第七話 祈りの居場所と揺れる常識
「静様……私を……ここに置いていただけませんか?
私に出来ることは、何でもします。どうか……お願いします」
その言葉が落ちた瞬間、静の頭の中は、真っ白になった。
(……ちょ、ちょっと待って。
いま、何て言った?「ここに置いて」?
初対面の男に?一緒に?住む?)
表情はどうにか保っている。
だが内心は完全にパニックだった。
心臓が早鐘を打ち、思考が追いつかない。
(いやいやいや、そんなの普通じゃないよね!?
この世界ではアリなの?……いや、さすがに無いよね?
しかも、こんな……かわいい子が言うセリフじゃないでしょ!!)
静の沈黙に周囲もざわつく。
「セ、セリナ?」
最初に声を上げたのは、アリアだった。
明らかに動揺した様子で目を見開いている。
「い、いきなり……どうしたの?」
「えっ……えっ?」
フィアは一瞬状況を飲み込めず、次の瞬間、顔を赤くした。
「セリナ……大胆すぎない!? そ、そういうの……」
リーナは腕を組み、冷静にセリナを見つめる。
(魔力は安定している……錯乱もしていない。
……でも、この選択はあまりに唐突ね)
一方で、ミレイアだけは表情を曇らせつつも理解していた。
(……神託が聞こえたって言っていたものね。
この場所が、セリナにとって"意味のある場所"だってことは……
ただ、言い方が……誤解されやすいわね)
重い沈黙の中、ツキだけが場の空気を知らないまま、首をかしげていた。
「……にゃぁ?」
その小さな鳴き声に、静ははっと我に返る。
――落ち着け。外見だけでも、落ち着いてる大人を演じろ。
静はゆっくりと息を整え、やわらかく微笑む。
「……えっと、理由を聞いてもいいかな?」
セリナは少しだけ胸に手を当て、静をまっすぐに見た。
教会にいた頃のこと
雑音交じりで、意味の分からなかった神託
この地へ近づくにつれ、少しずつ澄んでいった『声』
そして――この支配エリアに足を踏み入れた瞬間
はっきりと聞こえた言葉
教会よりも清らかで
祈りが拒まれないと感じた空気
神気に満ち、聖域と呼んでも差し支えないとすら思えた、この場所
「……私は、教会では神託を受け取れませんでした。
でも、ここでは……祈りが、ちゃんと届く気がするんです」
セリナは、少しだけ言葉を選びながら続ける。
「ここは……私にとって
聖女として在るための場所だと……」
そして、ふと問いかける。
「この屋敷と、その周辺に……
何か特別な"気配"を感じます。
静様は……何かご存じではありませんか?」
静は、その問いに内心で固まった。
(特別な気配……?
……女神、ルーナフィリス?
……いや、まさか……)
だが、それを口にするわけにはいかない
まだ自分でも、全てを理解しているわけではない。
しばらく考え込んだ後、静は慎重に言葉を選んだ。
「……事情は分かりました。
ただ、あまりにも突然で……少し考えさせてください」
セリナの表情が、わずかに揺れる。
期待と、そして少しの不安。
「今日はもう遅いですし、このまま引き返すのも大変でしょう」
静は視線を《ルミナ・ヴェール》の四人へ向けた。
「よろしければ今夜はお泊まりください。
明日にでも、改めてこの件について話しましょう」
アリアたちも、内心ほっとしたように頷く。
今日一日で、色々なことがありすぎた。
「……食事の準備ができるまで、ゆっくりしていてください」
そう言い残し静は立ち上がった。
「私もお手伝いします!」
すぐにセリナが声を上げる。
だが静は、やんわりと首を振った。
「いえ、簡単なものですから、今日は、休んでいてください」
その言葉と同時に、アリアたちへ、ほんの一瞬だけ視線を送る。
(……頼みます)
それを正確に受け取ったアリアは、すぐにセリナの肩に手を置いた。
「今日はお言葉に甘えましょう。少し…話もしたいしね」
静が部屋を出た後、残された五人の空気は静かに変わった。
アリアは真剣な表情でセリナを見る。
「どうして、そこまで……?
初対面の男性と一緒に暮らすなんて……普通じゃないわ」
心配し、妹を見るような目だった。
フィアは頭をかきながら笑う。
「びっくりはしたけどさ、でも……
セリナが本気なのは分かるよ」
「獣人の勘、だけどね。静さん、悪い人じゃなさそうだし」
リーナは慎重に言葉を選ぶ
「あなたの気持ちは分かるわ。でも……相手は若い男性よ
その辺りの線引きは、きちんと考えた方がいい」
最後にミレイアが静かに口を開いた
「……護衛を雇って、定期的に通う、という方法もあるわ。
それなら安全も保てるし……」
だが、セリナは首を振った。
「……違うんです。
ここに"居る"ことに、意味があるんです」
その瞳に迷いはなかった。確信に満ちている。
しばらくの沈黙の後、誰もそれ以上は言えなかった。
――セリナの決意は揺るぎない
その夜、屋敷の灯りはいつもより静かに揺れていた。
世界は――また少しだけ、動き始めている。
静かに、だが確実に
この出会いが、どんな未来を紡ぐのか。まだ誰も知らない。
だが、確かなことが一つある。
この場所は――
一人だけの場所ではなくなろうとしている。
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