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第80話:諸島連合の歓待――人魚の真珠と、海底の魔導光

 豪華客船『アステリア・マギ・クイーン』号が、諸島連合の首都、海底都市『パシフィカ』の巨大な魔導ドームへと滑り込んだ瞬間、船内は感嘆の溜息に包まれた。

 窓の外に広がるのは、何千年もかけて育まれた巨大な珊瑚の森と、その間を縫うように走る、淡い青の魔導光を湛えた水路。色とりどりの熱帯魚たちが、まるで空を舞う蝶のように、私たちの乗る船の周りを優雅に泳いでいた。


「……リリアーヌ様! 見てください、あちら! お魚さんが、キラキラした泡を吐きながら踊っていますわ! ……まるで、お伽話の世界に迷い込んだみたい……」


 展望デッキのガラスに顔をくっつけるようにして、アリア様が瞳を輝かせていた。

 彼女の細い指先が、ガラス越しに通り過ぎる巨大なジンベエザメを追いかける。聖都での過酷な戦いを経て、彼女の心によどんでいた影は、私の徹底的なデバッグと、この数日間の「もふもふバカンス」によって、完全に洗い流されていた。


「ええ、アリアちゃん。……ここは貴女こそが、海の底のどの真珠よりも眩しく輝くべきステージですわ。……さあ、諸島連合の女王陛下がお待ちですわよ。……とびきり贅沢な『人魚のドレス』を用意してくださっているそうですから」


「……人魚の、ドレス……。……私、そんな素敵なものを着てもよろしいのでしょうか」


 アリア様が、ふと不安げに自分の手を見つめた。

 かつての彼女にとって、美しい服や贅沢な時間は、自分には不釣り合いな「借り物」に過ぎなかった。……けれど、今の彼女の隣には、私がいる。


「……何を仰るの。……貴女を飾るために、私はこの世界の全技術を注ぎ込み、不浄なバグをすべて消去したのですわ。……貴女が美しく微笑むことこそが、私の『正義』ですのよ?」


「……リリアーヌ様。……はい、……ありがとうございます。……貴女がそう仰ってくださるなら、私……世界で一番、幸せな女の子になりますわ!」


 アリア様が私の手を力強く握り返し、花が綻ぶような満面の笑みを向けた。

 その清らかな魔力が、海底の魔導光と共鳴し、彼女の周囲に虹色の淡い光の輪を作り出す。


(……ああ。……尊い。……これよ、これ! ……『救い出したヒロインが、自分の言葉を信じて自分らしく輝き始める』! ……このWヒロインとしての並び立ち、前世のファンブックの表紙カバーそのものじゃない!)


 私たちは、海の国の女王陛下が用意してくれた、クリスタルで造られた迎賓館へと案内された。

 そこには、生きた真珠と深海の絹で編み上げられた、世にも美しい二着の『人魚のドレス』が用意されていた。


 アリア様のために用意されたのは、波の飛沫を象った純白とアクアブルーのグラデーションドレス。

 そして私のために用意されたのは、深海の夜を象ったミッドナイトブルーとエメラルドのタイトドレス。

 

「……リリアーヌ様、見てください! ……このドレス、動くたびにうろこみたいにキラキラ光りますわ! ……なんだか、本当に海の一部になったみたい……」


 仕度を終えたアリア様が、鏡の前でくるりと回った。

 その裾から零れる魔導真珠の輝きが、彼女の金色の髪と溶け合い、息を呑むほどに神々しい美しさを放っている。


「……完璧ですわ、アリアちゃん。……もはや、神々さえも貴女を直視できないほどに眩しいですわよ」


「……ふふ、リリアーヌ様こそ。……その深い青、……まるで公爵様やシオン様が独り占めしたくなるような、……魔性の魅力に溢れていますわ。……私まで、……リリアーヌ様をどこかへ隠してしまいたくなるほどに」


 アリア様が、私の手首にそっと自分の指を絡め、少しだけ潤んだ瞳で私を見つめた。

 その視線には、かつての「聖女」としての義務感ではなく、一人の友人を……あるいはそれ以上の存在を、誰にも渡したくないという、静かな、けれど熱い執着が宿っていた。


 人魚のドレスを纏った私とアリア様は、諸島連合の女王陛下による公式晩餐会を少しだけ中座し、迎賓館の奥に広がる『海底真珠庭園』へと足を運んだ。

 頭上を覆う巨大な魔導クリスタルのドーム越しに、深海の暗青色と、そこに住まう発光魚たちの淡い光が、万華鏡のように私たちの足元を照らしている。


「……ふぅ。……賑やかな場所も良いけれど、こうして二人きりで静かに波の音(魔導残響)を聴くのも、乙なものですわね、アリアちゃん」


 私が珊瑚のベンチに腰を下ろすと、アリア様が隣に寄り添うように座り、私の肩にその柔らかな頭を預けてきた。

 彼女の金色の髪から漂う、潮風と真珠の芳醇な香りが、私の鼻腔を優雅に刺激する。


「……リリアーヌ様。……私、今、とっても不思議な気持ちなんです。……かつて教会にいた頃の私は、この海の底のように暗い場所で、独りぼっちで震えているのが当たり前だと思っていましたわ」


