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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第七章 静かな日常が世界に届く

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第七話 夕餉の香りと預けた問い

鍋の火を落とし、静はひとつ息をついた。

「……よし、できたかな」


食堂にはすでに食欲を刺激する香りが満ちている。

深く、温かく、どこか懐かしい匂い。

香辛料の効いたカレーと、焼き上がったばかりのハンバーグ――


それぞれが主張しているはずなのに、不思議と喧嘩はしていなかった。

むしろ互いを引き立て合うように調和している。


「盛り付け、手伝いますね」

セリナが袖をまくり、自然な動きで皿を並べていく。

手際良くどこに何があるか、どの皿を使うべきか

迷いなく動く姿は長年ここで暮らしているかのようだ。


「ありがとう。じゃあ、俺は皆を呼んでくるよ」

静はそう言って食堂を出る。


その少し前、セリナは出来上がった料理の一部を小皿に分け

礼拝堂へ向かっていた。


「……きゅ?」

足音に気づいたのか、あかねがとことこと後をついてくる。

理由は分からない。


ただなんとなく――そんな様子だった。


小さな足音が廊下に静かに響く


「どうしました? 一緒に行きますか」

問いかけると、あかねは小さく鳴いて肯定するように尻尾を揺らした。


礼拝堂はいつもと変わらず静謐だった。

柔らかな灯りに照らされた祭壇、穏やかな神気が満ちている。


セリナは祈りの言葉を口にしながら、丁寧に料理を供える。

特別な願いはない


いつもの感謝を

今日も無事に過ごせたこと

この温かな場所があること

そして、この料理を囲める仲間がいること


しばらくして、ふと目を上げると――

供えた皿はいつものように跡形もなく消えていた。


「……届いたみたいですね」

ほっとしたように微笑んだ


その瞬間

胸の奥にふわりと触れる感覚があった。


声ではない

言葉ですらない

けれど、確かに


――ありがとう


そんなニュアンスだけが、静かに伝わってくる。

まるで誰かに優しく頭を撫でられたような

温かな感覚


「……?」

セリナは小さく首を傾げ


(気のせい……でしょうか)


いつもより、ほんの少しだけ近かった気がした。

だが深く考え込むことはせず、礼拝堂を後にする。

不思議な感覚だったけれど、嫌な気はしなかった。


その帰り道、あかねはどこか満足そうに歩いていて

小さな尻尾が機嫌よく揺れている。


◆◆◆


食堂ではすでに全員が集まりつつあった。


「お待たせ。夕食できたよ」

静の声に自然と空気が和らぎ

並べられた皿を見てアリアが目を瞬かせた。

「……カレー?」


「と、ハンバーグです」

セリナが説明すると、アリアは思わず苦笑する。


「カレーは何度か食べたことがあるけど……この組み合わせは

 ちょっと反則じゃない?どっちも主役級なのに」


「でしょ?」

静は軽く肩をすくめた。


リーナとミレイアも興味深そうに皿を覗き込む

「単体でも完成している料理同士なのに……」

「一緒に並ぶと、こんなに存在感が増すんですね。不思議です」


「いただきます!」

フィアが待ちきれない様子でスプーンを入れ、一口


「……っ!」


一瞬、動きが止まる。


「ちょっと待って……これ、ずるくない!?」


「いつものカレーなのに全然違うんだけど!

 ハンバーグと一緒だと、こんなに……!」


その様子に皆が笑いながら食べ始める。


ハンバーグを割ると肉汁があふれ、カレーと混ざるその一体感に

アリアは小さく息を吐いた。

「……家庭料理って聞いていたけれど

 ここまで満たされるとは思わなかったわ。心も温かくなる気がする」


フレイアは表情を崩さないよう必死だが

内心では完全にやられている。


(……何、これ……癖になるくらい美味しすぎるわ)


横目でその様子を見ていたミレイアは

何も言わずに小さく微笑んだ。

従姉の普段見せない表情を愛おしそうに眺めている。


◆◆◆


夕食の後、静は穏やかに言った。

「お風呂の用意もできてるからさ。よかったら皆で入ってきて」


「フレイアさんもどうぞ。今日は長旅でしたし、ゆっくり温まった方がいいですよ」

セリナがにこやかに勧める。


フレイアは一瞬言葉を失いかけたが、すぐに表情を整える。

「……ありがとうございます」


(お風呂まで……?)


