思い出
【人物】
藤原夏良 主人公 27歳。 10歳の時、高熱から前世の記憶がよびおこされる。 父親は桓武天皇。養父が藤原冬嗣。藤原北家。良岑安世の名をもらう。
坂上田村麻呂 生没年:758〜811
平安時代の公卿、武官。4代の天皇に仕えて忠臣として名高く、桓武天皇の軍事と造作を支えた一人であり、二度にわたり征夷大将軍を勤めて征夷に功績を残した。薬子の変では大納言へと昇進して政変を鎮圧するなど活躍。死後は嵯峨天皇の勅命により平安京の東に向かい、立ったまま柩に納めて埋葬され、「王城鎮護」「平安京の守護神」「将軍家の祖神」と称えられて神将や武神、軍神として信仰の対象となる。
結婚後の物語の流れを止めないために記載していなかったが、重要な人物との思い出を書くことにした。
少し遡り、811年 弘仁2年1月20日 桜が懐妊する少し前である。(エピソード45)
正月から来ていた渤海使を朝堂院の南にある朝集院にて宴を行った時のことである。
朝集院での宴では渤海使、高南容との宴で坂上田村麻呂氏は高南容氏と話していた。その時、帝からの依頼で、渤海から来ていた衛士と組手をするのであった。
50過ぎの官僚とは思えないほど圧倒的な洞察力で相手の攻撃を受け流し、全く攻撃が通らない衛士は感服して降参したのであった。
「さすが、征夷大将軍ですね」手拭いを差し出す藤原夏良。
「いやいや経験の差でしょう」
「藤原夏良殿も立派になられましたね。つい先日には、一緒に蝦夷討伐に出かけたのを思い出します。今じゃあ従三位ですもんなあ。恐れ入る」
「いえいえ、坂上将軍にも色々と教えていっただかねばなりません」
「そういえば、二郎丸の部下だった継人が今は物部匝瑳足継としているそうじゃないか。」
「ええ、陸奥の軍備の底上げに活躍しています。今は鎮守府将軍となっています」二口の実働部隊でもある。
「そうだ。近衛の時に優秀な武官であった、三諸綿麻呂を紹介しておこう。」
文官の格好をした者を手招きした。
「あ、文室大蔵卿で?」藤原夏良が確認する。
「ありゃ。改姓したのかね?」近寄る文室綿麻呂に聞く。
「ええ、説明しておりませんでしたが、祖父の姓名に戻しました。三諸姓だとどうも疑惑がついて回るので」
「苦労するのう」
文室綿麻呂の父親である、三諸大原氏は元々坂上将軍の部下で、常陸守の時に20万束の横領をしている。今で言う600トン分であるが、処罰されていないことから、疑惑が多く残っている
「良岑安世です。お見知り置きを」
「こちらこそよろしくお願いします。陸奥守には今後ともお世話になると思いますので」
現在、文室綿麻呂氏は陸奥出羽按察使である。
3ヶ月後に文室氏に将軍を引き継ぐとはこの時誰も思ってもみなかった。
将軍として常に第一線にいた文字通りの征夷大将軍であった。
この後、坂上田村麻呂将軍は豌豆瘡(天然痘)にかかってしまう。
明らかに渤海使の一団に保菌者がいたのだろう。
二口の医療部隊が栗栖村の坂上将軍別荘に治療に参加したが、状況が悪く改善できなく、5月に亡くなる。
墓地として3町を下賜された事が記録に残っている。現在、「坂ノ上田村麻呂公園」と横にお墓がある場所である。
京都にお寄りの際に是非御参りください。
但し、住宅街の中にあるので、お静かに願います。




