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ストリングス  作者: 不覚たん


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14/23

遺伝子が先か、模倣子が先か

 壁の薄い場所を探して、俺たちは歩を進めた。

 前回、この階層ではカナリアに遭遇した。今回はいない。オニゲシに会うとすればこの先になるだろう。たぶん。


 ふと、間宮氏が足を止めた。

「そういえば、まだ遭遇していないかもしれないので、先に説明しておきます」

「えっ?」

 なんでもいいが、俺のメンタルを削るのだけはやめてくれよ。


 彼女は無表情でこちらを見ていた。

「この世界で遭遇するのは、故人だけではありませんよ」

「えっ?」

「模倣子というものは、生命活動の余波です。現実での活動が、すべてここにフィードバックされます。つまり、存命中の人間にも遭遇する可能性があるということです」

「はい?」

 木下さんがうろついてる可能性もあるのか?

 あるいは俺の親類縁者も?


 彼女は愉快そうに笑った。

「とはいえ、自分自身に会うことはありません。自分に関するすべての情報は、いまここにある自己に集約されますから」

「それは不幸中の幸い、かな……。ほかに気を付けるべきことは?」

「どんな相手であれ、危険を感じたら、先手を打って殺害することです。心配はご無用。実際には誰も死にませんから」

「俺の苦手分野だな」

「その道のプロでしたよね?」

「組織に強要されてただけだよ。プロと呼べるようなレベルじゃない」

 この女と違って、専門的な戦闘の訓練は受けていない。

 現場でいくらかのことを学んだだけだ。

 俺の得た学びは、「素人同士なら、強気にいくだけで意外となんとかなる」だ。相手がプロのときは知らない。きっと俺が死体になる。


 ブロロ、と、エンジン音が聞こえてきた。


 俺たちはいつの間にか福島の廃工場にいた。

 迫ってくるエンジン音は、巨大なショベルカーのものだった。

 その黄色い車体を見た瞬間、俺は理解した。


 過去に手をかけた人間が、俺に復讐しようとしている。


 ヒュッと鋭い音がして、矢が放たれた。が、その矢は重機のフロントガラスに直撃し、あっけなくどこかへ逸れた。


「死ね……死ね……」

 血走った目の運転手は、そんなことをつぶやいていた。俺を轢こうと躍起になってアクセルを踏み込んでいる。


 ああ、空が白い。

 いつ雪が降り出してもおかしくない。


 重機のスピードはのろかった。

 俺は、そのまま殺されてもよかったのかもしれない。だが、申し訳ないが、まだすべきことがあるのだ。


 彼には両親もいたはずだが、この場には来ていない。

 男は単騎。

 執念で俺を殺しに来ている。


 重機はのろいだけでなく、小回りが利かない。

 こちらがちょっと脇にそれただけで、いちいち大仰にUターンするハメになる。


 俺は銃を取り出さなかった。

 その代わり、体内の小型オルガンを起動させ、すれ違いざま重機の鉄を分解した。さすがに全部は破壊できない。それでもシャーシの周辺をトばしてやれば、すぐさま走行不能になる。


 ガガガーッと金属の食い合う音がして、重機は傾いた。馬力の強いエンジンは止まっていない。アクセルを踏んでも音が強くなるだけ。

 男は「動け! 動け!」と意地になってアクセルを踏んだ。


 強い殺意を抱いたまま死んだせいか、ずっとこんな調子なのだろう。周りが見えなくなってしまっている。

 俺のせいだ。

 俺のせいで、彼は、死後も怒りの炎にさいなまれている。

 きっと彼を殺しても解決しない。

 殺したところで、またこの世界のどこかで再生して、同じことを繰り返すはず。


 男が憤慨しながらドアを開け、重機から降りてきた。その瞬間、彼の頭部に矢が突き刺さった。男はぶるるっと痙攣しながら崩れ落ちた。


 間宮氏が溜め息をつきながら寄ってきた。

「もっと効率的に戦えましたよね?」

「躊躇があった」

「この方とどんな関係だったかのは尋ねませんが……。どんな手を尽くしても、彼は救えませんよ」

「分かってる」

 いや、きっと分かっていない。

 分かっていたら、躊躇せず、もっと効率的に戦ったはずだ。


 彼女もそれ以上は俺を責めなかった。代わりに、どこか遠くを見つめ、目を細めた。

「でも妙ですね。この手の人間が、壁を超えた先に出てくるなんて」

「そういえばそうだな。声の素質があるわけでもないのに、なぜ?」

「誰かの差し金でしょう」

「オニゲシが?」

 俺の問いに、彼女はどこか哀しそうな笑みを浮かべた。

「違うと思います」

「じゃあ誰が?」

「さあ」

 分かってて黙っている顔だ。

 あきらかに俺に気をつかっている。

 ということは、おおかたマキナが犯人なのだろう。


 マキナは俺を遠ざけようとしている。

 俺が憎いからか?

