十人十色
また景色が一変した。
パステルカラーの壁紙の部屋だ。
シスターズが個人用ソファに腰をおろしている。
会ったこともない少女たちなのに、存在がやけにハッキリしている。どの子も木下さんの面影がある。
ここは保育課だ。
それはいいが……。
ソファの後ろに隠れた自称ヒミコが、警戒するようにこちらをうかがっていた。自分で俺たちを召喚しておいて、いったいどういうつもりだ?
俺は間宮氏に教えてやった。
「あれが自称ヒミコだ。ずいぶん長いことここにいるみたいだぜ」
「そうですか」
すると自称ヒミコは、ひょこっと顔だけだしてこう尋ねてきた。
「カカさまか?」
誰だ?
なにがしガガなら名前くらいは知っているが。
自称ヒミコの髪型はソフトクリームだから、せっかく体を隠していても、頭部の大部分が飛び出してしまう。彼女は一度こちらへ出てこようとして、また隠れてしまった。
「カカさまではないのか? どっちじゃ?」
すると間宮氏は溜め息まじりに「なるほど」とつぶやいた。
「私はあなたの母親ではありません」
「でも似てる」
「あなたの母親は、こんなにまっしろだったのですか?」
「記憶は曖昧じゃが……。それでも分かるのじゃ。カカさまと同じ気配じゃ」
この自称ヒミコは、間宮氏のご先祖かなにかなのだろうか?
明らかにご先祖のほうが幼いが……。深く考えるのはやめよう。
自称ヒミコはおずおずと姿を現した。
「わしはトヨじゃ。イヨでもよいが。どうせおぬしらには発音できぬから、どちらでもよいぞ」
「私は間宮朔。もし私がお母上に似ているというのであれば、遠い親戚かもしれませんね」
「うむ」
誰だか分からないが、やっぱりヒミコではなかった。
時空を超えた感動の再会なのかもしれないが、俺はあえて割って入った。
「すみません。じつは例のステッキは紛失してしまいました」
「知っておる。じゃが代わりはやらぬぞ。自分で回収するのじゃ」
「なら、なぜここに呼んだんです?」
「カカさまと話がしとうての」
その確認のために呼んだのか。
せっかく便利アイテムをもらえると思ったのに。
自称ヒミコあらため自称トヨは、おずおずとこうつぶやいた。
「のう、カカさま。感覚を他人と共有したからとて、子を孕むことはないぞ。妙なことを言ってこの男をからかうのはやめるのじゃ」
「でもワンチャンあると思ったので」
間宮氏は真顔でそんなことを言う。
トヨは溜め息だ。
「カカさまの姿でそんなことを言われるのはつらいのぅ。わしの中の美化されたおもひでもボロボロじゃ」
「ごめんなさい」
いたたまれない会話をしないで欲しい。
*
苦情だけ言われて解放された。
進展はない。
まあとにかく、神社に行くのだ。間宮氏は自力で壁を超えられる。そしたら彼女にオニゲシをぶち殺してもらって、魔法のステッキを回収してもらうという手もある。なにせ彼女は、戦闘においてはどこの誰よりも頼りになる。
研究所を出て、駅前を歩いた。
あいかわらず白いもやだらけ。姿は特定できない。俺にとっては有象無象だが、声の素質があれば、誰がどんな顔をしているか分かるのかもしれない。
他人がもやにしか見えないというのは、ずいぶん尊大な感じもするが……。この世界では、適性がなければ、他人を認知することもできない。
「ところで、奥さまについてですが」
間宮氏にそう切り出されて、俺はつい顔をしかめた。
「結婚してない」
「めんどくさいですね。結婚してるようなものじゃないですか?」
「してない。する予定もない。それで? 木下さんがなにか?」
どうせロクな話じゃないだろう。
とっとと済ませて欲しい。
間宮氏は肩をすくめた。
「どんな人なんです? なんだか、ずっと誰かを演じていて、自分というものを隠しているような感じなのですが」
「まあ、そうだな。古いドラマの女優みたいな喋り方だしな。けど、俺に聞かないでくれ。実際の彼女がどんな人間なのかは、俺にも分からない。なにせ彼女は……小学生のころからずっとああだった」
「えぇっ……」
露骨に引いてしまった。
まあ、あらためて言葉にしてみれば異常ではある。
木下さんの家庭環境は、決していいものとは言えなかった。
だから、家族を嫌っている。
のみならず、自分自身をも嫌っている。
