第三話 毛糸と手仕事の夜
パチパチと暖炉の中で爆ぜる薪がリビングに心地よい音を響かせていた。外は相変わらず雪が降っているが、屋敷の絨毯の上には、この間フォルツの領民たちから譲り受けた良質な羊毛の毛糸が色とりどりの山を作っている。
「アリア、そこは一度針を後ろに回してから、糸をすくい上げるのよ」
ミレイアが流れるような手つきで編み棒を動かしながら、隣のアリアへ優しく声をかけた。アリアは「防寒具が一つ増えるなら悪くないわね」と口では言いつつも、いつになく真剣な目つきで編み針と格闘している。
「あはは、アリアの針、なんだか剣の構えみたいに力が入ってる!」
フィアがミレイアの膝元でクスクスと笑う。「編み方が分からない」と言いながらも、ミレイアに手元を支えられて少しずつ毛糸を繋げていた。そのすぐ横ではハルが「ひゅん」と短く鳴いて、毛糸玉の一つにちょこんと前足を乗せて遊んでいる。
「ハル、それは編む分だから遊ばないで」
フィアが苦笑しながら毛糸玉をそっと取り上げると、ハルは「ひゅるぅ」と少し不満そうに鳴いてフィアの膝に乗った。
少し離れた場所では、リーナが手帳を広げ、羽ペンで細かく編み目の図解を書き留めている。
「……編み物は魔術の構成式と違って、手の加減一つで理論通りにいかないから苦手よ。でも、この規則性自体は興味深いわね」
リーナの足元では、マルが毛糸の山の中にすっぽりと埋まって「ぷぅ」と鳴いていた。柔らかい毛糸の感触が気に入ったらしく、時折前足でふみふみと毛糸を押している。
「……マル、それは編む前の毛糸よ。せめてもう少し丁寧に」
リーナが呆れたように言いながらも、マルを毛糸の山から引き上げることはせず、そのまま手帳に視線を戻した。
暖炉の特等席では、セリナがミレイアに教わりながら、静かに編み棒を動かしていた。生成り色の毛糸はまだ不揃いな編み目を残していたが、それでも少しずつ形になり始めていた。
「静様にも……何か温かいものを作れたら嬉しいですね」
セリナの口からほんのりと零れ落ちた小さな呟き。その言葉に含まれた淡い灯りのような温度にミレイアは気づいた。ミレイアは誰にも聞こえないほどの優しい声音で、「そうね。きっと、すごく喜んでくれるわ」と微笑み、それ以上は何も言わなかった。
編み針を動かすセリナの指先に、どこかひたむきで丁寧な力が宿るのを、ミレイアは愛おしそうにそっと見守っていた。
リビングの奥、台所からは何やら香ばしいお砂糖の匂いが漂ってきている。静は冬の保存食の仕込みと並行してお茶の準備を進めていた。先日の老職人の醤をすくい取り、お砂糖と牛乳、卵を合わせて、とろ火でじっくりと器を温めていく。その甘く深みのある匂いに釣られて、暖炉の前で丸くなっていた幼体たちが一斉にそわそわと首を巡らせ始めた。
◆◆◆
「よし、これで編み上がりね!」
アリアが、ついに一本の小さな腹巻きと、手のひらほどの帽子を編み上げた。ちょうど夕日の色をした毛糸で編まれたそれは、あかねのサイズにぴったりだった。
「あかね、ちょっとおいで」
アリアが手招きすると、あかねは「きゅぅ?」と首を傾げながらぽてぽてと歩み寄ってくる。アリアの手によって、オレンジ色の小さな腹巻きを優しく巻かれ、頭にちんまりとした帽子を被せられたあかねは、自分の格好がよく分からないまま、その場でくるりと一回転した。
「……っ、こら、笑わないでって、駄目ね。可愛すぎるわ」
最初に吹き出したのは、作った張本人のアリアだった。あまりの愛らしさに思わず顔を押さえるアリアの足元で、あかねはタイミングよく「きゅ!」と誇らしげに鳴く。リビングに一斉に温かな笑い声が広がっていった。