 ムリもない。俺は母親もろとも彼女を殺そうとした。しかもそのせいで、彼女は正常に生まれることができず、水槽に閉じ込められるハメになった。俺を八つ裂きにしたくて仕方がないだろう。


 また夜空に、ぼんやりとしたふたつの月があがった。

 これは俺へのメッセージなのかもしれない。

 意味までは分からないが。


 死体が消えたので、間宮氏は矢を回収した。

「木下さんからは、言わなくていいと言われているのですが……」

「えっ?」

「言いたくなったので、言ってしまいます。娘さんは、あなたを愛していますよ。だけど、会ったら最後になってしまうから、会いたくないんです」

「……」

 オルガンを壊せば終わる。

 そう安易に考えて仕事を引き受けた。

 だがそれは、マキナの殺害とイコールだった。

 とはいえ、ここは模倣子の世界だ。殺したり壊したりしたところで、簡単に問題が解決するとも思えないが。


「もっと教えてあげましょう。あなたのオルガンには、すでに娘さんのコードが仕込まれています」

「コードって?」

「有機周波数ですよ。遺伝子と模倣子を変換する際に使用するもの。変換時に異様なコードを紛れ込ませれば、完全に破壊することさえ可能です」

「は、破壊?」

「この世界から、娘さんを消し去ることです。いえ、消し去るというより、バラバラにして無意味な情報にしてしまう、というのが正確ですね。あなたの小型オルガンは常に周波数を受信していて、一致するコードを検出したら自動的に発動するようになっています」

「ちょっと待ってくれよ……」

 溜め息しか出そうになかった。


 だが、そうだ。

 だからこそ、十二番は真相を言わなかったのだ。

 そのほうが成功率があがるから。

 彼女の判断は正しかった。


 思考が停止したまま、言葉が出てこなかった。

 どいつもこいつも。

 人として、そんなことをして平気でいられるのか?

 正気を疑う。


 俺は自分を善人だなんて思っていない。

 だけど、これはいくらなんでもダメだろう。


「どうやったらこの装置を取り出せるんだ?」

 俺の体内に埋められた小型オルガンが、急に忌まわしく思えてきた。

 これを引きちぎってどこかへ破棄したい。

「外したら死にますよ? この世界で死んだところで、どうせ生き返ってもとに戻るだけですけど。もし現実世界でやれば……。まあ、普通におしまいですね。でも、それは誰も望みませんよね?」

「俺が望んだとしたら?」

「私が止めますよ」

 表情ひとつ変えずそんなことを言う。

「止める? あんたにそんなことする筋合いが……」

「ありませんね。けど、私だって、なんの覚悟もなくタネ明かしするほど愚かではありませんよ」

「なら、なぜ……」

「あなたはひどく理屈っぽい人ですが……。それだけに、モノを考えるのは苦手ではないでしょう? だから、自分で考えて結論を出したいだろうと思いまして。考えるためには情報が必要ですよね?」