別の誰かになりたかった。
それでたぶん、昼間にやっていた再放送のドラマでも参考にして、キラキラした人間を演じようと考えたのだ。
それをずっと続けている。
俺はいちいち正体を暴くつもりはない。
いいじゃないか。なりたい自分があって、それに対して努力を続けているのだ。俺は彼女を応援したい。
感傷にひたっていたせいか、俺はつい口を滑らせた。
「まあでも、たまに素らしきものを見せることはあったかな。いつだったか、自分には顔しか取り柄がないから死にたい、とか言ってダダこねてたっけ」
「なんだかムカつく悩みですね」
「彼女も被害者なんだ。きっと外見ばかり褒められてきたせいで、ほかに長所がないと思い込んでる。自分で自分を見つけてないんだ。ほかにもいいところはいっぱいあるはずなのに」
すると間宮氏は、目を細めてふーんとうなった。
「ではあなたは、木下さんの長所を見つけていると?」
「……」
いや、見つけてない。
顔だけだ。
顔がいいだけの、気の毒な女だ。
かなり身近にいたはずの俺がそう思うんだから、おそらく事実だろう。ぜひ俺の目が節穴であって欲しいとは思うが。
「えっ? ないんですか? そこは『俺だけが知ってる嫁のいいところ』をムキになって並べ立てるところでは?」
「安易な判断はやめてくれ。人間の価値は、必ずしも言語化できるものばかりじゃない。あんただって、なんだかんだ言ってお婆さまを嫌いになれないだろ? それと同じだ」
すると彼女は、ぐっと眉をひそめた。
「はい? 普通に嫌いですけど?」
「えっ?」
「口を開けば間宮間宮って。もうなんでも間宮なんですよ? 私、自分の人生なんかないんです。人生を間宮に捧げてきましたから。こんな人生、クソですよね? あなたと天使ちゃんのおこぼれで妊娠するくらい、許してくれてもいいじゃないですか!」
「いや、それは飛躍し過ぎだが……」
「なんでこの世界にはビールがないんですか! 地獄ですよ!」
そういえばこの女、行き過ぎたアルコール愛好家だった。
適切なタイミングでアルコールを提供しないと、そのうち限界を迎えそうだな。
間宮氏はひとつ呼吸をして、冷静さを取り戻した。
「まあでも、きちんと学校も出してもらいましたし、衣食にも困りませんでした……。感謝はしています。木下さんに比べれば、恵まれているとは思いますし」
「そういえば彼女、小学校すら卒業してないんだよな」
おもに俺のせいで。
あとは組織のせいで。
木下さんの長所は、いったいなんなのだろうか。
本当に、顔がいいだけの気の毒な女なのか?
俺はなぜそんな女に執着している?
そういえば、むかし友人に怒られたことがあった。
学生時代の俺は、イキリ散らして「友達とかいっても、たまたまその場に居合わせただけじゃねーか」などと言っていた。
そして友人に指摘されたのだ。
「それを友達って言うんだろ」
一瞬で論破されたと感じた。
恥ずかしかった。
そう。
たまたま居合わせただけでいい。
それで仲良くなれたなら、友達でいい。
それをいちいち「運命」だと言うつもりはない。木下さんだって、もし俺に会わなければ別の誰かに会っていたはずだ。だが、少なくとも当時は友達になれた。
距離が近いことは、いいことばかりではない。
仲良くなれるケースもあれば、その逆もある。
存在を知らないヤツとはケンカもできない。
俺たちは偶然で仲良くなって、偶然でケンカをする。
人とのかかわりを閉ざせば、ある程度は回避できるが。
普通は閉ざさない。
人はどうしても人を欲してしまう。なかなか世捨て人にはなれない。
*
どこをどう歩いたかは不明だが、神社についた。
先客は一名。
神社に敷き詰められていた砂利がふっと浮き上がり、文字になった。
「待ってたよ」
カナリアだ。
首をマフラーで隠しているが、白いもやが見え隠れしている。そこだけ「存在しない」状態なんだろう。
彼女はなにかを放り投げてきた。
慌ててキャッチすると、なんと魔法のステッキだった。
「これ……どうした? 回収してくれたのか?」
「必要でしょ? スキをついてぶんどってきたの。殺されるかと思った」
間宮氏が「なるほど」とつぶやいた。
