31話:『穴』
「最大目標はこれで沈めた。これからはどう動く? 今なら魔蟲群の掃討も、手間こそ掛かるがやり易いだろう」
ルシュメイアが僕を認めようが嫌おうが、まったく興味はないのだろう。アルデは配下間の感情や心持ちに頓着することなく、現状の推移へ対した関心だけ口にする。
実際、差し迫った問題事はそこだ。行動方針の決定は現在の最重要案件であることに間違いはない。
「魔蟲達は放っておこう。この様子ならまだ当分は混乱したままだ。自分達で勝手に喰らい合い、数を減らしてくれるさ。後で残った連中を仕留めればいい。他に囚われている人達のことも気になるし、工房の奥へ行ってみよう」
「プル!」
「ヴ……ヴ……」
「異論はない」
「害虫駆除は労力ばかりじゃからな。その采配に従ってやろう」
「皆、どうか無事でいて」
了意を告げて軽快に跳ねるプルルン、相変わらず何処も見ていないゾン子、端的に頷くアルデ、性分かごく自然に偉ぶるルシュメイア、両手を握り合わせ心配そうな顔を見せるクラニィ。
それぞれがそれぞれの反応を返してくる。
行く先は決まったものの、目指す隣窟への入口までには未だ十数匹の大ムカデが行き交っていた。こちらへは見向きしておらず、近場の同族間で牽制し合っているが、近付けば注意を引くことは免れない。
「アルデ、露払いを頼めるかな」
「了解した。久遠に猛る血潮の渦よ、四銀の戒めにたゆたいながら、劫火の音色を奏で給え」
アルデが詠唱を終えて魔力が練り上げられると、彼の正面空間に赤く輝く光球が出現した。
赤光は瞬く間に前方へと走り出し、通った跡には紅蓮の炎が轍を作る。前へと進む光はある程度の距離行くと、その先で四方向へ割れ、各々で魔蟲へと挑みかかった。赤い光が大ムカデに触れるや小規模な爆発が起こり、長躯を猛火が覆い尽くす。同時に赤光は更に四つへ割れ、弾着地点から先へと更に分かれ舞い飛んだ。
進んだところでまた別の大ムカデへ激突し、再度爆発が発生する。これにより僕達の向かうべき進行経路上の魔蟲達は、業炎に焼かれて消え去っていった。
「これでいかがか」
「ああ、ありがとう。バッチリだよ」
「道が出来たなら早々に往くぞ。連中がいつ標的を変えるとも知れんからな」
アルデが魔法で拓いた道を、ルシュメイアが先陣きって走り出す。
彼の働きへ労いの言葉も何も掛けないのは、自分やクラニィ達を攫ったことが依然として許せないからか。彼女達の確執は、当分のあいだ解けそうにない。
「よし、行こう」
魔蟲の残骸が転がる中を、僕達も後に続く。
ルシュメイアを追ってクラニィ、アルデ、プルルン、僕、最後尾がゾン子。
周りの大ムカデ達は直近の事物に夢中で、こちらにまで注意を払っていない。おかげで進むのに苦労はなかった。
倒れ伏している女王ムカデの横を駆け抜けて、積もる灰も踏み越え、一同は前方の暗穴へと辿り着く。
真っ先に潜ったのは、先頭を行くルシュメイアだ。
「皆の者、止まれ!」
突然、制止の声が掛かった。
しかし魔蟲群の合間を素早く越える必要性から、全員がほぼほぼ全速を出している。いきなり止まれと言われても、はいそうですかとはいかない。
「あ、皆さん!?」
「む」
「プルー!?」
「まずい、ゾン子止ま――」
「ヴ……ヴ……」
穴の向こう側で急停止したルシュメイア。
すぐ後ろへ付いていたクラニィは飛んでいるため肩上を過ぎ先へ行ったが、その後ろにいたアルデは勢いを止めきれず、彼女の背中へぶつかってしまう。
更にアルデの背中へプルルンが追突し、僕も間に合わない。緑の粘体は僕とアルデに挟まれて、潰され薄く伸びてしまった。
慌ててゾン子に止まる指示を出そうとしたけど、それより先に疾走状態の彼女が僕へ突っ込んでくる。
僕以外の命令を受けない所為で、ルシュメイアが止まれと言ってもゾン子は止まらない。だから速力ままに激突の衝撃で僕を押し出し、そんな僕にプルルンが押され、プルルンにアルデが押され、アルデにルシュメイアが押された。
結果、全員が前に弾かれる形となり、トコロテンよろしく飛び出してしまう。
僕達が潜った穴の先にあったのは『穴』だ。
岩床が全て抜け落ち、ぽっかりと大きな穴が開いている。その中へ一同揃って落ちることとなった。
「たわけ! だから止まれと言ったであろうに!」
「喚くな。誰も故意で押してはいない。完全に事故だろう」
「プルップル~!?」
「ごめん、ゾン子を止めるのが遅かった」
「ヴ……ヴ……」
「この通り、ゾン子も面目ないと謝ってるよ」
「絶対言っておらんじゃろが!」
「皆さん、大丈夫ですか?」
広い竪穴を真っ逆さまに落ちていく僕達へ、クラニィは急ぎ追い付いてきた。
焦りと心配が彼女の表情を色濃く占める。予期せぬ事態に直面したためだろう、困惑の成分も多く見られた。
「私が逃げてくる時は、こんなに大きな穴はありませんでした。女王が出てきた時に出来たものは、もっと離れた壁際だったのに」
「女王と妖典族の戦いで抜けたのかもね。女王が下から出たということは、其処に空洞があるわけだから、こんな状況も想定するべきだった。僕の甘さだ」




