い子、エリーゼは国王から託された国王の子供。
それでも、少なくとも二人のことを本当の子供だと思っている。
最初は、実の子供ではない子供に向かって父親らしく振舞うことに戸惑いを感じていた。
だが、今はもう違う。
二人からどう思われていようが関係ない。
彼は、もう立派な二人の「父親」なのだ。
「それもこれも全部、お前達が大切で、かけがえのない宝物だからしていることだ」
「……」
「エリーゼは、もうオレが嫌いになったかもしれない。
それでも、オレはお前の父親だ。
だから、お前がいつまでも大好きだ」
「――っ」
気づいたときには、もう既に遅かった。
エリーゼは、大粒の涙を流していた。
ルドルフは未だに顔を見せてくれないエリーゼの背を見ながら、微笑んだ。
その瞬間、エリーゼが起き上がった。
そして、振り向いた途端、立ち尽くしたままのルドルフの飛びついた。
「ごめんなさいっ! お父さんっ!」
「エリーゼ……」
「嫌いなんかじゃないわっ!
あたしが悪かった!
もう二度とあんなことしないわ!」
エリーゼは、大きな声を上げて泣いた。
ルドルフの硬い胸に顔をうずめて、声を押し殺して泣いた。
ルドルフの中で、何かが決壊した。
大の大人がみっともなく、すすり泣くようにしてまだ小さな体を抱きしめた。
こうして二人は、一週間ぶりに言葉を交わすとともに、仲直りを果たした。




