第三話 祈りに応えた声、道を分かつ約束
セリナはいつも通り礼拝堂にいた。
朝の光の中で静かに手を組み、祈りを捧げる。
背筋を伸ばし、目を閉じ、心を澄ませる。
いつもの祈り、いつもの朝
その最中――
周囲の音が、ふっと遠のいた。
風の気配も、屋敷の軋む音も消え
清浄な感覚だけが、ゆっくりと満ちていく。
(……?)
胸の奥がじんわりと温かい。
『……聞こえますか、心優しき者よ』
声というより、想いが直接届くような響きだった。
優しく、穏やかで、そして確かに……
『長く、待っていました』
責めることも、急かすこともない。
静かに見守っていたという温もりだけが伝わってくる。
『あなたは、私の言葉を伝える者』
セリナの呼吸が、わずかに震える
『名を持たぬ広き地を見てきなさい』
『導かれし者と……小さき者と共に』
誰の名も呼ばれない。
けれど、その姿は自然と浮かんだ。
静とツキ
『恐れることはありません』
『あなたは独りではない』
最後に、優しく――
『……私の愛しい聖女……セリナ』
その言葉とともに、満ちていた気配は静かにほどけていった。
気づけば礼拝堂は、いつもの静けさを取り戻している。
セリナはしばらく立ち尽くしていた。
胸に残る、確かな温もり
「……セリナ?」
礼拝堂の外から静の声がした。
振り返ると、心配そうな表情の静が立っている。
「なんだか……いつもと違う気がして」
その瞬間、セリナの美しい瞳から涙がこぼれた。
けれど、それは悲しみではない。
ほっとしたような、喜びを含んだ微笑みと一緒だった。
「……静様」
震える声で、けれど確かに――
「聞こえたんです……女神さまの声が
やっと……やっと、聖女として……認められたんです……」
その瞬間、セリナのステータスに新たな表記が浮かぶ
――【ルーナフィリスの聖女】
「……そっか」
静はゆっくり息を吐いた。
「……よかったね、セリナ」
それだけで十分だった。
◆◆◆
朝食後
リビングに集まったのは、静、セリナ、ツキ、
そして《ルミナ・ヴェール》の四人
――アリア、フィア、リーナ、ミレイアだった。
セリナは神託の内容を静かに伝えた。
「……なるほど」
アリアが真剣な表情で頷く
「それなら私たちは一旦、王都のギルドへ報告に戻るわ」
観測者案件――空白地帯
新たな支配エリアの存在
観測の女神ルーナフィリスの加護を受けた結界
そして、『聖女が現れた』という事実
「話すのは必要なことだけにするわ」
リーナが静かに付け加える。
「もちろん、静やツキに余計な注目が集まらないようにね」
静は少しだけ肩の力を抜いた。
「……一番近い街はフォルツ、だったよね」
地図を見ながら、静が尋ねる。
「そうね、順調に行けば屋敷から徒歩で五、六日……そこから先は馬車で2〜3時間ほどね。その後、王都までなら馬車で五日ほどかかるわ」
とミレイアが答える。
日数を聞いた瞬間、静は眉をひそめた。
「野営……か」
そこでオートマッピングを開く
「ねえ……そのフォルツまでの間にも
『休止中』の支配エリアコアがあるみたいなんだ」
地図上にいくつかの印が浮かぶ
「一緒に行って、そこを解放していけば……毎回、屋敷に戻って休めると思う。
危険も減らせるはずだから」
必死に説明する静を見て、四人は顔を見合わせた。
「……そこまで心配されると、断りにくいわね」
アリアが苦笑する。
「でも……ありがたいよね♪」
フィアも、にっと笑った。
こうして一行は『解放 → 帰宅 → 翌朝また解放』を繰り返しながら
フォルツへ向かう道を進んだ。
そして――フォルツに最も近い休止中コアを解放した日
静、セリナ、ツキは屋敷へ戻ることになった。
「報告が終わったら、また戻るわ」
アリアがそう言って手を振る。
「……うん。待ってる」
静は小さく頷いた。
《ルミナ・ヴェール》の四人はそのまま街へ向かう。
屋敷に戻ってから、静はマップ上の光点を確認した。
――彼女たちが、無事でいることを示す印。
それを見てようやく肩の力が抜けた。
世界は少しずつ動いている。
けれど、この屋敷の日常はまだここにある。
この場所は――もう、一人だけの場所ではない。
祈りと、笑い声と
そして温かな日常が満ちる場所へと、変わり続けている。
静はその変化を受け入れ始めていた。
これからもこの場所は変わり続けるのだろう。
世界は――また少しだけ、動き始めている。




