表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渡らせの店  作者: 月凪
4/18

童遊の鏡

何時もの様に、左手で店のドアを開ける。

店主が頭を下げ、挨拶を交わし、商品に眼を移す。

どの品にも興味が湧いてくる。

不意に暗い顔で覗き込む男の顔が眼に入り驚いた。

余程、熱中していたのか、鏡だと気付くのに時間が掛かった。

鏡に写った自分をじっくりと視るのは久し振りに感じたのと、驚きを隠す為に店主に声を掛けた。


「店主、この鏡はなんですか」


店主は鏡に写る自分に少し視線を向け、視線を戻し、鏡の過去を語り始めた…………



鏡の持ち主は22才の女。

女は、ある事を誓い生きて来た。

それは復讐。

自分の家族を奪い、天涯孤独の身へと堕とした相手への憎しみだけが生きる糧だった。


十年前、両親は騙され、多額の借金を背負わされた。

其処からは、絵に書いた様な家族崩壊への坂道を転がり落ち、全てを失った。

まだ学生だった女に出来る事は無く、ただ家族が壊れていくのを観ている事しか出来なかった。

それは憎み呪い復讐を誓うには十分な怨みだった。


義務教育を終えると、すぐに働きながら、あの男を探した。

早く金が欲しかった女は、齢を偽り水商売で働いた。

気にして居なかったが、自分の見た目は良いらしいという事が客の指名の数で解った。

綺麗に生んでくれた両親に感謝し、そんな両親を死に追いやった相手への怨みが増した。

自分と同じ様に全てを壊してやる為に、自分を磨き金を稼いだ。

稼いだ金は高価な化粧品と男の捜索費用に費やした。


女には他の人間にはない特殊な事があり、復讐は果たせると確信があった。

それは、呪術の知識と真の意味を理解していた事。

母方の家系が昔は呪術師だった。

女だけが継ぎ伝えていく物で、幼い頃から、父には知られぬ様に呪術の真の意味とやり方を教わった。


大多数の人は呪術の真の意味とやり方を勘違いしている。

それは当然の事で、間違ったやり方をわざとばら蒔かれたからだった。

呪いの標的にされる事が多い権力者や富豪達は、間違った術式を流布する事で、呪う事しか出来ない弱者へ、復讐の手段を与え、反乱を防いだ。

健気に人形に杭を打ったり、怨みを呟きながら、神社を廻る弱者達は、標的になった者の災いが有ったという嘘で、復讐心が満たされ、標的はほくそ笑む。

そうやって、呪いの真の意味とやり方を理解している者は少なかった。

僅かな人間だけが、童遊びに混ぜ気付かれぬ様に、伝えてきた。


呪いの真の意味とは、誓い。

自分の命を掛けて行う復讐の為の。

呪術師の仕事は場を整える事。

女は毎夜、欠かさずに呪いの儀式を行った。

鏡に向かい、自分を見つめる。


笑ったら負けよ…………

あっぷっぷ…………


冷たく暗い眼が見つめ返して来る。

怨みが増して行く。

家族を失ってから笑っていない。

復讐の途中で笑うのは覚悟が足りない証拠だ。

自分に呪いを掛ける独呪。

覚悟と怨みが薄れぬ様に。

人間は簡単に気持ちが変わる。

それを防ぐ為に。



男を見つけた。

すぐにでも殺したい衝動を抑え、男に近付いて行った。

身体を使い、愛人になり使用人という地位を得て、家に潜り込んだ。


毎夜の独呪が難しくなって行く。


笑ったら負けよ…………

あっぷっぷ…………


いつでも殺せるという想いが唇の隅を歪ませようとする。

頬が笑いの形に持って行こうと震えた。

まだだ、全てを失わせてからだと言い聞かせ歯を喰いしばって耐えた。



少しずつ少しずつ失わせて行った。

男は財産を失った。

財政難から家族が不仲になって行く。

笑みを堪えるのが困難で快感だった。


娘は家で行われる情事を見て、家を出て行った。

勿論、わざと見せた。

首も回らぬ状況でも女を側に置く男に、妻が怒り、口論が絶えなくなった。


そして、時が来た。

呪術師としての仕事をする。

場を整え、溢れそうになる笑みを堪えた。


三人で顔を合わせての話し合い。

修羅場でしかない。

男と妻は怒鳴りあってお互いを詰った。

女はわざとらしく、果物を剥いて男の口に運んだ。


それを見て、妻は叫び、女に出ていけと命じた。

然り気無く刃物の柄を妻の方に向け、部屋を出た。

ドアを背に呟く。



旦那さんが口論だ…………



もう堪える事も無く、笑いながら部屋に戻り、鏡に向かって笑い続けた。


誰かの足音が近付いて来るのが解った。

鏡越しに妻と眼が合う。

顔をどす黒く染め、怒鳴り始めた。

手には赤く染まった刃物が握られている。

女は笑いながら鏡越しに怨みを叫んだ。

そして、小さく歌い眼を閉じた



囲女さんも口論だ…………




「それがこの鏡です。」


鏡の端に付いている赤黒い物に顔をしかめた。


「確か、あの童遊のルールは、相手から眼を離さない事でしたね。人の怨みは買う物じゃありませんね。お客様は大丈夫ですか」


曖昧に返事を返し店を出た。


























評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