第八話 朝の食卓と語られる違和感
朝の屋敷は柔らかな光に包まれていた。
食堂には焼き立てのパンと温かなスープの香り
昨日までの緊張が嘘のように、穏やかな時間が流れている。
窓から差し込む朝日がテーブルの上を優しく照らしていた。
フレイアは席につきながら、内心で小さく息を吐く。
(……この落ち着き方、やっぱり普通じゃない)
昨夜、あれほど考え事をしていたはずなのに、目覚めた瞬間には心が軽くなっていた。まるでこの屋敷そのものが疲れを癒してくれるかのように。
足元ではツキと淡い夕日色の小さな生き物――
あかねが並んで歩いている。
あかねはまだ少しおぼつかない足取りだが、昨日より確実に安定していた。
小さな足音が食堂の床に軽やかに響く。
「……成長、早いですね」
セリナが微笑むと、ツキは誇らしげに「にゃ」と鳴く。
まるで自分が育てているとでも言いたげに
あかねも小さく鳴き返し尻尾を揺らした。
フレイアはその様子を見つめながら思う。
(珍しい生き物ではあるけれど……少なくとも危険な気配は感じない)
むしろ、穏やかで、無邪気で、愛らしいとさえ思える。
だが――
――問題はそこじゃない
問題はこの存在が何者なのか
そして、なぜここにいるのか
◆◆◆
朝食が一段落した頃、フレイアは静かに背筋を正した。
「……静さん」
その声に食卓の空気がわずかに引き締まる。
アリアたちも自然と姿勢を正した。
「いくつか確認させてほしいことがあります」
静は頷き、穏やかな表情のままフレイアを見る。
「どうぞ」
フレイアは言葉を選ぶ
これは尋問ではない
ただ事実を確認したいだけ
「まず前提として――今、教会と各国、冒険者ギルドの上層部では」
一呼吸置いて続ける
「『伝承や古文書にある《守護竜》の存在』を前提にした推測が広がっています」
アリアが小さく眉をひそめる。
「……でも、誰も実物は見ていない?」
「ええ。確認された事実はほとんどありません」
フレイアは頷いた。
「異常な魔力反応と『何かが生まれた可能性がある』という情報だけ」
「そこから皆が勝手に想像を膨らませている状態です」
リーナが腕を組んで低く言う
「情報が少なすぎるから、憶測が一人歩きしてるってわけね」
「その通りです」
フレイアは苦い表情で頷く
「各地で調査隊が派遣され、報告が上がっていますが……どれも決定打に欠けています」
ミレイアは足元のあかねに目を向ける。
あかねはパンの欠片をじっと見つめているだけだった。
興味はあるけれど、食べてもいいのか分からない
といった様子で首を傾げている。
「……少なくとも、この子からは」
ミレイアが静かに言う。
「その手の『脅威』は感じませんね」
フレイアも同意する。
「私もです。だからこそ――」
彼女は視線を上げ、静をまっすぐ見た。
「私が本当に気になっているのは
……別の点です」
◆◆◆
フレイアは一拍置き、核心に踏み込んだ。
「《ルミナ・ヴェール》の四人は教会とルミエール王国が連名で進めている『観測者案件』に関わる人員です」
アリアたちは無言で頷く、その事実は彼女たちも理解している。
「その四人が、現在……」
フレイアははっきりと言った。
「『静さんの専属護衛』のような立場で行動している
……それが私には不自然に見えます」
静は少し驚いたように目を瞬かせる。
「護衛、というか……街に行くための表向きの設定、ですね」
フレイアは静かに続きを促す
「ええ。それは分かっています。でも、周囲から見ればどう見えるか――」
彼女は言葉を選びながら続ける。
「観測者案件の中核にいる四人が、一人の人物に常に付き従っている」
「それはつまり」
フレイアは静の目を見て言った。
「『その人物こそが、案件の主ではないか』そう疑われてもおかしくない、ということです」
食堂に静けさが落ちる
窓の外から、鳥のさえずりが聞こえる。
それだけがこの沈黙を破る唯一の音だった。
フィアが少し不安そうに静を見る。
リーナは腕を組んだまま、静かに思考を巡らせている。
◆◆◆
静はしばらく考え込み、やがて口を開いた。
「……俺は特別なことをしているつもりはないよ」
「ただ、ここで皆と暮らしてるだけ」
その声はいつもと変わらず穏やかだった。
作られた言葉ではなく心からの本音。
「この場所も、この子達も……」
そう言って、ツキとあかねの頭をそっと撫でる。
あかねはくすぐったそうに身をよじり、ツキの陰に隠れた。
ツキは「にゃ」と鳴いて、あかねを優しく受け入れる。
フレイアはその様子を見て内心で思う。
(やっぱり……この人自身が『異質』なのよ)
強大な力を持っているわけではない。
威圧感もない。
その存在そのものが、何かを引き寄せている。
「今のところ、私は結論を出すつもりはありません」
フレイアは穏やかに言った。
「ただ――」
彼女は言葉を選ぶ
「この状況は、いずれ必ず注目されます」
「教会も、王国も、他国も。皆が、この場所に目を向けるでしょう」
「だからこそ、何か変化を感じたら、どんな小さなことでも、教えてください」
静は迷わず頷いた。
「分かりました。約束しますよ」
その返答に嘘はなかった。
フレイアはそれを感じ取る。
「ありがとうございます」
フレイアは小さく息を吐き、表情を緩めた。
「……正直に言えば、私もまだ整理がついていません」
「この屋敷のこと。支配エリアのこと。あの小さな存在のこと」
彼女は少し苦笑する。
「でも、一つだけ確信していることがあります」
「それは?」
静が問い返す。
「静さんは、悪意を持っていない」
フレイアははっきりと言った。
「それだけは、確かです」
アリアが安堵したように微笑む。
ミレイアも柔らかく頷いた。
朝の光は変わらず食堂を照らしている。
世界が探している『何か』と
ここにいる静という人物
フレイアはまだ確信を持てずにいたが――
違和感の中心が静にあることだけは、はっきりしていた。
そして同時にその違和感が『脅威』ではないことも
(この人は……世界を壊そうとはしない)
それがフレイアの出した、今の時点での答えだった。




