15話:正面突破
「ヴ……ヴ……」
そこからもゾン子は止まらない。
後続の大ムカデが左右から挟み込む形で追い付いてくると、死霊族は右の素足を軸に反転し、まずは左側へ即座に向き合う。次いで片手の五指を揃えて伸ばし、貫手の型を作ると共に直走らせた。
敵への最短距離を、目にも止まらぬ速度で駆ける一撃。最適化された高速の手突きは容赦なく大ムカデの側頭を抉り、甲殻を撃砕して反対側まで貫通する。
受けた魔蟲は短い悲鳴めいた鳴き声を上げ、後肢を激しく痙攣させた。鈍った動きへ反応して、ゾン子は貫手を引き抜きつつ反対の手は揃え固め、手刀として大ムカデの体へ振り下ろす。鋭い一閃は鋼鉄の刃であるかのように標的の体を断ち切り、文字通り前後へと両断させた。
速攻に任せて動く両手が、今度は前半分となった魔蟲の上体を掴む。そのまま素早く振り返ると、背後より襲い掛かろうとしていた大ムカデの頭部へと、両手で抱える撃破ムカデの半身を叩き付ける。
硬いムカデに硬いムカデがぶつけられ、両勢は洞窟の石床へ落ちた。上から圧し掛かるムカデの半身に下敷きとされた側がもがく中、ゾン子は再び握った拳を無感情に振り上げ、魔蟲の頭へと打ち込んだ。
闘鬼族としての優れた戦闘力に、死霊族として甦り限界を突破した身体能力が合わさった拳打は、生半な武装を凌駕する兇器と化している。迅速に繰り出される一撃一撃が必殺の威力へ至り、堅牢な筈の魔蟲甲殻を紙細工が如く拉げさせた。
瞬く間に三匹の大ムカデを屠り、ゾン子は僕と黒ローブの中間地点に独り佇んでいる。
「おお、流石は死霊族。敵勢が魔蟲だろうと果敢に挑みよる。それになんという力強さか」
「プルプル!」
僕達の後ろで一部始終を見ていたルシュメイアが、歓喜感嘆の声を上げた。
先刻まで追っ手の存在に絶望的な顔をしていたけれど、状況優勢と見て安堵へ興奮を交えさせている。
そんな彼女の賞賛へ、プルルンが得意気に粘体を隆起させた。僕達でいう胸を張る動作だ。
後輩の活躍に『どうだ、すごいだろ』と、自慢心増し増しで応じているのが微笑ましい。
実際、ゾン子の能力は素晴らしいの一言へ尽きる。魔剣を持った彼女に追い回された時も感じたけれど、客観的に見ると尚いっそう良く分かった。
特別な武器を持たない徒手空拳ながら、重武装の戦士に勝る突破力。自我がないため行動に迷いがなく、極限まで研ぎ澄まされた反射反応で敵を潰していく。まさに理想的な戦闘マシーンと呼べる。
「成る程、確かにこれは凄まじい。大言を吐くわけだ。しかし我が同胞も恐れ知らずという点では負けていない」
黒ローブの一声を合図に、洞窟の奥から新たな大ムカデ達が姿を現してきた。
先だって倒された同類の亡骸が見えていない筈はない。それでも怯んでいる様子は皆無。
こちらを捕食対象として捉えているために、退くを知らずジリジリと距離を詰めてくる。
「零下よ集い矛先となれ。降り注ぎ、異敵を貫き果たせ」
黒ローブが魔力を束ね詠唱に入った。
集約した魔力は鋭利な氷塊を作り出し、8本の氷結槍として宙に浮く。
氷の槍は生成と同時に射出され、荒々しい散弾となって僕達へ襲い来た。更に大ムカデ達も一挙に滑り出し、魔法攻撃へ合わせて飛び掛かってくる。
「大火よ噴いて喚き、己を明かせ。燃える力に奮い立て」
ただちに僕も詠唱し、魔法を放った。
連なり結んだ魔力はゾン子のすぐ足元へと落ちて、瞬時に真横へと広がる。そこから間を置かず、燃え盛る炎の壁となって立ち昇った。
彼女の正面空間を埋めた魔炎は、氷の散槍と大ムカデ達をまとめて阻み、灼熱の抗流に飲み込む。生まれた火力は凍れる8槍を溶かして無力化し、魔蟲の体も激しく炙って焼き尽くしていく。
生き物の焦げる臭いが辺りに漂い、耳障りな絶叫も乗った。
しばらく炎柱の内で大ムカデ達は悶え狂っていたが、動きの緩慢化を経て、黒ずんだ成れの果てが岩床に転がる。
「そっちもやるな。けして手を抜いたワケではないが、押し負けるとは」
黒ローブの声は相変わらず無感情で真意が読めない。
ただ言えるのは魔力の扱いが巧く、単純な量で捻じ伏せるタイプではないということだ。
今の氷結魔法も、僕の炎壁魔法より使われた魔力量は少ない。それを無駄なく組み上げ、密度を増すことで機能的に効力が引き上げられている。
僕は逆により多くの魔力を注いだ魔法で迎え撃った。結果として氷結魔法は破ったけれど、かなりの僅差で競う勝負だった。同じことを続ければ、先に魔力が尽きるのは僕の方だろう。
どうやら相手は長期戦を得意としている。これはなかなかやり難い。向こうに主導権を握らせず、強引にでも押し切る必要がある。
「ゾン子、黒ローブを狙え。短期決戦だ!」
「ヴ……ヴ……」
僕の命令へ従い、炎が晴れるのへ合わせてゾン子は走り出した。
曲解も変則もなく、愚直に黒ローブを目掛けて猛進する。
が、これを妨害するべく後続の大ムカデが洞窟奥部から出現。黒ローブの周りを越えて、ゾン子へと躍り掛かってきた。




