祠
ゴールデンウィークに入って一段落したので、久しぶりに書いてみました
「さ、降りてください」
軽く伸びをする。本当だったら、ゲームしていたはずなのに――
車から降りると喧騒に包まれている。見渡すと、大勢の登山客ばかり。あぁ……静かなお家でまったりしていたかった。
「私はここでお待ちしています。お嬢様、気を付けてくださいね」
「いつもの事だから平気ですよ。それに今日は一人じゃないのだから」
「それは安心ですね」
「それで、これからどうするんだ」
「山を登ります」
「俺、こんな軽装なのに……」
「傷の一つや二つできたところで大したことないでしょ」
「そうかぁ」
「早く足を動かしてくださいね」
彗の冷たい言葉が俺を刺す。俺の事をそっちのけで歩みを進めていく。辺りは枯れ木で覆わている。そして、冷たく乾いた空気に肺が凍てつく。俺の足は待ってくれとばかりに動いていく。
途中ではぐれてしまうのが怖いのでずっと彗の背中を追い続ける。ちょっと山道に入っただけでさっきの人気はすっかりなくなった。すると、突然その背中が止まった。その先に見えるのはどこまでも続く有刺鉄線。人気のないところに佇む錆びた有刺鉄線が心のどこかに引っかかる。
「そろそろ教えてもらってもいいか」
「なんです。貴方はただ私に付いてくればいいんですよ」
「その、有刺鉄線の中に行くのか」
「そうですけど」
「その中に何があるんだ」
「うぅん、着いてからのお楽しみです。変なことしなければ、何も起こらないので安心してくださいね。そんなことより怖いんですか」
「別にビビッてるわけじゃないぞ」
「素直じゃないですね」
そんなことを言いながら、扉の鍵を開ける。そして、金網でできた素朴な扉が鈍い音を立てて開いた。その先はこちらとは空気が違う。
「ほんとに行くのか」
「私は行きますけど、貴方はここで待っていますか。寂しくて、電波も通じないこの場所に一人ぼっちで……」
「分かった。分かったから」
脅しにも似た言葉が心に刺さる。それに彗が十数メートル先へ行っただけで周りの空気が凍てついていく。有刺鉄線の先は怖いけど、彗に付いていく他に選択肢が無かった。
まだ、昼間だというのに有刺鉄線を越えたとたんに薄暗くなった。この先はもっと暗い。彗が慣れた足取りで突き進むせいで、怖くても行かなきゃいけない。
「なあ、どこまで行くんだ。も、もう心が持たないぞ」
「後、少しなんですから我慢してくださいよ」
「そうは言うけど」
「ほら、見えてきましたよ。あの祠です」
あの祠に近づくほど、さっきの静けさが噓のようだ。冬だというのに生温い。この生温さは人混みの中にいる時に近いと思う。
「それでこの祠に何かするのか」
「掃除するんですよ」
「掃除……何かおっかない化け物を封印するとかそういうんじゃなくて、掃除」
「はい、掃除です。阿保面してないで、ここから雑巾を取って」
そう言って、肩掛けバッグの中から掃除グッズを取り出していく。手際がいい。
そんな彗の様子に見惚れていた。
「早く手を動かしてください」
「はい、わかりました。彗お嬢様」
「お嬢様って呼ばないでください」
「御許さんは彗お嬢様って言ってるじゃないか。俺をからかってくるお貴族の娘をお嬢様と言わず、何と呼べばいいんだ。いっそ女王様とか」
「貴方みたいなのにお嬢様と言われる筋合いはないんですよ。単純に彗でいいです。もしかしたら、貴方はもっとからかってほしい変態さんですか。気持ち悪い……」
「大丈夫ですか。気持ち悪いって言われて、顔が化け物みたいになってますけど」
「まあな。そんなことアニメでしか聞いたことなかったから。それで、後どのくらい拭いてればいいんだ。俺はこんなもんだと思うんだけど」
「そのくらいでいいですよ。後は私がやります。内と外を隔てる壁をここに求める。穢れをその内に封じよ」
