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渡らせの店  作者: 月凪
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3/18

怪物の檻

店のドアを開けると、鉄格子の様な物が目に飛び込んで来た。

その大きさに圧倒されながら、ゆっくりと店に入る。


「いらっしゃいませ。ゆっくりしていって下さいな」


慇懃に頭を下げる店主。

ここまで心の籠った挨拶をする人を他に見た事が無い。

この人の言葉には不思議な暖かみがあり、これだけで来て良かったと思えてくる。

俺は、商品を見に来ているのか、ただ単に店主の話を聞きに来ているのか、いつもの様に答えが出せぬまま、入って来た時から気になっていた物に眼を移す。


入り口からは鉄格子しか見えなかったそれは、天井に届きそうな程の大きな檻だった。

この店は決して大きくは無い。

こじんまりとした、小さな店だ。

店の殆どのスペースを埋めてしまっている、異常な存在感と威圧感に、恐怖にも似た何かが心の奥から滲み出して来る。

その正体を知る為に、震えそうになる足に力を入れて聞いた。


「店主、この檻はなんですか」


檻の大きさ故に、鉄格子越しの会話になってしまう。

一度も入った事等ないが、刑務所の中に居る様な錯覚に囚われる。

犯罪を犯した俺に、面会に来てくれた優しい祖父。

そんな構図が頭に浮かんだ。

不意に頭の中の祖父と、店主が同期する。


「はい、この檻は……」


一瞬、どちらが喋ったか解らなかった。

数瞬の間、俺はどんな顔をしていたのだろうか。

そんな事を微塵も気にする風も無く、店主は語り始めた…………



檻の持ち主は29歳の男。

男には幼い頃から妄想癖と被害妄想が有った。

些細な事でも気にし、簡単に他人を憎んだ。

少しでも気に入らない者が居ると、男は徹底的に憎み恨み侮蔑した。

それでも治まらない時は、妄想の世界に逃避する。

妄想の世界では、気に入らない奴は怪物になって現れる。

自分はその怪物を殺す英雄に。

残酷に怪物を殺し、恨みを晴らし、報酬に皆からの自分を讃える声を聴く。

妄想の中とは言え、堪らなく気分の良い物だった。

男はそんな妄想に浸りながら生きてきた。


親が資産家だった為、働かなくてもいい男が、外に出るのはコンビニに向かう時に限られる。

酒を買いに家の近くのコンビニへ。

レジには新人なのか、初めて見る顔があった。

酒を数本持ってレジに置くと、やはり新人のようで、対応の悪さに苛立った。

だらだらと時間ばかりが取られていく。

仕舞いには、一からやり直し、それでも駄目で店長を呼びに行った。

頭に来てそのままコンビニを出た。

少し遠いが他のコンビニに行く事に。

歩いてる間は、使えない店員の雑言が尽きなかった。

雑言が、文句の一つでも言ってやれば良かったと、後悔に変わった辺りで、別のコンビニに着いた。


コンビニに入ると、レジに立つ一人の女に眼が釘付けになった。

なんて綺麗な人だろう。

突っ立ている男に女は、いらっしゃいませと微笑みながら、挨拶をした。

見とれていて放心していた男は、声を掛けられたと勘違いし焦った。

こんな経験が初めての男は、逃げるようにコンビニを後にした。


それからは、寝ても覚めても考える事は一つだった。

女の顔と声。

あの時、混乱して何も言わず出て行ってしまった。

なんと言っていたのだろうか。

気になって仕方なかった。

男は幾日も考え続けた。

考え続ける中で、少しずつ妄想が足されてゆく。


本人にしか解らない妄想に彩られた男の答えは。

付き合って下さい……


答えの出た男は嬉しくて堪らなかった。

自分と同じく、あの女も俺に一目惚れだったんだと。

返事をしなければと家を飛び出した。

コンビニに入ると、女の笑顔が眩しかった。

勢いで飛び出して来たが、男には自分から話掛ける様な勇気は無かった。

また向こうから話掛けて来るだろうと待つ事にした。

適当に弁当や菓子をカゴに入れ、レジへ足を向ける。

心臓が早鐘を打つ。

女の顔から眼が離れなかった。

会計が終わり出て行こうとした時に女は笑顔で言った。


「有り難う御座いました。またお越し下さい」


頭の中で妄想が付け足される。

またお越し下さい。

次は大切なお話が有ります。


男は嬉しくて、また来ると誓った。

