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彗星のように  作者:
9/10

友導(ともしるべ)③

ようやく、本来の目的であるカラオケに来た。

だが、部屋に入った瞬間にソファーに沈み込む。ボーリングで体力を消耗し過ぎたのだ。

いっそ、このまま寝てしまいたい。


「だ〜疲れた」

「もう、疲れたのか?これからが本番なのに…」

「そうだな。とりあえず、ドリンク取りに行こう」


カラオケといえば、ドリンクを付けるものだと思う。


最初は、カルピスでも入れるか。

ドリンクバーのカルピスは、ペットボトル版と少し味が違って新鮮味がある。


亜貴はというと、ジンジャエールを入れた。

意外と渋いもの好きのアイツにはピッタリの代物だ。


京介が入れたのは冷水だった。

シンプルなのも良いと思う。


「何を歌うんだ?」


2人とも黙り込んでいる。

勿論、俺も例外ではない。

カラオケって、最初に歌う人がいないと無言の時間が流れてしまうんだよな〜 

この時間がとっても気まずい。

俺は陰キャだが、唐突な行動力だけはある。

それに誰かがやらないと始まらないんだ。


「俺が歌うよ」


亜貴がなんとなく持っていたリモコンを奪う。

とりあえず「君が代」でも歌おうか。

それにai採点モードを入れた。

採点モードを入れた直後に始まるムービーだけで、いつも盛り上がる。これはカラオケに来たら避けられない性というやつだ。


「き〜み〜がぁ、よ〜わ〜」


68点…

俺の渾身の「君が代」が決まった。

タイミングやテンポ…何より音程が取れなさすぎる。本当に音楽の才が無いと痛感する。

2人とも乗り始めたから良しとしよう。


「亜貴は何か歌うか?」

「そのリモコンを貸してくれ」


リモコンを手渡した。

今更だけど、亜貴とカラオケに来たのは初めてだった。いつも、ゲーセンやアニメイトにしか行っていなかったから。

陽キャは何を歌うのだろうか、とちょっと気になっていた。亜貴がリモコンを操作して「怪獣の花唄」を予約する。

到底俺には歌えっこない曲だ。


「お前、本当に歌えるの?」

「まぁ、見てろって」


歌い上げてしまった。

90点。

見たことがない数字が表示される。

流石は、陽キャだな。

そうやって感心している場合ではなかった。

アイツにボーリングで負けたというのに、ここでも負けなければいけないのか?

これではボーリングのストレスを発散できないどころか、また増えてしまうぞ。


「2人ともポテト食べるか?」

「食べる」

「俺も」


亜貴がフライドポテトを注文してくれた。

カラオケ飯も捨て難い。

神社飯ばっかり食べてる俺にとって、洋食は至福のひとときだから。


「次は京介の番だ」

「俺は遠慮しとくよ…」

「そう言わずに。残酷な天使のテーゼでも歌ってみればいいじゃん」


勝手に「残酷な天使のテーゼ」を予約に入れた。

京介は確実に困っている。

さすがに悪いことしちまったかな。


「俺、100点なんて初めてみたぞ」

「京介、すげぇな」


京介の奴、ずっと困っていたのに…

歌が始まった瞬間に目の色を変えやがった。

そして、思いもよらず100点を…


「京介ってそんなに歌上手かったか?」

「俺もそう思った」


あれ、何でだろう?

