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九月三日 誤字訂正ついでに、五百文字程度を加筆しました。

 不機嫌ながらも熱が籠った紫紺の瞳が、息がかかりそうな距離からマリーを見据えている。その場を動くなと命令するように。それでいて、どこか懇願するようにささやかな哀愁もこめて。

 そんなアースの瞳に気圧されたのか絆されたのか、マリーは机に座っていることで同じ目線になっているアースを静かに見た。

 アースは、彼の仕事着である普段身につけている黒のローブを片手で手早く脱ぎ捨てると、その下に着ている服の留め具を外しだした。彼の白い肌が見えた瞬間、マリーはハッと我に返る。自分は何をやっているのだ。ここは抵抗すべきだろう、と。

 足はアースの身体を挟むような形で固定され、スカートは彼の片手で机に縫いとめられていても両腕は自由だ。マリーは、アースに固定されながらも逃げようと、彼の体を押して身を捩った。

 

「アースッ! ……そんな妙な証明なんていらないから。アースの事を信じるからっ。だから脱がなくてもいいから!」


 半ば捨て鉢のように叫んだが、そんなささやかな抵抗はアースには効かなかったようだ。アースはマリーを机に縫いとめているスカートから手を離すと、彼女の腕をひとつに纏めあげた。

 外されていくアースの服の留め金を、マリーは止める事も出来ずに、ただ見ている事しかできなかった。ひとつ、またひとつと外されて、完全にはだけた服の隙間からアースの引き締まった胸がのぞいた。太くも無く、細くも無い胸板が。

 アースの服の留め金を外し終えるのを待っていたかのように、マリーの拘束されていた手が外され、彼の手がマリーの背中に回った。そして、その白い胸板に向かって彼女の身が引き寄せられる。

 


「――――やぁっ! 本当にごめんなさいっ。噂を信じてごめんなさいってば!」



 半裸のアースに抱きしめられて、マリーは半狂乱である。

 額は擦りつけられるようにアースの肌に押しつけられ、どうしたらいいのか判らない彼女のその瞳には、羞恥と恐怖で涙すら浮かんでいる。



「さっきから煩いんだよ、お前は。―――……ほら、俺の肌に他の女の匂いなんて付いていないだろう? 痕すらない。俺は誰とも肌を合わせていないという証拠だ。第一、三人の子持ちの未亡人だ? ふざけるな。俺は年増は好きじゃない」

「……アース」



 いきなり服を脱いだのは匂いを嗅げという事だったのか、とマリーは紛らわしいアースの行動に若干憤りを感じながらも、胸をなでおろした。

 アースの肌からは、汗と、彼独特の香りがした。安らげるような、慣れ親しんだ彼の香りだ。

 これといっていい香りだと言う訳ではないが、マリーにとってはとても好ましい香りだ。ずっとこの肌に触れていたくなるようなそんな感じの。

  


「この前の匂いは不可抗力だ。あれは性別上は女でも、俺にとっては女じゃない。異世界から来た勤勉な珍獣だ。……マリー、俺の方はもういいだろう? 次は、お前の番だ」



 そう口にすると、アースは驚くマリーの胸元に手をかけた。胸元を留めているリボンを解くと、服が緩まり肌が外気に触れる。はだけた服の隙間から、アースの指が入り鎖骨をなぞり更に肌を露出させた。


「―――やっ! どうしてわたしの番なのよっ」

「『楽しい夜を過ごした』師匠は俺にそう言った。だから、確認だ」


 これ以上は服を緩めれないように握りしめるマリーの手を、アースは再び片手で纏めて彼女の華奢な肩を押して机に倒した。不安定な彼女の下半身もずり上げて。

 そして、マリーの上に圧し掛かり、首元に顔をうずめて耳を軽く食む。



「お前の髪からは師匠の匂いがする」



 呟きながら、更に確かめようとしているのか、アースの唇がマリーの首筋を這う。



「―――っ、同じ石鹸で髪を洗ってるから」



 マリーの言葉など聞かないとばかりに、彼の長くて少し硬い指は唇を先導するように彼女の肌をなぞり邪魔な服を排除していく。指の後を追った彼の温かな唇は、やがて鎖骨を強く吸い上げた。

 ささやかな痛みと、こんな状況なのにせり上がってくる快楽。勝手に洩れ出る小さな声。我を忘れて、気を抜けば溺れてしまうような、呑まれてしまうような感覚がマリーを襲った。