内心の動揺とは裏腹に、周囲の女性陣は誰一人驚いていない。

それが当然のことであるかのように

自然に受け入れている。


そのことがフレイアをさらに戸惑わせた。

案内された先にあったのは、普通の浴場ではなく

湯気の立ち上る広々とした温泉


「……温泉?」


思わず零れた声を、咳払いで誤魔化す。

そこにあったのは彼女が想像していた「普通のお風呂」ではなかった。


湯気が柔らかく立ち上り、広々とした浴場

石造りの縁と心まで解けそうな湯の色

適度な熱さと肌に優しい湯質


「……これは……」


(温泉、よね?)

(しかも、手入れが行き届いてる……)


王都の高級宿でもここまで整った温泉はそう多くない。

ましてや個人の屋敷で用意されているなど――


(ギルドマスターになってからでも、初めてよ……)


だが、気持ちを引き締め皆と湯に浸かる。

「……これは……とてもいいですね」


湯の中では自然と会話も柔らぐ

仕事の話も、堅苦しい話題も消えて

ただの女性同士の会話になる。


「ああ、気持ちよかった」

「本当に贅沢ですね」


湯から上がった後も屋敷の空気はゆったりとしたままだった。


髪を乾かし、軽装に着替えた女性陣は

談話用の居間に自然と集まる。


柔らかな灯りと外から聞こえる夜の音

虫の声が心地よいBGMのように響いている。


談話室でくつろぎながら、何気ない話が交わされる。


食事が美味しかったこと

お風呂が良かったこと

部屋が心地よいこと


静は皆を見渡し穏やかに言った。

「大事な話は……明日の朝、朝食の後にでもしましょうか」


フレイアは小さく頷く、本当は聞きたいことが山ほどある。


屋敷のこと

支配エリアコアのこと

この場所に満ちる説明のつかない"違和感"

そして――あの小さな存在のことも


それでも静本人から何も語られていないのに

勝手に探るのは不義理だと分かっていた。


ギルドマスターとしてではなく、一人の客として招かれている今はなおさらだ。


フレイアは、そっと考えを切り替えた。


「……本当に、いい屋敷ですね」

そう言って何気なく話題を変える。


「食事も美味しいし、お風呂も素晴らしいし……部屋も、驚くほど心地いい」


「でしょう?」

アリアが少し誇らしげに笑う。


「ここに来るまでは、色々あったけれど……今は、ちゃんと『帰ってくる場所』って感じがするわ」


「分かる、それ」

リーナが頷く


「仕事を忘れられる場所って、意外と貴重なのよね。

 冒険者ギルドにいると、常に緊張してるから」


「……ギルドマスターの姉さんには特に必要そうよね」

ミレイアが柔らかく言うと、フレイアは思わず苦笑した。


「耳が痛いわ」


その笑い方は肩書きを脱いだ

年長者のものだった。

普段は見せない少しだけ疲れた表情


やがて話題も尽き、短い挨拶を交わしながらそれぞれが部屋へ戻っていく。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


灯りが消え、夜は静かに更けていく。


フレイアは用意された客室でベッドに横になり目を閉じる。

明日になれば、話すべきことがある。


だが今はこの穏やかさに身を委ねていい


(今はちゃんと休もう)


そう思えること自体がこの屋敷の力なのかもしれなかった。


屋敷は何も語らず

ただ静かに夜を受け入れていた。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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