 アリア様が、私の指先を自らの細い指でなぞるようにして、静かに語り始めた。


「……でも、リリアーヌ様が私の手を引いて、あの暗い祭壇から連れ出してくださってから……。……私の世界は、毎日がこの庭園のように、キラキラした『驚き』でいっぱいになりました。……リリアーヌ様がいなければ、私、自分がこんなに笑える女の子だなんて、一生知らないままでしたわ」


「……アリアちゃん。……それは貴女自身の持つ、光の力ですわよ」


「いいえ。……私の光を、本当の意味で『輝き』に変えてくださったのは、貴女です。……だから、……ゼノス様やシオン様が、リリアーヌ様を独占したくなる気持ち、……今の私には、痛いほどによく分かってしまうのです」


 アリア様が顔を上げ、至近距離で私を見つめた。

 その瞳は、聖女としての慈愛ではなく、一人の「親友」を、あるいは「最愛の理解者」を、誰の手にも触れさせたくないという、静かな、けれど底知れぬ独占欲に燃えていた。


「……リリアーヌ様。……ずっと、私の隣にいてくださいますか? ……世界がどれほど変わっても、……貴女だけは、私の『リリアーヌ様』でいてほしいのです」


「……もちろんですわ、アリアちゃん。……貴女が望むなら、私はこの海の底の景色さえも、貴女の笑顔のために毎日アップデート(更新)して差し上げますわよ」


(……ああ。……尊すぎる。……これよ! ……守られるだけだったヒロインが、自分から『離さないで』と縋ってくるこのエモさ! ……Wヒロインの絆が、今、神話の域に達したわ……!)


 私たちがそんな「尊い」空気に包まれていた、その時。

 

「キュ、キュアァァァァァァッ!!」


 庭園の池(海水プール)から、魔導の泡を全身に纏ったシルが、ダイナミックに飛び出してきた。

 シルは水中でも自由自在に動ける『魔導潜水コーティング』を施されており、今はイルカのように滑らかな動きで、水面を跳ね回っている。


「……あら、シル! ……貴方、そんなに泳ぎが上手でしたのね!」


 びしょ濡れのシルが私の胸元に飛び込み、その黄金のたてがみをブルブルと振って、私のアクアブルーのドレスに大量の海水を浴びせた。


「……わわっ! ……冷たいですわ、シル!」


「……はははは! ……リリアーヌ、聖獣の洗礼を受けた気分はどうだ?」


 背後から、黄金の刺繍を施した豪奢なマントを翻し、ハシム様が歩み寄ってきた。

 彼は私のドレスの濡れた部分を一瞥すると、指を鳴らして侍従に「最高級の乾燥魔法具」を持ってこさせた。


「……リリアーヌ。……君に贈ったそのドレス、海水の跡が残るようなら、この海の真珠をすべて買い取って、新しいものに作り替えさせてやろう。……君の隣に並ぶアリアも、今日は一段と『商品価値』……いや、『美しさ』が跳ね上がっているな」


「……ハシム様。……リリアーヌ様を、あまり困らせないでくださいまし。……彼女は、私の大事なエスコート役なのですから」


 アリア様が、ハシム様の視線を遮るように私の前に立ち、少しだけ頬を膨らませて抗議した。

 

 ハシム様の富、ゼノス様の権威、シオンの執着。

 それらすべてを跳ね除けるように、アリア様が私の腕をギュッと抱きしめる。

 

 海底都市『パシフィカ』の夜。

 私は、自分を愛して止まない最高のヒロインと、彼女を奪い合おうとする男たちに囲まれ、これ以上ないほどの「幸福」を噛み締めていた。

 

(……デバッグは完璧。……友情も、愛情も、……すべてが私の設計通り。……ああ、このまま永遠に、この幸せな時間がループすればいいのに……)


 一点の曇りもない多幸感の中、私はアリア様と共に、幻想的な魔導光に包まれた祝宴の席へと戻っていった。

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