 この場所がどこなのか、忘れてしまいそうになる。

 でも、我を忘れなかったのは、マリーの肌を見る紫紺の瞳が怒っていたからだ。


「この肌からも師匠の匂いがする。さぞや楽しい毎日を過ごしたんだな。俺には抱きつきもしなかった癖に。あんな老獪に肌を許す程に俺が嫌いか? ……俺は、狂おしい程にお前だけを愛しているのに」

「違っ……!」


 肌をなぞる唇が止まり、怒っていたはずの瞳に陰りが生じた。

 それを見た瞬間、怒っていたのではなくて、アースは傷ついて怯えていたのだと理解した。こんな風に肌の移り香を確認したくなるほどに不安だったのだ。

 彼から漂う香水の香りに怯えて傷ついていた自分と同じだ。彼は怖かったのだ。わたしが、彼の師匠であろうとも、男の家に逃げ込んだから。

 当初のもくろみ通りに事が進んだのに、傷ついたアースを目にした彼女の心に押し寄せる後悔の波。

 マリーは後悔の念にかられて、その瞳に涙をにじませた。

 


「……楽しくなんて、無かった」



 気付いたらマリーは呟いていた。

 アースがあまりに傷ついて、泣きそうな顔をしていたから。

   

 

「アースがタロット様との事を誤解して、異性の陰に嫉妬するわたしの気持ちを思い知ればいいって考えてた。でも、毎日が不安でしょうがなかった。アースはいつもわたしの事を泣かせるのが楽しいって笑ってたし、平気で傷つくような事をずけずけ言うし、本当は嫌いなんじゃないかって。もしかしたらこれを機に私じゃない誰かを傍に置くんじゃないかって。……ずっと、気が気じゃなかった」

「……マリー」

「アースが好きなの。意地悪で傲慢で俺様だけど、優しいアースが好きなのっ! ずっとずっと言いたかった。アースが好きだって」



 言っているうちに口調は早くなり、マリーの瞳から涙があふれた。それは筋を作り、寝ている彼女の輪郭を流れていく。

 アースは彼女を組み敷きながら小さく名前を呼ぶと、細く長い息を吐きだした。

 そして、それまで浮かべていた表情をがらりと変えた。片方の口端が上がり、マリーのよく知る、底意地の悪い『世界一の魔法使い』を名乗るアースの顔へと変貌を遂げたのだ。



「愚図で弱虫のマリーベルのくせに、俺を嵌めようとはいい度胸だ。俺を嵌めてタダで済むと思うなよ。一生、俺の傍でこき使ってやる」



 アースは服の袖でマリーの涙を拭った。上から目線な言葉とは反対に、壊れ物を扱うように優しい手つきで。



「一生こき使うって……」

「そんな簡単な言葉も解らないのか? 馬鹿かお前は。死ぬまでという意味だ。お前は生涯俺の傍で、俺の帰りを待ち、子供を生み、俺の愛情を受け止め続けろ。嫌だと言っても放してやらない。よぼよぼの爺や婆になってこの世から消えるまで、お前は俺の隣で俺を支え続けろ」

「……は?」


 なんだそれは、とマリーが頭を混乱させていると、不意に瞳を伏せたアースの顔が近くなった。

 いきなり重なる唇。優しく、包みこむような。言葉とは裏腹の態度をとるアースの心を表している様な、そんなキスだ。

 アースが身を引き、二人の唇に少しの隙間が出来る。

 彼の伏せられた睫毛が動き、紫紺の瞳がマリーを見つめた。


求婚(プロポーズ)しているんだ。俺が、お前に。……馬鹿げた噂に嫉妬する程俺の事が好きなんだろう? 俺はそんな単純で馬鹿なお前が愛しい」

「……わたしでいいの?」

「これでもずっと求婚していたんだ。お前の親は気付いても、馬鹿なお前だけは気付かなかったけどな」

「それは、アースがちゃんと言葉で伝えてくれないから解らないのよ」

「お前の縁談をぶち壊した揚句に『お前を愛してる』と言えば普通は解るだろうが。縁談をぶち壊した俺の所に攫うように家に連れ込んで、お前の親が何も言わないのは何故だ? 本当に馬鹿だなお前。……だがな、俺はそんなお前がいいんだ」