彗がいつものごとく唱えると生温さが引いていく。とたんに冷たい空気がこの場に流れ込んでくる。
「さあ、帰りましょ」
「そうだな。あれで終わったのか」
「掃除だけですし」
家路につこうとしていた。
ふと、上から何かが落ちてきた。地面に落ちたのは黒いビー玉?それを拾い上げようとする。
「触っちゃだめ!」
彗の声が聞こえたがその頃にはもう、そのビー玉らしきものに触れていた。触れた瞬間、体から力が抜けていく。そして、視界が暗くなって――
◆◆◆
目覚めると森の中に立っていた。ここに彗はいない。俺は置いてかれたのだろうか。向こうの方に明かりがともっていて、祭ばやしが聞えてくる。寂しい森の中で人という安心を求めて走り出していた。
そこへ行くと神職の格好をした人たちがいる。あの森の中でお祭りの気配など感じなかったが……
奥には彗――
何が起こっているのか理解できず、彗の元に駆け寄ることしかできなかった。
「彗、どうしてこんなところに」
何も反応が返ってこない。
「彗、ちゃんと答えてくれ。今、何が起こっているんだ」
同様に何も反応が返ってこない。それどころか、こちらを見るそぶりもない。俺に気づいてないようだ。
流石に裾を引っ張ったら気づいてくれるでしょ。彗の裾に触れようとすると手が通り抜けていく。
「どうしちゃったんだろう」
再び、彗の顔を見てみると――
右の頬に蒼い模様がある。彗ではない。彗に似たそっくりさん。もしくは、彗のお母さん……
戸惑っていても、誰も俺に気づく素振りを見せない。彗のそっくりさんはどこかへ歩いて行く。その先には池と奥には洞窟がある。安心するために彗のそっくりさんに付いていく。
池の畔まで来た。そこから進もうとしても見えない壁があるみたいで進めない。その間にも彗のそっくりさんは向こうへ行ってしまう。
瞬きをすると、周りが暗闇に包まれていた。俺は知らぬ間に逝ってしまったのだろうか。今は走馬灯を見せられているのだろう。
「あの人に会いたい」
「なんで、私だけがこうなってしまったの」
「私をこんな目に遭わせたこの世界が憎い」
「もっとあの人と居たかった」
「私は何も悪くないのになんで、なんで……」
「私を忘れないでほしい」
「あの人と居たい、居たい、居たい、居たい、居たい、居たい……」
彗の声で未練の呪詛が頭に流れ込んでくる。聞いているだけで苦しいし、辛い。彗がこんな呪詛を吐かないことは分かりきっている。
また、瞬きをするとそこには彗……彗のそっくりさんが俺の目の前に立っている。
「私のこと知ってくれたかな」
「あんた、誰だ。彗じゃないだろ」
「私はね……内緒」
「内緒――か。今まで俺に見せていたのは何なんだ」
「うぅん、それも内緒。あの娘も私と同じ運命をたどる。お前があの娘といるならそのうち、私の元に来るんだから別に言わなくてもいいよね」
「あの娘って、彗のことか」
「内緒――それじゃあ、またね」
「待ってくれ。まだ何も……聞けて……な…い」
なんだか頭がぼうっとして、目の前が真っ暗になっていく。
◆◆◆
「健司さん、健司さん。起きてくださいよ。貴方が目覚めてくれないと、私は不幸を呼ぶ疫病神になってしまう」
「す…い」
「ようやく、目が覚めましたか。」
ここにいる彗にはあの模様が無い。やっと本物の彗に会えた。
「俺、どうしていたんだ」
「祠の前で倒れて、病院まで運ばれてきたんですよ」
「全く覚えてない」
「でしょうね。でも、貴方が悪いんですよ。あれに触るなって言ったのに触ったから」
「それは俺が悪かった」
「でも目覚めてほんとに良かった――」
彗は俺のベッドに倒れるように眠った。俺もまだ眠い。目をつむると眠りへと落ちていった。
あの娘が彗だと言うなら――俺が見た景色が現実になるのだろうか。そんな物語じみたことが起きるとは思えない。きっと大丈夫だ。




