18話:第三配下アルデ誕生
倒した黒ローブの処遇に否定的なルシュメイアは、納得がいかない面持ちでブツブツと文句を言い続けていた。
傷付けられた自尊心の代償を、今ここで支払わせたくて仕方ないのだろう。自分が直接手を下せないことへの不満が強く、表情も険しい。
眉と共に吊り上げられた両目で復讐心が煮え、やり場のない怒りは組んだ腕の微細な震え具合から知れる。
「勝利したわりに仲間割れとはな」
僕達の言い合いが堂々巡りへ陥る最中、仰向けの黒ローブが目を覚ました。
右膝を立て、その上へ右腕を乗せて、ゆっくりと上体を起こしてくる。
「思ったより回復が早いね」
「傍であれだけ騒がれれば、嫌でも目が覚める。特にそこな器の声は響く」
「なんじゃと!?」
気炎を上げるルシュメイアに対して、黒ローブは落ち着いた佇まいだ。
敗北したことへの悔しさや反感は感じられない。敵意も完全に消えており、今すぐ再抵抗へ移るという様子でもない。
僕もそうだが、黒ローブ側も多くの魔力を消費している。引き続き戦う道をとったとしても、ゾン子とプルルンが健在な僕達とは、どっちみちまともな勝負にならなかったろうけど。
「話は聞かせてもらった。我を配下に置きたいのだな」
「そういうことだね。お互い持てる力を出し切っての結果だ、後腐れはないと思うけど」
「良かろう。貴公の軍門に降る」
「物分かりがよくて嬉しいよ」
黒ローブは逡巡もなく、僕の下へ付くことを承諾した。
予想以上に素早い決定は有難い反面、拍子抜けでもある。だからといってこちらへ取り入り騙そうとか、内側から妨害を企てている雰囲気でもない。
本心か、はたまた目論見があるのか、現時点では判然としないものの。僕の求めに応じてくれた彼を、疑って突っ撥ねるつもりもない。
「徒党を組んでいる連中を、それほど簡単に裏切るというのか。怪しすぎる。何を企んでおるか白状せい!」
真っ先に食って掛かったのは、またしてもルシュメイアだ。
黒ローブへと指を突き付け、真意の如何を問い詰めていく。
ただ彼女の場合、何かを危惧しているというより、黒ローブ憎さでイチャモンをつけているだけに思える。私怨が最優先されているから、彼が僕の申し出を断ったとしても、それはそれで別の難癖をつけるだけだろう。お世辞にも冷静な判断を下しているとは言えない。
「逃げ出した器の確保に失敗し、侵入者にも敗北した。なんの成果もない状態で戻れば、主は我を許すまい。申し開きの機会もないまま抹殺されるのみ。我も自分の命は惜しいのでな。そちらに付いて主に対抗する方が、長く生きられると計算したまでだ」
「打算的だね。でも気に入った。つまり僕に目があるうちは、裏切る心配がないってことか」
逆に言えば、僕が巻き返しできないほど追い詰められれば、躊躇なく袂を別つということだ。
理想はプルルンのように自ら忠誠を尽くしてくれることだけど、彼に今すぐそれを求めるのは無理というもの。互いの都合、利用価値を基準で繋がっているスタンスも、緊張感があっていいさ。なにより分かり易い。
ルシュメイアはまだ不満そうではあったけど、今度は何も言わなかった。
「そういえばまだ名乗ってない同士だね。僕はユレ・イグナーツ。よろしく。それで彼が第一の配下プルルン」
「プルルル」
「彼女が第二の配下ゾン子だ」
「ヴ……ヴ……」
「我が名はアルデ。今この時より、貴公の配下として働かせてもらう。先達達も見知り置きを」
名前を交わし合う中で、アルデは立ち上がり、深く被っていたフードを下げる。
そこで初めて僕達は彼の顔を見た。
紫色の軟質外皮で覆われ、縦に長い頭部。真紅の水晶を思わせる四つの複眼。頭髪はなく、頭頂から生えているのは蛾に酷似した触角器官。口も鼻も耳も存在しない。
ローブから出ている両手に指は見られず、蔓へ似た紫色の触手が3本伸びている。
僕やゾン子、ルシュメイアといった人型魔族とは違う、異形型魔族の妖典族だ。
妖典族は見た目こそ独特だけど、魔力を器物へ馴染ませる加工技術に長じた種族。
魔導器、呪物といった代物の製作や運用を得意とする。それに関連して魔力の操作・扱いに精通していることから、多方面に於いて効果的な働きが期待できる。
ちなみに洗脳干渉魔法の基幹は、遠い昔に彼等が体系化したものだ。
職人気質で凝り性な性格らしく、一つのことに集中すると他の事は全てどうでもよくなるとか。自分の作品作りに情熱的となる反面、それ以外への関心や未練が非常に薄い。
自己中心的で計算高く、自分だけの絶対的価値感を基準にしているため、他の種族から理解され難いところもある。
ルシュメイアの魔力を封じた首輪も、妖典族が関わっているのなら、彼等が手ずから造り上げた物だろう。
「妖典族が他の魔族と行動している話はあまり聞かないな。キミ達の集団は妖典族の連合ということかな?」
「その通りだ。この洞窟の深奥部に工房を構え、7人の妖典族が籠っている。我が貴公等に付いたので、残っているのは6名だが」
「妖典族の工房か。魔導器なんかを作るための物かい?」
「ああ。我が主であった工房長を頭に頂き、魔王も勇者も超越した究極の魔導兵器創造を目指している」
「へぇ、壮大な目標だね。つまり有用な魔導素材を求めて、氷華族を狙ったわけだ」
「魔王の敗死で、件の血族は混乱状態だったからな。付け入る隙は幾らでもあった」




