友導(ともしるべ)③
ようやく、本来の目的であるカラオケに来た。
だが、部屋に入った瞬間にソファーに沈み込む。ボーリングで体力を消耗し過ぎたのだ。
いっそ、このまま寝てしまいたい。
「だ〜疲れた」
「もう、疲れたのか?これからが本番なのに…」
「そうだな。とりあえず、ドリンク取りに行こう」
カラオケといえば、ドリンクを付けるものだと思う。
最初は、カルピスでも入れるか。
ドリンクバーのカルピスは、ペットボトル版と少し味が違って新鮮味がある。
亜貴はというと、ジンジャエールを入れた。
意外と渋いもの好きのアイツにはピッタリの代物だ。
京介が入れたのは冷水だった。
シンプルなのも良いと思う。
「何を歌うんだ?」
2人とも黙り込んでいる。
勿論、俺も例外ではない。
カラオケって、最初に歌う人がいないと無言の時間が流れてしまうんだよな〜
この時間がとっても気まずい。
俺は陰キャだが、唐突な行動力だけはある。
それに誰かがやらないと始まらないんだ。
「俺が歌うよ」
亜貴がなんとなく持っていたリモコンを奪う。
とりあえず「君が代」でも歌おうか。
それにai採点モードを入れた。
採点モードを入れた直後に始まるムービーだけで、いつも盛り上がる。これはカラオケに来たら避けられない性というやつだ。
「き〜み〜がぁ、よ〜わ〜」
68点…
俺の渾身の「君が代」が決まった。
タイミングやテンポ…何より音程が取れなさすぎる。本当に音楽の才が無いと痛感する。
2人とも乗り始めたから良しとしよう。
「亜貴は何か歌うか?」
「そのリモコンを貸してくれ」
リモコンを手渡した。
今更だけど、亜貴とカラオケに来たのは初めてだった。いつも、ゲーセンやアニメイトにしか行っていなかったから。
陽キャは何を歌うのだろうか、とちょっと気になっていた。亜貴がリモコンを操作して「怪獣の花唄」を予約する。
到底俺には歌えっこない曲だ。
「お前、本当に歌えるの?」
「まぁ、見てろって」
歌い上げてしまった。
90点。
見たことがない数字が表示される。
流石は、陽キャだな。
そうやって感心している場合ではなかった。
アイツにボーリングで負けたというのに、ここでも負けなければいけないのか?
これではボーリングのストレスを発散できないどころか、また増えてしまうぞ。
「2人ともポテト食べるか?」
「食べる」
「俺も」
亜貴がフライドポテトを注文してくれた。
カラオケ飯も捨て難い。
神社飯ばっかり食べてる俺にとって、洋食は至福のひとときだから。
「次は京介の番だ」
「俺は遠慮しとくよ…」
「そう言わずに。残酷な天使のテーゼでも歌ってみればいいじゃん」
勝手に「残酷な天使のテーゼ」を予約に入れた。
京介は確実に困っている。
さすがに悪いことしちまったかな。
「俺、100点なんて初めてみたぞ」
「京介、すげぇな」
京介の奴、ずっと困っていたのに…
歌が始まった瞬間に目の色を変えやがった。
そして、思いもよらず100点を…
「京介ってそんなに歌上手かったか?」
「俺もそう思った」
あれ、何でだろう?
