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渡らせの店  作者: 月凪
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幻肢の指輪

この店は来る度に品揃えが変わる。

誰かが買って無くなるのは解る。

では何処から仕入れて要るのか。


「それは、お客様が知る処ではありませんよ」


やんわりと返され、答えは得られなかった。

そんなやり取りをしていると、カウンターに光を反射する物が俺の気を引いた。


それは小さな化粧箱に納められた指輪だった。

店内の淡い光を浴びて、自分の存在を誇示している。

カウンターに商品があるなんて今までは無く、店主が特別扱いをしている気がした。


「店主、この指輪にはどんな過去があるのですか」


店主の唇の端に少しだけ笑みが浮かんだ。

そして、眼鏡を掛け治すと同時に消えた。


店主は指輪の過去を語り始めた………



指輪の持ち主は20歳の女。

女は幸せに生きてきた。

優しい両親に愛され、誰からも好かれる真っ直ぐな性格に成長出来た。


そんな性格から、沢山の友人と、誠実な恋人に恵まれた。

いつも両親に感謝の気持ちを忘れず、人生を謳歌する。

絵に書いた様な幸せな日々だった。



ある時、女は眼を患った。

それは、何万人に一人という確率の難病で完治も見込め無かった。

それでも女は少しも不幸だなんて思わなかった。

完治を信じて励ましてくれる両親。

早く良くなってと応援してくれる友人。

諦めそうな心を癒してくれる恋人。


不幸に思う処か、自分はなんて幸せなんだろうと確認が出来て嬉しかった。


幸福な闘病生活。

幸せ故の悩みが生まれた。

毎日、必ず顔を見せに来てくれる両親。

自分の前ではいつも笑っていた。

本当は疲れていることは解っている。

黙っていたが、自分の治療費の為に母が働き始めた事も直ぐに解った。

だから自分も気付かない振りをするのが辛かった。


なにより辛かったのは、いつまでも変わらず自分を愛してくれる彼の事だった。


私の事なんか忘れて…………

他に良い人が沢山いる…………


何度も彼に言った。

その度に本気で怒る彼が、嬉しかったが、とても辛かった。

彼には幸せになって欲しかった。


出来れば一緒に…………



少しずつ奪われていく視力。

視界と共に、彼との将来も奪われていく感じがした。

二度と視る事の叶わなくなる彼の顔を必死に眼に焼き付けた。



遂に視力が完全に消えた。

暗闇の世界。

想像していたより、ずっと暗く心まで重くなる世界だった。

これからこの世界で生きなければならない。

彼との将来を何度も何度も暗闇の中に描いた。


何度も考え、答えを出した。やはり、彼とは別れた方が良い。

この世界に住む自分に引き摺られては、彼は幸せになれない……


退院を機に彼に別れを告げた。

だが、彼は別れを受け入れてはくれなかった。

代わりに……


眼が見えないからなんだ

気持ちは変わらない

一緒に居たいんだ

だから結婚しよう



別れ話をした筈なのに、プロポーズをされて固まってしまった。

自分は今どんな顔をしているか気になった。

涙で酷い顔をしてるけど、きっと笑顔だと思った。

だから、迷いを捨て、はいと答えた。

そしてすぐに彼は付け加えた。


指輪は少し待ってな。迷っててさ。


照れ臭そうにする彼の顔が思い浮かんだ。

解ってる。

私の治療費を両親に援助していたから、きっと指輪が買えなかった事が。

指輪なんかどうでも良かった。

ただ、気持ちが嬉しくて堪らなかった。



幸せだった。

眼が見えない事がどうでも良くなる程に。

ただ、もうすぐ来る指輪と彼の顔が見れないのが辛かったが、これ以上を望んでは駄目だと自分に言い聞かせた。



女の幸せは一瞬にして崩れた。

事故に遭った。

生死の境をさ迷い、両腕を失った。


病院に駆け付けた両親と男は泣いて神と運命を呪った。


まだ女から奪うのか……

どうして……


何処にぶつけていいか解らない怒りを叫んだ。

機械に繋がれ生死すら曖昧な女が可哀想でひたすら泣いた。


両親がもういいと言った。

もう娘の事は忘れて幸せになって欲しいと。

男は首を横に振った。

看護師が女の意識が戻ったと伝えに来た。


機械に生かされている様に見える女の顔色は、紙の様に白かった。

途切れ途切れに、手が痛いと言った。


両腕を無くした事を女は知る筈が無く、眼の見えぬ女にとって、幻肢痛はとても現実的だった。

女に言える筈も無く、誰も何も言えず、泣いていた。


男は両親に、二人にして欲しいと言った。

両親が病室を出ると、男は指輪を取りだした。


指輪、遅くなってごめんな……

結婚しような……


涙声にならぬ様に努めて言い、女の左手の薬指が有ったであろう場所に指輪を置いた。


女が笑った様な気がした。

気のせいだったのかも知れない。

女の意識は途切れていた。



その夜、女は自分に繋がる死を遠ざける為の物を全て外した。

無い筈の手で。

両親と男の幸せを願い、無い筈の薬指に光る指輪を眺めながら…………



「それが、この指輪です」


鈍く光る指輪がとても眩しく感じた。


「私が知る限り、一番の幸せ者の指を飾っていた指輪。貴方には、居ますか。命さえ掛けて幸せを願える相手が」


頬を滑り落ちる雫を悟られぬよう、店を出た。














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