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32話:穴の底へ

 縦に続く穴はそれなりに深く、僕達は数秒間ひたすら落ち続けていた。

 そんな中、下へ落ちるほど強い魔力を感じるようになる。それは僕達の移動へ応じて急速に近付いてくる。

 照明魔法の光球を下へ向けてみれば、暗黒に埋め尽くされた先へうっすらと底が見えてきた。

 このまま最底面に落下しようものなら、速度と衝撃で潰れてしまう。


「舞い落ちる羽根のように、風に乗る木の葉のように、我等が身も等しくあれ」


 浮遊落下魔法を詠唱することで、全員の足元へ淡い光の帯を付与した。

 これによって落ちるスピードが緩やかとなる。風を切る勢いも減衰し、安全に底面へ向かうことが可能となった。


「下から感じる魔力、かなり大きいの。これが噂の魔力結晶体かえ?」

「そのようだね」

「プルル」

「囚われた人達も、この穴に落ちてしまったのでしょうか」

「或いは既に魔蟲の餌食となっているかだ」

「そんな……」

「貴様はつくづく性根が腐りきっておるな。同輩を憂う者の心を踏み躙って何が楽しい」


 心配顔のクラニィに、起伏のない冷めた言葉を投げるアルデ。

 ショックを受け泣きそうな妖精族の少女へ代わり、アルデへ傲然と反発したのはルシュメイアだった。

 金の瞳に憎々し気な敵意を燃やし、アルデを強く睨みつける。だが冷淡な妖典族は、今回もまったく動じていない。


「言いがかりだな。有り得る可能性の一つを指摘したまで。希望的観測も結構だが、最悪の状況を想定していなくては、いざという時に動けんぞ」

「流石、同族が皆殺しになされようとも、平然としている冷血漢は言うことが違うのぉ。しかし生憎と妾達には心があるでな。少しでもより良い結果を求めずにはおれん。貴様の如き虚無の徒には分からんじゃろうがな」

「それで己だけが滅びるなら好きなようにすればいい。だが今は我々と共に在る。個人が呆ければ全員が割を食うのだ。覚悟なき者に巻き込まれて滅びるのは御免被る」


 やれやれ、未知の穴を落ちながらよく喧嘩ができるもんだ。

 二人の気の合わなさは、逆に感心するよ。

 クラニィも自分が発端だと思って、すっかり縮こまっちゃってるし。


「はいはい、そこまで。どっちにも一理ある。加えて言えば、どちらかが絶対に正しいわけでもない。個人の思想もあるし、種族としての価値観や考え方の違いもあるんだ。頭ごなしに意見を押し付け合っても、解決はしないだろ。それぞれが別人で、個々に多様な捉え方を持ってるいると理解しなきゃ。僕の配下は異種族の集まりになってる事実を、まずは念頭に置くこと。どうしても納得できないなら、人に迷惑が掛からない所で、自分達だけで討論してくれ。だから今は止めるんだ。クラニィも僕も困ってるんだからね。なにより、もう底に着く」


 仲裁に入って二人を窘めている間に、僕の足は硬い底面へ触れた。

 落下浮遊魔法によって衝撃はなく、全身が軽やかに弾んでから、静かに着地が終わる。

 僕の言葉が効いたのか、単に新たな状況が始まりそうだからか、ルシュメイアとアルデは互いに視線を切り、それ以上の言い合いを終わりとした。

 ルシュメイアはアルデへの忌々しさをけして解かず、アルデも一切興味ないとばかりに無味乾燥の態を崩さない。

 実に不仲な二人へ、思わず肩をすくめてしまう。配下同士仲良くしてもらいたいのが理想ではあるけど、個人的な感情は如何ともし難いからな。今は下手に口出ししないで、二人のやり方に任せるとしたものか。


「あの、ユレ様」

「ん?」


 掛けられた声に振り向くと、クラニィが申し訳なさそうで顔で頭を下げてきた。

 ゆっくりと息を吐き、それからささやかな笑みを浮かべてみせる。

 無理矢理に作っているのが分かる程度には、ぎこちがない。


「ありがとうございました。私、どうすればいいか分からなくて」

「気にすることはないさ。彼等は僕の配下だからね。部下同士がいがみ合って和が乱れるのは、誰よりも僕が困る。とはいえあんまり踏み込んだことも言えないし、解決したとは思ってないけど」


 腕組みから盛大に溜息を吐けば、クラニィの顔へ微笑が咲いた。

 今度のものは自然な笑みだ。胸のつかえが少しは取れただろうか。

 自分が此処に居ることへ、負い目のようなものを感じている様子だけど。


「細かいことは置いといて、一つだけ言えるのは、キミが僕達に協力してくれて助かってるってことだ」

「ユレ様……ありがとうございます」


 さっきよりも表情に明るさを戻して、クラニィはまた深く頭を下げてくる。

 僕は片手を上げて応じると、視線を周囲へ巡らせた。次はこの場所の把握を進める必要がある。

 穴の底はそれなりに広い空間だ。通ってきた洞窟よりも幅がある。ただし上にあった工房ほどは大きくない。上が吹き抜け状態だから狭さはないけれど、左右の壁は開放的という程には離れていなかった。

 進む道は正面側にだけ存在する。僕達が落ちてきた後ろ、位置関係として工房側に当たる方向は壁があり、完全に塞がれている状態だ。つまり穴の底もまた、洞窟通廊のように前へ伸びる道で構成されている。感じる魔力は前方からのもので、現在地点からは確認できない。

 一方で、上とは明確に違う部分もあった。こちらは岩肌が剥き出しではなく、壁も床も全てが白い硬材で成り立っている。自然物ではありえない規則的な造形、質感。それでいて何処にも継ぎ目が見当たらない。これは人工物で仕上げられた道と言える。

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