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82話:黄金の利権と、過去の清算――新時代の夜明け

 諸島連合の青く澄み渡った海上に、突如として出現した巨大な浮遊構造物――洋上フロート型迎賓館『アクア・パレス』。

 ハシム様の圧倒的な私財と、私の魔導建築理論が融合して生み出されたその空間は、全面が強化魔導ガラスで覆われ、足元を泳ぐ極彩色の熱帯魚たちを眺めながら、最高級の海の幸を堪能できる「洋上の楽園」と化していた。


 今夜、ここで行われるのは、諸島連合とアステリア特別区、そして魔法帝国ガルディナを繋ぐ『海上魔導物流網』の最終調印式。……名目的には。


「……ふふ。……壮観ですわね。……私の魔導回路が、この海の底に眠る全利権を、一文字残らず書き換えて(デバッグして)差し上げましたわ」


 私は、ハシム様から贈られた、海水の飛沫をダイヤモンドで再現したという豪奢なドレスを纏い、バルコニーから祝宴の喧騒を見下ろしていた。

 会場を埋め尽くす各国の重鎮や有力貴族たちが、私の姿を見つけるなり、競い合うようにして最上級の敬意を捧げてくる。かつて「悪役令嬢」と蔑まれ、処刑台の露と消えるはずだった少女に向けられる眼差しは、今や畏怖と、そして底知れぬ利益への期待に満ちていた。


(……これよ。……これこそが、開発者が手に入れるべき『真の権力』! ……力でねじ伏せるのではなく、生活の根幹インフラを握ることで、誰も私に逆らえなくする……。……完璧な、非の打ち所がない勝利(全クリア)だわ!)


 私がシャンパングラスを傾けて悦に浸っていると、会場の片隅で、見覚えのある「汚れた影」が、帝国の近衛騎士たちに引き摺り出されるのが見えた。


「……離せ! 離せと言っている! 僕はエドワード・ルミナス、この国の第一王子だぞ! ……リリアーヌ! リリアーヌ、君からも言ってくれ! 僕はただ、教会の連中に唆されただけなんだ! 君を利用しようとしたのは、すべてルカの差し金で……!」


 かつての婚約者、エドワード王子。

 華やかだった王族の衣装はボロボロに汚れ、その端正だった顔立ちは、恐怖と卑屈な命乞いで無様に歪んでいた。教会の不法投棄(魔力汚染)に加担し、私利私欲のために国家予算を横流ししていた証拠が、私の『シル・フォン』によって白日の下に晒された結果だ。


 彼は、自らの不始末をすべて他人のせいにし、かつて「婚約者」として足蹴にした私に、あろうことか縋り付こうとしたのだ。


「リリアーヌ! 君なら分かってくれるだろう!? 僕たちは、……僕たちは愛し合っていたじゃないか! 頼む、……頼むから助けてくれ!! 僕は君の愛した王子だろう!?」


 王子の絶叫が、華やかなワルツの調べを切り裂き、会場に集まった貴族たちの冷ややかな嘲笑を誘う。

 私は、手に持ったグラスを揺らし、氷点下の微笑を湛えたまま、ゆっくりと彼を見下ろした。


「……あら。……夜の静寂を乱す、不快なノイズが聞こえますわね。……シオン、その『ゴミ』が私の視界を汚していますわ。……直ちに処理を」


「……御意、お嬢様。……お嬢様の美しい瞳を、そのような卑俗なもので汚した罪。……影の果てで、永遠に懺悔させて差し上げましょう」


 シオンが影の中から音もなく現れ、王子の口を影の猿轡で封じる。

 王子は白目を剥き、もがきながら影の底へと沈められていく。


「…………。……失礼ですが、どなたかしら? ……私の記憶データベースには、そんな端役モブの記録は一文字も残っておりませんわ」


 私は、扇子で口元を隠し、一点の慈悲もなく言い放った。

 その言葉は、エドワード王子という存在が、この世界の「ハッピーエンド」から完全に消去デリートされたことを告げる、冷酷な宣告だった。


(……ふん。……当然ですわ。……私の完璧な物語に、貴方のような初期バグ(初期設定のミス)が居座る場所なんて、一ピクセルも残っていませんのよ!)