2人の背中がとても遠く感じる。

高校入りたてで、彗の事ばかり考えていた頃みたいだ。居心地が悪くなってしまった。


「俺、ちょっとお手洗い行ってくるよ」

「了解」


なんとか部屋を抜け出したのだ。

絶対、あいつらは俺が凹んでいることに気づいていた。友達なりの気遣いというやつなのだろう。

でも、なんだかんだでいい奴らなんだ。

こうして考えてみると亜貴と京介、2人と友達で良かった。


丁度、お手洗いの場所を確認しておきたいという考えもあった。そんなのは建前に過ぎない。

2人に申し訳無いが、少し歌の練習をしようという魂胆があった。

下手な歌ばかりを聞かせてはいられない。

それと点数取って自慢したい。

我ながら下心が湧き上げてくる。


考え事をしているうちに、いつの間にかお手洗いに着いていた。


下手な歌を誰にも聞かれたくないというプライドはある。公共の場で人の迷惑になる事は出来るだけしたくはない。

だから、個室に鍵が掛かって居ないことを確認した。ついでに、お手洗いの中を見渡す。


…よし、誰もいない。

用は済ませたので、手でも洗いながら気楽に鼻歌でも歌おうか。『漂着した島で、巫女さんに助けられました』のOPが頭に浮かんだ。

名は、『漂流記』だったな。

この曲には、雅楽が用いれられている。

神社の息子のせいなのか、親近感が湧くのだ。


「遠くへ〜行く、貴女を離したくはないから~」


歌うのに気持ちよくなって、高揚する。

ふと、鏡を見ると扉の開いた個室の中に人影がある。目を閉じて大声で歌ってしまっていたから気づかなかった。

しかし、その影は瞬きする間に消えている。

すぐさま後ろを振り返ったが何も無い。

お手洗いをくまなく探しても誰一人そこには居ない。


確か、あの影は少し黒ずんでいた。

人の影に黒ずんでいたなんて表現は似合わないな。


「まあ…気のせいだろう」


そう言いつつ、考えたくないことばかり考えてしまう。人間の生存本能なのだろうけど、今の俺にそんな能力なんてものはいらねぇ。


「嗚呼、ヤダ、ヤダ」


お化けを見たという事より、音痴な俺の歌を聞かれた事を考えるだけで背筋が凍る。


「たく、仕切り直しだ。戻ったらこの記憶を消去するまで沢山歌おう」


部屋へ戻った。


「健司いい所に帰ってきた。ポテトが来たぞ」


すぐさま、ポテトに食らいついた。

こんな俺が言うのもアレだが、ほっぺたがとろけてしまう。


「気になったんだが、健司〜お手洗いで何かあったのか?」

「へ、なんで」

「なんか、お前勢いよく扉開けたし、その時の間抜け面と来たらもう…とにかく凄かったから」

「何も無かったぞ!変なデタラメは言わないでくれ」

「はいよ〜」


京介が記憶の蓋をこじ開けようとしてくる。

全く、呆れた奴だ。

そのなかで、亜貴だけが黙ってジッとしている。

この光景には既視感があった。

思い出した、ゲーセンのときだ。

怯えた表情が同じだった。


「亜貴何かあったのか?」

「へ!?」

これは重症だな。


「京介が変なことを言うからだぞ」

「ごめんな亜貴。怖がらせたみたいで」

「全然気にしてないから大丈夫だ」

「良かった。さっきまでの亜貴だ」


俺は疑問に思った。

なんで、こんなに表情がコロコロ変わるのかと。

強がっているんじゃないだろうか。

1人とか、怖い話とかに反応しては怯えているなら。

この絶妙な沈黙が亜貴の恐怖を増幅させている気さえした。

今はカラオケに居るんだし、いっぱい歌わなきゃいけないだろ。歌を歌えばきっと恐怖が和らぐはずだ。


「俺『漂流記』歌うよ」

「お、来ましたね」

「……」


だんまりしたまま。

この状況をどうにかしたいと思った。

ここの部屋には、マイクが2つある。


「3人で交互に歌わないか?」

「いいぜ」


優しさでなんとか話に乗ってもらった。

さっき練習した曲を心を込めて歌う。

歌いきった結果は、80点。

今は、点数などどうでもよい。

亜貴の声が段々、か細くなっていくのだ。

カラオケに疲れたというのもある。

でも、確かに何かに怯えてたような声。


その後も何曲か歌ったが、然程変わらなかった。時計をチラチラ見て祈っているようだ。

これは、前より酷くなっているのではないか。

時間は退出時間10前に差し掛かろうとしていた。


「悪ぃ、俺帰る」


亜貴は、代金も置いて行かないで逃げるように去っていく。俺と京介は、ここに取り残された。


「アイツ、俺達に奢らせる気だぜ」

「許せねぇ」


あんなに怯えた亜貴の事だ。

きっと何か事情があるのだろう。

でも、親友の俺達に事情を話さないのは少々癪に障った。


「代金を精算させるためにアイツを追いかけようぜ」

「そうだな」


会計を済ませて外に出た。

もうすっかり、夕方のオレンジの空だ。

朝、アイツは星ヶ嶺大社にようがあると言っていた。きっとそこへ向かったに違いない。


「京介、俺について来い」

「了解」


夕陽の下、足元が心もとない道を懸命に駆けて行く。アイツに何も起きてほしくないという不安を抱えながら…

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