 アースはマリーの瞼に唇を寄せ、頬、口元と優しく口づけた。啄むようなキスを唇に繰り返し、次第に深いものへと変わる。何度も口角を変えて混じり合うように舌を絡めた。二人のその心の様に。

 時折漏れ出るマリーの声はアースの激情を煽る。

 マリーの腰辺りで妖しい動きをしだしたアースの手に、マリーの怪訝な声が飛んだ。


「アース? ここ、タロット様の家……」

「師匠の家だとか関係ない。俺はやりたい時にやりたい事をする人間だ。お前は寝てるし、俺はお前の上にいる。なんら問題は無いはずだ」

「やるってなにをっ!? ちょ、ちょっとアースってば!! 問題大ありでしょっ。……や、胸触らないで。首もくすっぐたい……」

「―――恥ずかしがるお前の顔は、泣き顔の次に好きなんだ。もっと羞恥に染まって泣く顔が見たい。マリーベル、愛してる」

 


 アースは、マリーのもっとも苦手とする表情を浮かべた。

 彼女の意識が飛ぶほどの、妖艶とも言える見た者を魅了する蕩ける笑みを―――。

 マリーが意識を飛ばした後に、アースは彼女の髪を撫でながら囁いた。様々な魔法を繰り出す事のできる長い指に、彼女の髪を絡ませながら至福の時を謳歌する者の表情を浮かべて。



「お前から先に俺に向かって求婚したんだからな。森で迷った時に『爺や婆になっても……』とな」

 




****



 タロットは、客間の寝台前から動かないアースの後ろ姿を見た。

 その寝台で目を閉じて規則的な息をしているのは、先ほどアースの笑みの被害に遭ったマリーだ。

 アースが今現在どのような表情をしているかなど、容易に想像できる。恐ろしいほどの笑顔だろう。それも喜色満面の。

 今後のマリーの事を慮って、タロットは見られているとわかっていながらこちらを向こうとしない弟子の背に声をかけた。


「……アースよ。人の家で卑猥な事をするでない」

「計算の内ですよ。マリーが寝ている内に家に運んでしまおうという、ね。ああでもしないと、マリーは寝てくれないですから」 

「”寝ている”ではなく、”伸びている”だろう?」


 「どちらも同じでしょう」シレっとそんなことを言うアースだ。

 しかしタロットは、師匠が見ているとわかっていてあのような行動をとったアースの心情を理解していた。 

 アースは、タロットに見せたかったのだ。二人の仲を。妙な横やりを入れるなと牽制もこめての行動だったのだと。

 そんな事は心配しなくてもいいのに、とタロットは思う。


「私は、お前たちの子供を楽しみにしておるのだよ」

「……そうですか」


 タロットの言葉に、アースは一瞬肩を揺らせた。

 解りづらいがアースは照れているのだ。照れている顔を見せれなくてこちらを向けないのだ。後ろから見てもわかる。いくら平静を装っていても、耳が赤いのは誤魔化せない。

 タロットはそんな弟子の様子を見て思わず笑みがこぼれた。

 


「『世界一の魔法使い』であるお前が、一般人を強調して言えるマリーと結婚する。魔法界は揺れそうだな」

「……何を言いますか。師匠。マリーは俺を凌ぐ天然の魔法使いですよ。俺がマリーに惚れるなんて、知らぬうちに魅了の魔法を使われた以外考えれない。それに、マリーが居なければ俺は魔法を使わない。……もしも彼女がこの世界から居なくなったら、魔法使いの肩書なんて捨ててやりますよ」


 タロットはその言葉に、目を見張り快活に笑った。

 そうだった。アースは、マリーの為に魔法を習得し、彼女を生きながらえさせる魔法を覚えてそれを駆使するうちに『世界一の魔法使い』の称号を手に入れたのだった。

 人の命数を伸ばす程の魔法の使い手として、アースに贈られた称号。

 それを贈ったのは、先代のその称号を名乗っていた他ならぬ自分だったとアースは笑った。


「それではマリーは、『世界一の魔法使い』を更に上に行く者だな」






 

 

 

 

 


 

 


 

ぬるめにR15を書いてみました(笑)

もう少し過激なものでもいいかなと思ったのですが、今回はこの辺で。


続編を書く機会がありましたら、また書こうと思います。

読んでいただきありがとうございました(^_^)

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