「おそらく感謝すべきなんだろうな。けど、いまは言葉が出てこない」

「大丈夫ですよ。じっくり考えてください。敵が出てきたら私が殺しますから」


 敵に回したくない女だ。

 だが、味方としても手に余る。

 どうしようもない猛獣だ。


「あ、ここ。壁が薄いですね」

「きっと向こうにオニゲシがいるぜ」

「かもしれません。さ、魔法のステッキをどうぞ」

「ああ……」

 バカみたいだが、ここではそうしないと壁が開かない。

 俺は魔法のステッキをぶんと振った。

 空間が裂けて、グルグル模様のワープゾーンが現れた。


 *


 昼。

 つぎはぎだらけの世界。


 オニゲシは公園のブランコに座っていた。

 ずいぶん離れた場所からでも、彼女の怒りは伝わってきた。


 間宮氏は矢筒から矢を一本とりながら、こう言った。

「その魔法のステッキ、バリアにもなりますよ」

「えっ?」

「攻撃の気配を感じたら、すぐに使ってください」

「攻撃の気配って?」

 いや、分かる。

 いまだ。

 憎悪が襲い掛かってきている。

 俺はステッキを振った。すると正面に迫っていた斬撃が、バチィと魔法のシールドに弾けて消えた。


 間宮氏は駆け出していた。走りながら矢をつがえ、放った。

 矢はヒュンと甲高い音を立てて飛翔し、オニゲシの足へ深々と突き刺さった。


「ぎぃッ」


 苦し紛れに再度放たれた斬撃が、間宮氏のすぐ脇をすり抜けてビルの一部を切り裂いた。それと入れ替わるように、別の矢がオニゲシの肩口を貫いた。


 それから、おそらく一分もかからなかっただろう。

 四肢に大量の矢を受けたオニゲシは、もはや反撃もできないほど消耗し、身動きがとれなくなっていた。それでも生きている。間宮氏が急所を外したせいだ。


「殺せ……」

 オニゲシは口から血を噴きながら、手負いの狂犬のように吐き捨てた。

 残酷な光景だ。

 俺はこんなふうに生かしておくのは好きじゃない。命を奪うにしても、せめて苦しまずに死んで欲しいと思う。


 間宮氏は、しかしすました顔をしていた。

「普通に殺したところで、どうせまた生き返ります。そこで、間宮の術を使います。傷口がふさがらなくなる術です」

「えっ?」

 俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。

 未来を予想できてしまった。

 オニゲシはここで動けなくなったまま、激痛に苦しめられ、永遠にのたうつことになる。


 間宮氏は平然としていた。

「えっ、じゃありませんよ。彼女は純粋な模倣子です。生命ではないんです。同じ情報のまま何度でも再生します。苦しみを感じることもありません」

「そんなわけないだろ」

 いま足元に転がっている少女は、あきらかに苦しんでいた。呼吸さえつらそうだ。

 ただの模倣子だとしても、放ってはおけない。

「あまり私を失望させないでくださいね。あなたは、これから自分がなそうとしていることの重大さを、きちんと理解していないのですか?」

「してないよ、たぶん」


 ブランコ脇に、いつの間にかテレビが置かれていた。

 それが勝手についた。

 ニュース番組が、謎の生物の大量発生について報じていた。


「これは私たちの世界の様子です。ワームホールが開いてすぐは、さほどの浸食もありませんでした。ですが徐々に……あるときから急速に、影響を及ぼし始めました。見てください。この魚。まるで爬虫類のように手足が生えている。模倣子の影響です」

 すでに実害が出ているのか。

 俺が返事をできずにいると、彼女はこう続けた。

「じつは私たちは、根本的な誤解をしている可能性があるんです」

「誤解?」

「模倣子というものが、遺伝子から生じた、という誤解です」

「は?」

 違うのか?

 模倣子というのは、俺たちの生命活動によって生じたものなんだろう?


 *


 彼女の話はこうだ。


 惑星が誕生すると、その回転によって、通常のエネルギーとは異なるエネルギー空間ができあがる。

 遺伝子の世界と模倣子の世界が分かれるのだ。


 そしてまず、模倣子の世界で生命が誕生する。

 あたかも惑星というタマゴから生命が誕生するかのように。


 模倣子の世界から、遺伝子の世界へ生命がやってくる。

 もし生存可能な環境があれば、生命は活動を始める。


 やがて生命は、ああなりたい、こうなりたいと願うようになる。するとその姿が模倣子の世界へフィードバックされ、そこから遺伝子へ還元される。

 それこそが進化なのだと。


 ただ、ワームホールは基本的に閉じており、互いへの影響を最小限に保っているのだという。

 それが今回、強引にこじ開けられた。

 生態系への影響は、計測不能なレベルになるかもしれない。


 *


 間宮氏は肩をすくめた。

「あくまで仮説ですよ。私も受け入れていませんし。ただ、もしこの仮説を信じるなら、生命がどこから来るのかという問いに結論が出ます。そして結論を急ぐ人たちは、この説を支持したがっています。急ぐ必要があるとは思えませんが」

「あー……はい。なるほど……」

 正直、ひとつも受け入れられないが。

「模倣子の世界って、火星にも水星にもあるみたいですよ。ただ、現実のほうで生存できないから、生命が存在できていないだけで」

「どうやって観測したんだ?」

「いるんですよ、容赦なく薬を投与して人体実験する悪い大人たちが。どことは言いませんが」

 アメリカだろうな。

 いや、どうしてもアメリカを悪く言いたいわけじゃない。

 ただ、そんな技術を有しているのはアメリカだけなのだ。いま日本人が持て余している技術も、アメリカからもたらされたものだ。


 オニゲシはまだ悶え苦しんでいる。

 俺は彼女を救えないのか。


「本題に戻りましょう。あなたが決断を渋れば、それだけ世界に被害が出る、ということです」

「べつに知ったこっちゃない」

「それでも前へ進みますよね?」

「……」

 そうだ。

 俺はマキナに会わねばならない。


 間宮氏は印を結んでいる。

「承諾があればいつでも施術します」

「やってくれ」


(続く)

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