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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第三章 導かれし者たちの出会い

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第八話 ほどける距離、温かな匂い

「ツキ、さっきはびっくりしたね……」


静はキッチンに立ちながら、小さく独り言をこぼした。

足元ではツキが尻尾をゆらりと揺らしながら見上げている。

金色とも紫ともつかない瞳が、静を見つめている。


「みんながうまく話してくれればいいけど……もし、あの子がここに住むことになったら……どうしようか?」


ツキは意味を完全に理解しているわけではない。

けれど静の声色から何かを感じ取ったのか、楽しそうに鳴いた。


「にゃ、にゃ、にゃ~」


「……悪い子じゃなさそうなんだよな。 雰囲気っていうか……佇まいっていうか、なんだろう、ちょっと惹かれる感じがしてさ」


ツキはその言葉に応えるように、さらに機嫌よく鳴いた。

尻尾を大きく揺らし、静の足に体を擦りつける。


「よし、考えても仕方ないし……とりあえず夕飯にしようか」


人数は多い

五人分の食事、一人暮らしでは作ったことのない量だ。

静はステータスを開き、《再購入》の一覧を眺める。


「……こういう時は、定番かな」


選んだのは香りで人を幸せにする料理――

カレーだった。


日本にいた頃に何度も作った料理。

失敗が少なく誰にでも喜ばれる。


食材を揃え、手際よく調理を進める。

魔力炊飯器で白米を炊き、念のためパンも用意する。

異世界の人がご飯を食べられるかわからないので、選択肢は多い方がいい。

静の気遣いは無意識のうちに滲み出ていた。


◆◆◆


その頃、リビングでは皆が思い思いにくつろいでいた。

突然、フィアが鼻をぴくりと動かす。


「……ん?すごく……美味しそうな匂いがするよ!」


「本当?」


アリアは半信半疑だったが、フィアの様子を見て苦笑した。


「フィアが言うなら、間違いないわね」


やがて、静が声をかけに来た。


「お待たせしました。食事の準備ができましたよ」


皆でダイニングキッチンへ向かう

そこに並んでいたのは、今まで見たこともない料理だった。

茶色いとろみのあるソースが、白い米の上にかかっている。


「【カレー】って名前の料理です。簡単で申し訳ないんですが……」


静は少し照れたように言う。


「たくさん作ったので、良ければお代わりもどうぞ。ご飯とパンもあります。お好きな方で」


「……これが、カレー?」


湯気と共に立ち上る香りに、全員の視線が釘付けになる。

スパイスの複雑な香り。甘く、辛く、そして食欲をそそる匂い。


最初に手を伸ばしたのはフィアだった。


「いっただきまーす!」


ひと口


「……おいしー!!ちょっと辛いけど……最高!!」


それにつられて、皆も食べ始める。


「本当に……」


アリアは驚いたように目を細めた。


「色々旅をしてきたけど……こんな美味しい料理、初めてね」


「複雑で……癖になる味だわ」


リーナも感心した様子で頷く。


「森の恵み……香辛料がふんだんに使われているのね」


ミレイアは静かに味を確かめていた。


セリナは何も言わずに食べていた。

その表情はとても分かりやすい。


――幸せそうだった


(……どうして、こんなに短時間で……私、料理は得意だと思っていたけど……)


ふと、そんな考えが浮かぶ。


(もし……ここに居させてもらえるなら、この料理、教えてもらえないかな……)


炊き出しをしていた街の人たちの顔が、自然と脳裏に浮かんだ。

この料理をあの人たちにも食べさせてあげたい。


◆◆◆


食後、ソファに沈みフィアは完全に動けなくなっていた。


「……食べたいのに……もう無理……」

「自業自得ね」


リーナは呆れつつも、楽しそうに笑う


「それにしても……不思議な場所ね」


アリアがリビングを見回す。


「さっきの食事もそうだけど……ここには見たことのないものばかりね。貴族の屋敷とも、魔術師の工房とも違う……」


「魔力で動いているようで……でも、魔道具とも違う。見たことのないものばかりね…正直、すごいわ」


リーナは興奮を隠しきれない様子


「本当、居心地も良いし、長居したくなるわね」


ミレイアも頷いた。

しばらくして、アリアが真剣な表情になる。


「……セリナのことだけど」


皆が顔を向けると――


「もし、セリナがここに残ることになったら……皆が良ければ、私たちもしばらく滞在させてもらわない?」


「賛成!!」


フィアが即答する。


「私も」


リーナが頷く。


「セリナのことも心配だし……正直、ここの設備も気になるわ」


「ええ」


ミレイアも同意した。


「静さんは良い方だけど……やっぱり心配よ」


「依頼は?」


ミレイアが確認する。

アリアは少し考えてから言った。


「空白地帯の調査……多分、ここが目的地ね。迷惑がかからない範囲で報告して、周辺を調べればいい」


皆が静かに頷く。


◆◆◆


一方、キッチンでは――


「……え?」


セリナが蛇口に手を伸ばし目を丸くした。


「お湯……出るんですか?」


「はい」


静は少し照れたように笑った。


「この屋敷、設備が色々揃ってて……便利なんですよ」


冷蔵庫や調理器具を見て、セリナは何度も驚く。


「……すごい……」


静はその様子を少し嬉しそうに見ていた。

初めて誰かにこの屋敷の便利さを共有できる。

それが嬉しい。


◆◆◆


その夜

屋敷の灯りは、いつもより多く灯されていた。


まだ答えは出ていない。

けれど――それぞれの心の距離は、確かにほどけ始めていた。


世界は――また少しだけ、動き始めている。

静かに、だが確実に


この出会いが、どんな未来を紡ぐのか。

まだ誰も知らない。


確かなことが一つある。

この場所は――

もう、一人だけの場所ではない。

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