 無様に影の底へと沈んでいった王子の残響が消えると、会場には再び、何事もなかったかのように優雅な旋律が流れ始めた。

 私はバルコニーから、かつて自分を断罪の場へと追い立てた「正義の象徴」が、今や私の足元で跪いている光景を見つめていた。


「……リリアーヌ様。……不浄なノイズを排除いたしました。……今の貴女の視界を遮るものは、この海の果てまで一つとして存在しません」


 鋼鉄の鎧を纏い、背筋を正して私の前に跪いたのは、元騎士団長レオニダスだ。

 かつての彼は、アリアを救うためという「独りよがりの正義」に酔い、私を冷酷に断罪した。……だが、今の彼の瞳に宿るのは、盲目的な信仰にも似た、剥き出しの忠誠心。

 彼は、自らの剣を床に置き、私のドレスの裾にそっと額を寄せた。


「……かつての私は、表面的な光に目を奪われ、真の太陽である貴女を見誤っていた。……リリアーヌ様、貴女の歩む道こそが、この世界に調和をもたらす唯一の正解。……この命、もはや貴女の駒として散るためにのみあります。……どうか、私を……貴女の最も鋭い刃としてお使いください」


(……ふふ。……レオ様。……原作では私を処刑台へ送った張本人が、今や『私の駒になりたい』なんて。……これこそが、悪役令嬢として勝ち取った最高の『ざまぁ』ですわね! ……有能な駒は、いくらあっても困りませんもの)


「……宜しくてよ、レオニダス卿。……貴方のその剣、私のスローライフを邪魔する雑草を刈るために、精一杯働いていただきますわ」


 私が扇子で彼の肩を軽く叩くと、レオニダスは感極まったように肩を震わせ、さらに深く平伏した。

 

 その光景を、苦々しく、けれど隠しきれない独占欲を孕んだ瞳で見つめていた男が、一人。


「……おい、騎士。……いつまでリリアーヌの足元に縋り付いている。……その場所は、彼女と『対等な契約』を結んだ者の指定席だぞ」


 ハシム様が、レオニダスを鋭い視線で射抜きながら歩み寄ってきた。

 彼は私の隣に立つなり、懐から漆黒のベルベットケースを取り出し、音もなく開いてみせた。


「……リリアーヌ。……諸島連合との利権、すべて君の望む条件で『買い取って』おいた。……これは、その成立を祝した、俺からの……いや、俺たちの未来への投資だ」


 ケースの中に鎮座していたのは、深海の底で千年かけて育まれたという、伝説の『蒼いダイヤモンド』の指輪。

 夜の海そのものを結晶化させたような深みのある輝きが、私の指先を誘うように瞬いている。


「……ハシム様。……これ、……鑑定するまでもなく、一国の予算を軽く超えていますわよ?」


「……フン。……俺の資産をすべて注ぎ込んでも、君という価値には届かないがな。……どうだ、リリアーヌ。……俺の隣で、永遠にこの黄金の海を買い叩き、世界を自分たちの色に塗り替えて暮らさないか? ……契約のサインは、君がこの指輪を受け取るだけでいい」


 ハシム様が、私の指先を搦め取るようにして、強引に、けれどどこか祈るような熱量を込めて引き寄せる。


(……ギャーー!! ……商人王による【物理的な札束ダイヤモンドの求婚】! ……この世界の富が、すべて私の指先に集まってくる感覚……! ……悪役令嬢として、これ以上の栄華があるかしら!?)


 背後では、ゼノス閣下が冷徹な氷の魔力を放ち、シオンが影の縄を蠢かせている。……誰もが私を求め、私に跪き、私の機嫌一つで世界が動いている。


 窓の外、月の光を浴びて輝く蒼き海は、もはや恐怖の対象ではなく、私の所有する「美しい庭」に過ぎなかった。


「……ああ、完璧ですわ。……邪魔者は消え、資産は積み上がり、愛すべき……そして私を愛して止まない者たちに囲まれている。……これこそが、私の作り上げた『真のハッピーエンド』の完成形ですわね!」


 私は、一点の曇りもない多幸感に包まれながら、夜の海に向かって高らかに勝利の乾杯を捧げた。

 

 不穏なノイズも、不可解なエラーも、……そんなものは、この美しい新時代の夜明けには存在しない。

 リリアーヌ(結衣)の瞳に映るのは、永遠に続く、眩いばかりの黄金の未来だけだった。



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