◆◆◆
そこへ、静が湯気の立つトレイを手に、のんびりとした足取りでやってきた。
「みんな、お疲れ様。新しいおやつができたから、一度手を休めてお茶にしようか」
テーブルに並べられたのは、小さなガラスの器に入った、琥珀色のソースが艶やかに輝くプリンだった。
「静、これは……?」
リーナが不思議そうに覗き込む。静は嬉しそうに微笑んだ。
「この間の醤キャラメルをヒントに作ってみたんだ。醤を使った特製プリン。醤のコクが、プリンの甘さを引き立てて、みたらし風の深い味になってると思う」
「うん、上手くできて良かった。……よし、これはかなりの自信作だから、一番綺麗なものを先にお供えしてこようかな」
静がそう言うと、セリナがすぐに立ち上がった。「私もご一緒させてください、静様」。その隣へ、ツキも当然のようにぽてぽてとついてくる。
三人は静かに廊下を渡り、屋敷の奥にある小さな礼拝堂へと向かった。冬の澄んだ光がステンドグラスを通して床に淡い影を落としている。
静は一番綺麗に出来上がったプリンを祭壇へとそっと置き、一歩下がった。セリナがその横に立ち、両手を胸の前で合わせて目を閉じる。ツキも隣でお行儀よく座り、額の結晶をちいさく瞬かせていた。
「ルーナフィリス様。今日は、醤を使った特製のプリンができました。静様が新しいお菓子を作られました。どうぞ、お召し上がりください」
セリナの声が静かな礼拝堂に響くと、祭壇の上のプリンをふわりと柔らかな光の粒子が包み込んだ。湯気を立てていた琥珀色の器は、跡形もなく、すっと綺麗に消え去っていく。
「今回もしっかりと届いたみたいですね、静様」
セリナが穏やかな笑みを浮かべて振り返る。静は「うん」と優しく頷き、ツキの頭をそっと撫でた。
「にゃ」
ツキが短く喉を鳴らした。
◆◆◆
リビングへ戻ると、テーブルにはプリンが他のメンバーの分だけ残されていた。みんなが一口スプーンで口に運んだ瞬間、心地よい沈黙が訪れる。
「……美味しい。ただ甘いだけじゃなくて、大地の味がするわ」
アリアがしみじみと呟いた。
「静、これ天才的じゃん! おかわりある!?」
フィアが身を乗り出すと、肩の上のハルが「ひゅるぅ!」と同調するように羽を揺らした。
「体に染みる温かい甘さね」
ミレイアが目を細めると、膝の上のルゥが「くぅ」と満足げに喉を鳴らす。
「醤とプリンの組み合わせ、記録しておかないと」
リーナが手帳を開きながらも、まずスプーンを動かして一口味わう。足元のマルが「ぷぷぅー」と得意げに鳴いて、自分の分の小さな器に鼻先を寄せていた。
「みんな気に入ってくれて良かった」
静がのんびりと笑いながら、空いた器を片付け始める。
「静様、これ、フォルティナさんたちにもお届けしたら喜ばれそうですね」
セリナが嬉しそうに言うと、静は「うん、今度のお出かけで持って行こうか」と頷いた。
暖炉の前では、編みかけの毛糸がまだ色とりどりに広がっている。今夜のうちに、もう少し編み進められるだろうか。あかねの腹巻きと帽子は、すでに本人のお気に入りになったようで、あかねは脱がされそうになると「きゅ!」と抗議するように鳴いた。
領民たちから貰った毛糸が、みんなの手仕事を通じて温かな防寒具になり、新しく貰った醤が、屋敷の技術で美味しい笑顔とお供えに変わる。そんな優しさの循環が、冬の静かな夜の屋敷でまた一つ、確かに形を結んでいた。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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