第16話
16
その日、午後五時過ぎまで署内の自分のデスクにいた。事件が起こっている以上、捜査は続く。疲れていたのだが、やるしかない。夕食に出前のラーメンが取ってあったので、いったんパソコンから目を離し、丼に入った麺に箸を付ける。啜り終わってから、またパソコンに張り付く。
秋の夜は長い。暗闇が降りてきて、あっという間に辺りが漆黒の闇となる。新宿は人の洪水だ。終電が出てしまうまで、街は賑やかである。思っていた。家に帰ったら、入浴してゆっくりしようと。実際、体調が気になるのである。胃が痛かった。捜査による過労やストレスなどが直接的な原因である。
地下鉄に乗って帰宅し、一人の部屋でシャワーを浴びた。麗華は来てない。いつもはクラブで遅くまで仕事をしている。水商売は大変だ。心身ともにすり減らす。もちろん、報酬は格段にいい。クラブのホステスの財布の中を覗いてみると、万札がジャラジャラ入っているのは今も昔も大差ない。
午前零時過ぎにベッドに入り、一晩眠った。そしてまた翌朝起き出す。疲れはあった。体も心もきつい。だが、今日新宿北署と新宿中央署の捜査員が角井卓夫の殺害されたホテルに集合する。吉倉が昨日各捜査員の無線に一報したことで、デカが集まるのだ。
普通に地下鉄に乗り込み、署に出勤してから、刑事課に詰める。月岡は朝から帳場にいて、待機していた。いざとなれば、管理官が指揮して捜査部隊が動く。陣頭指揮を執るのも大変だが、上司はそれに慣れている。
パソコンを立ち上げてから、二つの事件に関し、いろいろ調べた。二人の被害者――東川幸生と角井卓夫だが――に接点はないかと。二件は関連性が高い殺人事件として、警察も手を回している。新宿北署刑事課の捜査員はすでに手を尽くし、警視庁から来ていた永岡警視も指令を出しているようだ。
永岡のことは詳しく知らない。ただ、キャリア組で将来が約束された身であることは聞いていた。警察の中にも事情はいろいろある。俺自身、Ⅱ種試験パスの準キャリアだが、暇はない。基本的に働き蜂なのだ。確かにノンキャリアのデカたちを使い回してもいいのだけれど……。
パソコンに向かい、捜査と並行して作業もする。庶務は絶えずあった。事件捜査がメインでも、サブメニューとして課内庶務をこなさなければならない。それに今日、二件目の事件現場に刑事たちが集結する。実質的な主任の吉倉は二つのヤマを一つに統合させ、追うつもりだろう。思っていた。時間がないと。夕方となると、デカたちも疲れた体でホテルに身を運ぶこととなる。まあ、別に一捜査員の俺が気にしても仕方ないのだが……。
そして午後五時半を回る頃、角井が殺害されたホテルに刑事が集まり始めた。皆上下ともスーツに身を包み、現役の警察官としての矜持を見せるような恰好をしている。吉倉と共にホテルのフロアに行き、集まった刑事たちといろいろ情報交換する。警察も二つのヤマで九竜興業と真っ向から対決する以上、気を抜けない。ここ新宿は物騒なのだ。繁華街にいても、裏手に回っても。
吉倉が集まった刑事たちに口々に言った。「士気を上げてくれ!」と。当然だろう。目の前で起こっているのが殺人事件なのだから……。
永岡がその日の午後八時過ぎに、新宿北署の電話機から、新宿中央署の捜査本部にいる月岡に電話した。「士気は上がってる。君も部下たちから目を離すな」と。月岡が一言「分かりました」と返し、軽く息をつく。電話越しに互いの息遣いが聞こえているようだ。それぐらい永岡と月岡の意気は合っていた。十分過ぎるぐらい十分に。(以下次号)