第二話 静が語ること、皆が変わらないこと
礼拝堂を設えた日から、数日が経っていた。
セリナは毎朝変わらず屋敷を清め
礼拝堂で静かな祈りを捧げることを日課としている。
朝の光が差し込む中、背筋を伸ばして手を組む姿は、神聖で美しい。
その背中を邪魔をしないように静は少し離れたところから見ていた。
「……あ、セリナ」
声をかけると、彼女はすぐに振り返る。
「朝食の後でいいんだけど……皆と、リビングに集まってもらえないかな?……ちょっと……話したいことがあって……」
いつもより少しだけ言葉を選ぶ静の様子に
セリナは何かを感じ取ったようだった。
「分かりました」
穏やかに頷き――
「探索へ出る前に、皆に声をかけておきますね」
そう言って、食事の準備へと向かっていった。
◆◆◆
――時は、少しだけ遡る
前夜
静は部屋で一人考え込んでいた。
ツキが足元で丸くなり、ときどき尻尾だけをぱたぱたと揺らしている。
「……ツキ」
返事が返ってこないと分かっていながら、静は小さく声をかけた。
「みんながこの屋敷に来てから……もう、それなりに経ったよな」
ツキは顔を上げ――
「にゃぁ?」
と、首を傾げる。
「やっぱりさ……この屋敷のこととか
俺のこととか、気になってるよね……たぶん」
ツキはよく分からないまま、静の方へにじり寄ってくる。
「みんな、いい人ばかりだし……俺の事とか
屋敷コアのこと……話しても、いいのかなって」
この支配エリアに入れた時点で、敵意や害意がないことは分かっている。
それでも静が怖れていたのは、危険そのものではなかった。
(『普通じゃない』って思われたら……どうなるんだろ)
今の、仲間内の自然な距離感
それがほんの一歩でも、遠のいてしまうこと。
セリナは自分の境遇も
心の内も、隠さず語ってくれた。
アリアたち《ルミナ・ヴェール》も
教会や国に関わる機密に近い話まで、正直に話してくれた。
(……だったら)
静はツキの頭にそっと手を置く
「……俺も……話すべきだよな」
ツキは――
「にゃぁ」
と、特に意味もなさそうに鳴いた。
◆◆◆
――そして、朝食後
賑やかだった食卓が片付けられ、ふとした静けさが訪れる。
その空気に、ほんのわずかな緊張が混じった。
静は姿勢を正し、皆を見回した。
「……ここ数日、皆と一緒に生活しててさ
なんとなく……人となり、分かった気がするんだ」
言葉を選びながら続ける
「アリアたちも、セリナも……
自分たちの目的とか、理由をちゃんと話してくれて、正直……嬉しかった」
一拍置いて――
「俺にも……秘密があるんだ。今さらだけど……
聞いて、もらってもいいかな?」
セリナは静かに頷き、アリアたちは真剣な目で静を見ている。
アリアが先に口を開いた。
「……そんなに悩んでるなら、無理に言わなくてもいいわよ」
それに続くようにセリナも――
「静様が話したくないことを無理に聞こうとは思いません。
けれど……話したいのであれば、私は聞きます」
その言葉に背中を押され、静は、ゆっくりと語り始めた。
――自分が、別の世界から来たこと
――観測者である女神ルーナフィリスに呼ばれたこと
――この屋敷と支配エリアの中枢にある"屋敷コア"の存在
――増改築で生まれた、温泉や部屋、礼拝堂のこと
話し終えた後、しばらく誰も言葉を発しなかった。
沈黙、その中で――
「にゃ~」
ツキがひょいと静の肩によじ登り、頬にすりっと顔を擦りつける。
心配そうに、確かめるように……
その様子に、セリナがふっと微笑んだ。
「……どんな事情があっても」
柔らかな声で――
「静様は……静様のままですよ」
その一言で、場の空気がすっと和らぐ
「セリナの言うとおりよ」
アリアが肩をすくめる。
「静が何者であろうと、私たちが知ってる静に変わりはないわ」
「そうそう!そんな大事な話してくれるってことは
それだけ信頼してくれてるってことでしょ?嬉しいな♪」
フィアがにかっと笑う
「秘密を抱えてたのは、仕方ないわ」
リーナも納得したように頷く
「誰だって、言えないことくらいあるもの
……それに、何となくは分かってたしね」
「それに……静さんが危険な人じゃないってことくらい
もう分かってるし。……私たち、仲間でしょ?」
最後にミレイアがウインクをひとつ
その言葉は
飾り気がなく、まっすぐだった。
驚きも、戸惑いも、きっとあったはずなのに――
そこにあったのは、受け入れるという、静かな意志だけだった。
静は肩の上のツキをそっと撫でながら、小さく息を吐く
――話して、よかった
世界は――また少しだけ、動き始めている。
静かに、だが確実に
この場所は――もう、一人だけの場所ではない。
秘密を共有し、信頼を深め
そして温かな日常が満ちる場所へと、変わり続けている。
静はその変化を受け入れ始めていた。
皆もまた静を受け入れていた。
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