「例のオニゲシですか。ここまで追ってこなかったところを見ると、浅い階層では戦闘したくなかったのかもしれません。ここの物理法則はシビアですから」
カナリアの砂利も、すぐにパラパラと落ちた。
人を殺傷するほどのエネルギーは有していないようだ。
俺はうなずいた。
「あんたには助けられてばっかりだな」
「べつに。オニゲシの態度が気に食わないだけ」
姉妹も一枚岩ではない、か。
「それでも助かったよ。本当に。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。できる範囲で対応する」
彼女はさっさと行けとばかりに手をヒラヒラさせた。
できれば彼女にも幸福になって欲しいものだ。
*
壁を抜けた先も、また神社だった。
オニゲシの姿はない。
間宮氏は眉をひそめた。
「早くも百鬼夜行といったありさまですね。見えませんか? そこのもや、妖怪ですよ」
「えっ?」
足元に小さなもやがあった。
これ、イヌじゃないのか……。
距離をとったほうがいいだろうか。
ふと、間宮氏が印を結んだ。
かと思うと、白いもやがボンと爆ぜて、そのまま雲散霧消してしまった。
「い、いまのは? 殺したのか?」
「はい、殺しました。間宮に伝わる呪術です。祖母にこの技を仕込まれたときは、実際に使えもしない技だと思って内心ブチギレておりましたが……。どうやらこの世界では使えるようですね」
間宮は模倣子を使った戦術まで心得ているのか。
絶対に敵に回さないでおこう。
「ところで、聞こうかどうか迷ってたんだが……」
「はい? もしかしてスリーサイズですか?」
「違う。間宮そーらーはどうなったんだ? 殺したのか?」
彼女は、もともとそのために研究所に来た。
「まだ殺してませんよ。木下さんに止められたので」
「帰ったら殺すのか?」
「祖母は、首を切り落として持ち帰れと言っていましたが……。普通に考えて、そんなことしたくありませんよね? ですから、もう家を裏切って、フリーになろうかと」
「そ、そうか……」
バイオレンスが過ぎる。
あのご婦人、もっと人格者かと思ったのだが……。
いや、あるいは孫を独立させるために、わざと法外な要求を出したのかもしれない。彼女の酒癖の悪さには、心底困っていたようだし。
「あのトヨって子はどうする?」
「どう、とは? もう全身が模倣子にまみれているので、この世界から引き離すことはできませんよ」
「ずいぶん気配が濃いと思ったら、そういうことか」
「長いこと模倣子にさらされ過ぎましたね。おそらく実物のトヨと、模倣子のトヨが半々といった具合でしょう。ところで、トヨをご存じありませんか? 歴史上の人物ですよ?」
「有名なのか? ちょっと分からないな」
「ヒミコの娘です」
「えっ? 娘?」
それなら千年以上はここにいるわけだ。
まさかヒミコではなく、その娘だったとはな。
間宮氏は俺の手のステッキを見つめてきた。
「ところでそれ、なんでステッキって言うんでしょうね? 正しくはスティックですよね?」
「むかし、日本人がイギリス人の発音を聞いたときには、そう聞こえたんだ。だが、日本人の耳が悪かったわけでも、イギリス人の発音が悪かったわけでもない。当時はこうだった。ステッキだけじゃない。ブレーキ、ストライキ、それにインキなんかもそうだ」
「インキ?」
「インクのことだよ」
「そういえば祖母がそんな言葉を使っていたような。でもブレーキはいまもブレーキですよね?」
「慣例ではね。でもつづりを見たら、きっとブレイクって発音すると思うぜ」
日頃からネットでネタを探していたおかげで、些細な会話の足しになった。特に得るものがあるわけでもないが。
間宮氏は素直に感心している。
「凄いですね。英語のプロですか?」
「いや、違う。これは英語というよりは、歴史の話だよ」
たった百年前の英語でさえ、いつの間にか通じなくなっている。
もし千年も生きていれば、その混乱ぶりは一通りではなかったろう。とはいえ、ここは模倣子の世界。本人の意図にかかわらず最新版にアレンジされてしまう。
もとは自分だったものが、他人のイメージに侵食されてゆく。
あまりにも残酷な世界だ。
俺たちの生きる世界とそっくりじゃないか。
(続く)




