48.正三位②
【人物】
藤原夏良 主人公 26歳。 10歳の時、高熱から前世の記憶がよびおこされる。 父親は桓武天皇。養父が藤原冬嗣。藤原北家。良岑安世の名をもらう。
藤原内麻呂 生没年:756-812 奈良時代から平安時代初期にかけての公卿。藤原北家、大納言・藤原真楯の三男。官位は従二位・右大臣。
811年 弘仁2年10月
記録では良岑安世の領地として陸奥5万町が下賜された。実際には開墾が進み、20万町程にはなっていた事を当時の人は知らない。
二口に顔を出すと、空海が教鞭を行っており、人だかりが出来ていた。
豌豆瘡今で言う天然痘と麻疹の知識である。
両方とも免疫がある人による治療と適切な漢方薬の使用についての教えである。
「豌豆瘡については、人の膿や牛の膿を人の傷に塗り込む方法による予防法が唐から伝わっているが、人々の恐怖心により普及していないのが実情です」
手を挙げる僧侶。「麻疹については?」
「どちらの病気も隔離が最重要で、一度かかった経験のある者による治療が一番であります」
麻疹は空気感染すると言ってもこの時代には違いが分からないため、治療方法のみ空海和尚に説明をしてもらっている。
薬学や治水についても簡単な説明をして、基本的な知識を広めてもらっている。
「お久しぶりです」空海和尚が合掌挨拶した。
「全国行脚は順調ですか?」
「密教とともに広められています。行脚する中で、紀伊国高野山に良い場所を見つけました。良い気が集まる場所で、修行に良さそうです」
「是非、修行の中心にすると良いですね。ここも引き続き利用してください。」
812年 弘仁3年3月
家に帰ると京子が出迎えてくれた。
「いよいよ、生まれそうですよ。雪子さんが産気づくと桜さんも産気づき、仲良く生まれそうですよ。子供が生まれると賑やかで良いですね」
そのような中で、二口から伝言が来た。祖父の内麻呂が麻疹の疑いで隔離された情報である。
二口所属の和尚で組織された麻疹治療団を派遣した。
我が家には長松と宗貞の二人が家族として加わった。雪のかかる松を見て長松。宗貞は空海和尚の名付である。
そして高子妃には善姫親王が生まれた。
812年 弘仁3年9月
祖父の内麻呂は全快した後、政治から退きたいと上奏したが受け入れられていない。
『九月丙子、右大臣従二位兼行左近衛大将藤原朝臣内麻呂縁病上表、辞職曰〜中略〜優詔不許』(日本後記10巻より)
その後10月6日『辛卯、右大臣従二位藤原朝臣内麻呂薨』亡くなった。事になっている。
辞意を受け止めてもらえず、隠居する事に。
父冬嗣に後を託し、陸奥の山奥、今で言う仙台の辺りに隠居した。
雪子と桜が産後の休暇として寒い中ではあるが、暖かくするように従者を多くつけて祖父と一緒に休んでいる。祖父は曾孫と一緒に過ごせて幸せそうである。
その夜、京子から懐妊の報告を受けた。
「ありがとう。一層賑やかになるね」
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