第24話
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午後五時には月岡に一言「お疲れ様でした。お先します」と声を掛けて帳場を抜け、署を出てから、歩き出す。十月上旬の夕方の新宿は幾分冷えた。上着を着て防寒する。新宿駅から地下鉄に乗り込み、自宅へと舞い戻った。玄関のキーホールに鍵を差し込み、開錠してから室内へと入っていく。そしてスーツを脱ぎ、部屋着に着替えた。
入浴して疲れを取った後、キッチンに立ち、食事を作る。食べた後、ふっと何か読みたいと思い、買っていた書籍を棚から取り出した。ページを開き、読み始める。読書もいい。秋はそういった季節だ。推理小説などが好きなのである。昔から読み付けていて。警官になった動機も、刑事小説を読んでいたことが根本にある。
午前零時を回ったところでベッドに入った。眠気が差し、そのまま寝入る。午前六時には自然と目覚めるのだし……。翌朝起きてから、キッチンでコーヒーを一杯淹れて飲む。スーツに着替えてネクタイを締め、カバンを持ってから出勤する。
午前八時過ぎには署に着いた。先に月岡が来ていて、向かっていたパソコンのディスプレイから目を上げ、
「おはよう、井島」
と言った。
「おはようございます、課長」
「永岡警視が連れてきた警視庁の三人組、今日ぐらいから本格的に捜査に入るぞ」
「ええ。……おそらく大丈夫でしょう。私はそう思ってますが」
「まあ、お手並み拝見ってところだな」
月岡がそう言い、またパソコンの画面に目を戻した。そしてキーを叩く。いつもこの帳場で管理官席にいて、俺や吉倉、それに他の捜査員を監督するのだ。俺と同じ準キャリアで、Ⅱ種試験合格者だが、所轄の刑事課長を任されて、それで満足しているらしい。
警部という階級で、下働きを厭わない。元は警視庁勤務で、所轄への出向組だから、またいずれ本庁に戻ることも考えられる。元相方の綾瀬もここでは署長職なのだし……。綾瀬と月岡も今でこそコンビを解消しているが、元は警察官でも事件の最前線にいた。綾瀬も準キャリアの身なのだ。互いに息が合っていた。今の俺と吉倉のように。
吉倉が午前八時二十分過ぎに来て、一言「おはようございます」と言うと、すぐにパソコンを立ち上げる。そして今回の事件に関し、掻き集めた物証等を見直し始めた。思う。しっかりやってるなと。俺の方も捜査に取り組む。火を点けられた形で。
昼までずっと互いにパソコンに向かっていた。ここは殺人事件の捜査本部だから、庶務を担当する必要はない。捜査に打ち込んでいた。昼食に出前で取られた丼を食べて、その後もずっとデスクに着く。
月岡も管理官席から動かない。それに警視庁から来たデカたちもずっと席に座り、俺たちと並列して仕事をしている。東川幸生が北新宿の雑居ビル内で殺害されたヤマも、角井卓夫が新宿のホテル内で遺体で見つかった事件も動きはない。
午後三時過ぎに席を立ち、コーヒーを一杯淹れた。吉倉がタバコを取り出し、銜え込んでから、火を点けて燻らす。退屈なようだった。現場にいる時ほどの緊張感はなくて……。
午後四時前に帳場内の電話が鳴る。月岡が受話器を取り、二言三言喋った後、電話を切って、
「永岡警視からだった。捜査状況はどうだと聞かれたから、こっちも手掛かりなしですと答えておいたよ」
と言い、座ったまま大きく伸びをした。そしてまた詰め続ける。俺も吉倉も、他の内勤の捜査員も幾分気が抜けたのだが、仕方ない。事件を動かす決定的な物証が集まらず、捜査はいったん座礁した。だが、捜査員は一応形式的に詰めている。もちろん、無駄にする時間もいくらかあるのだが……。(以下次号)