それから男は毎日コンビニに行った。

女の言う大切な話を聞く為に。

なかなか切り出して来ない女を照れ屋だと思い、更に可愛く思えた。

待つのも男の務めだと、そんな自分が誇らしかった。

コンビニに通って行く内に、お互いに何も言わずとも距離が縮まって行くのを感じた。


肉まんを買い、有り難う御座いましたと言われ、好物が同じだと思い嬉しかった。

漫画を買い、袋は一緒で良いですかと聞かれ、趣味が合うと感じた。

箸は二膳で良いですかと聞かれ、二人で食べる夕食を思い浮かべた。


男にとって、コンビニはデート場所だった。

楽しくて仕方がなかった。

自然消滅と言う事があるなら、逆に自然に付き合っているという事もある筈だと考え、正に自分達がそうだと確信した。

幾度とデートを重ねる内に、男はそれだけでは物足りなくなった。

女の後を尾け、家を知った。

照れ屋な女は、自分から合鍵をくれる事はないだろうと自分で用意した。


鍵を手に入れたからには、行かなくてはならないという使命感が湧いてきた。

次の日には、自分で用意したのではなく、女から渡された合鍵という事になった。

勇気を出して合鍵をくれた女に報いなければならない。

男は勇気を振り絞り、女の家に向かうが、やはりまだ踏ん切りが付かず、女が不在の時に家に入った。


家に入ると、綺麗に整頓されたリビングが見えた。

リビングの奥には寝室が有った。

広くはないが、一人暮らしには丁度良く思える。

物色しながら寝室へ。

そこで信じられない物を発見した。

可愛らしい写真立てに飾られた、幾つかの写真。

写真の中で笑う女の横には、知らない男が写っていた。

何かが弾ける様な感覚と目眩に襲われる。

怒りである事は直ぐに理解した。

それも今迄にはない、立っていられないくらいの激怒。


俺の彼女は浮気をしている。

自分という者が在りながら。

許せない。

赦せる筈がない。


写真を滅茶苦茶に破り捨て家を後にした。

怒りで狂いそうな心は、償わせなければ治まりそうにない。

女は許してもいい、恐らく出来心だ。

だが、あの男は駄目だ。


殺してやる。


たっぷりと時間を掛けて後悔させて殺すと誓った。

誓いを果たす為に用意をし、女の家を張る。

へらへらと笑いながら出てきた男に殺意が燃え上がった。

人気の無い場所に行くのを待ち、後ろから用意していた棒で殴りつけた。

何も言わず男は崩れ落ちた。

手に残る殴った感触が心地良かった。

復讐心が鎌首をもたげる。

殴り続けたい衝動を、殺すのは此処ではないと押し殺し、車に運び込んだ。


予め決めておいた山に着き、動かない男を引き摺り出した。

そして、思い付く限りの方法で時間を掛けて殺した。

悲鳴は心地良かった。

命乞いは優越感を煽り、断末魔は性欲すら満たした。

死体の写真を取り、死体を始末して鼻歌混じりに帰路に着いた。


死体の写真を女に送り付け、男は全てを許す事にした。

それから女は笑わなくなった。

いつも辛そうにしている。


何故だろう。

全てを許したのに。

また楽しい毎日になる筈なのに。

男には答えが見付からなかった。

辛そうな女を思うと胸が張り裂けそうだった。


耐えられない。


男は自然と妄想の世界に逃げ込んだ。

次々と現れる怪物を殺し、その度に喝采が贈られる世界に。

不意に男を讃える一人が、あの女に切り替わる。

その顔は溢れんばかりの笑顔だった。

ある閃きに妄想の世界から現実に引き戻される。


そうだ。

女の目の前で怪物を殺せば、また笑ってくれる。

自分を尊敬し、愛してくれる。


男は怪物を捕まえる事を計画した。

女の目の前で、怪物を殺す為に。

そうすれば、また笑ってくれる。

その為に檻を用意した。



そして……………………………



ある場所で男の変死体が発見された。

鋭利な物で抉られ、酷い有り様だった。

現場には、身の丈を越す空の檻。

遺体の側には、遺書らしき物が落ちていた。

それには、捕まえるのだけで精一杯だったと記されていた。




「それが、この檻です」


男の死に様を想像し吐き気が込み上げてきた。


「男は一体、何を捕まえたんですかね。貴方には見えますか。檻の中の怪物が」


震える足を左手で抑え、平然を装い店を出た。








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