2人の背中がとても遠く感じる。
高校入りたてで、彗の事ばかり考えていた頃みたいだ。居心地が悪くなってしまった。
「俺、ちょっとお手洗い行ってくるよ」
「了解」
なんとか部屋を抜け出したのだ。
絶対、あいつらは俺が凹んでいることに気づいていた。友達なりの気遣いというやつなのだろう。
でも、なんだかんだでいい奴らなんだ。
こうして考えてみると亜貴と京介、2人と友達で良かった。
丁度、お手洗いの場所を確認しておきたいという考えもあった。そんなのは建前に過ぎない。
2人に申し訳無いが、少し歌の練習をしようという魂胆があった。
下手な歌ばかりを聞かせてはいられない。
それと点数取って自慢したい。
我ながら下心が湧き上げてくる。
考え事をしているうちに、いつの間にかお手洗いに着いていた。
下手な歌を誰にも聞かれたくないというプライドはある。公共の場で人の迷惑になる事は出来るだけしたくはない。
だから、個室に鍵が掛かって居ないことを確認した。ついでに、お手洗いの中を見渡す。
…よし、誰もいない。
用は済ませたので、手でも洗いながら気楽に鼻歌でも歌おうか。『漂着した島で、巫女さんに助けられました』のOPが頭に浮かんだ。
名は、『漂流記』だったな。
この曲には、雅楽が用いれられている。
神社の息子のせいなのか、親近感が湧くのだ。
「遠くへ〜行く、貴女を離したくはないから~」
歌うのに気持ちよくなって、高揚する。
ふと、鏡を見ると扉の開いた個室の中に人影がある。目を閉じて大声で歌ってしまっていたから気づかなかった。
しかし、その影は瞬きする間に消えている。
すぐさま後ろを振り返ったが何も無い。
お手洗いをくまなく探しても誰一人そこには居ない。
確か、あの影は少し黒ずんでいた。
人の影に黒ずんでいたなんて表現は似合わないな。
「まあ…気のせいだろう」
そう言いつつ、考えたくないことばかり考えてしまう。人間の生存本能なのだろうけど、今の俺にそんな能力なんてものはいらねぇ。
「嗚呼、ヤダ、ヤダ」
お化けを見たという事より、音痴な俺の歌を聞かれた事を考えるだけで背筋が凍る。
「たく、仕切り直しだ。戻ったらこの記憶を消去するまで沢山歌おう」
部屋へ戻った。
「健司いい所に帰ってきた。ポテトが来たぞ」
すぐさま、ポテトに食らいついた。
こんな俺が言うのもアレだが、ほっぺたがとろけてしまう。
「気になったんだが、健司〜お手洗いで何かあったのか?」
「へ、なんで」
「なんか、お前勢いよく扉開けたし、その時の間抜け面と来たらもう…とにかく凄かったから」
「何も無かったぞ!変なデタラメは言わないでくれ」
「はいよ〜」
京介が記憶の蓋をこじ開けようとしてくる。
全く、呆れた奴だ。
そのなかで、亜貴だけが黙ってジッとしている。
この光景には既視感があった。
思い出した、ゲーセンのときだ。
怯えた表情が同じだった。
「亜貴何かあったのか?」
「へ!?」
これは重症だな。
「京介が変なことを言うからだぞ」
「ごめんな亜貴。怖がらせたみたいで」
「全然気にしてないから大丈夫だ」
「良かった。さっきまでの亜貴だ」
俺は疑問に思った。
なんで、こんなに表情がコロコロ変わるのかと。
強がっているんじゃないだろうか。
1人とか、怖い話とかに反応しては怯えているなら。
この絶妙な沈黙が亜貴の恐怖を増幅させている気さえした。
今はカラオケに居るんだし、いっぱい歌わなきゃいけないだろ。歌を歌えばきっと恐怖が和らぐはずだ。
「俺『漂流記』歌うよ」
「お、来ましたね」
「……」
だんまりしたまま。
この状況をどうにかしたいと思った。
ここの部屋には、マイクが2つある。
「3人で交互に歌わないか?」
「いいぜ」
優しさでなんとか話に乗ってもらった。
さっき練習した曲を心を込めて歌う。
歌いきった結果は、80点。
今は、点数などどうでもよい。
亜貴の声が段々、か細くなっていくのだ。
カラオケに疲れたというのもある。
でも、確かに何かに怯えてたような声。
その後も何曲か歌ったが、然程変わらなかった。時計をチラチラ見て祈っているようだ。
これは、前より酷くなっているのではないか。
時間は退出時間10前に差し掛かろうとしていた。
「悪ぃ、俺帰る」
亜貴は、代金も置いて行かないで逃げるように去っていく。俺と京介は、ここに取り残された。
「アイツ、俺達に奢らせる気だぜ」
「許せねぇ」
あんなに怯えた亜貴の事だ。
きっと何か事情があるのだろう。
でも、親友の俺達に事情を話さないのは少々癪に障った。
「代金を精算させるためにアイツを追いかけようぜ」
「そうだな」
会計を済ませて外に出た。
もうすっかり、夕方のオレンジの空だ。
朝、アイツは星ヶ嶺大社にようがあると言っていた。きっとそこへ向かったに違いない。
「京介、俺について来い」
「了解」
夕陽の下、足元が心もとない道を懸命に駆けて行く。アイツに何も起きてほしくないという不安を抱えながら…




