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ストリングス  作者: 不覚たん


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13/23

十人十色

 また景色が一変した。

 パステルカラーの壁紙の部屋だ。

 シスターズが個人用ソファに腰をおろしている。

 会ったこともない少女たちなのに、存在がやけにハッキリしている。どの子も木下さんの面影がある。

 ここは保育課だ。


 それはいいが……。


 ソファの後ろに隠れた自称ヒミコが、警戒するようにこちらをうかがっていた。自分で俺たちを召喚しておいて、いったいどういうつもりだ?


 俺は間宮氏に教えてやった。

「あれが自称ヒミコだ。ずいぶん長いことここにいるみたいだぜ」

「そうですか」


 すると自称ヒミコは、ひょこっと顔だけだしてこう尋ねてきた。

「カカさまか?」

 誰だ?

 なにがしガガなら名前くらいは知っているが。


 自称ヒミコの髪型はソフトクリームだから、せっかく体を隠していても、頭部の大部分が飛び出してしまう。彼女は一度こちらへ出てこようとして、また隠れてしまった。

「カカさまではないのか? どっちじゃ?」

 すると間宮氏は溜め息まじりに「なるほど」とつぶやいた。

「私はあなたの母親ではありません」

「でも似てる」

「あなたの母親は、こんなにまっしろだったのですか?」

「記憶は曖昧じゃが……。それでも分かるのじゃ。カカさまと同じ気配じゃ」


 この自称ヒミコは、間宮氏のご先祖かなにかなのだろうか?

 明らかにご先祖のほうが幼いが……。深く考えるのはやめよう。


 自称ヒミコはおずおずと姿を現した。

「わしはトヨじゃ。イヨでもよいが。どうせおぬしらには発音できぬから、どちらでもよいぞ」

「私は間宮朔まみやさく。もし私がお母上に似ているというのであれば、遠い親戚かもしれませんね」

「うむ」

 誰だか分からないが、やっぱりヒミコではなかった。


 時空を超えた感動の再会なのかもしれないが、俺はあえて割って入った。

「すみません。じつは例のステッキは紛失してしまいました」

「知っておる。じゃが代わりはやらぬぞ。自分で回収するのじゃ」

「なら、なぜここに呼んだんです?」

「カカさまと話がしとうての」

 その確認のために呼んだのか。

 せっかく便利アイテムをもらえると思ったのに。


 自称ヒミコあらため自称トヨは、おずおずとこうつぶやいた。

「のう、カカさま。感覚を他人と共有したからとて、子を孕むことはないぞ。妙なことを言ってこの男をからかうのはやめるのじゃ」

「でもワンチャンあると思ったので」

 間宮氏は真顔でそんなことを言う。

 トヨは溜め息だ。

「カカさまの姿でそんなことを言われるのはつらいのぅ。わしの中の美化されたおもひでもボロボロじゃ」

「ごめんなさい」

 いたたまれない会話をしないで欲しい。


 *


 苦情だけ言われて解放された。

 進展はない。


 まあとにかく、神社に行くのだ。間宮氏は自力で壁を超えられる。そしたら彼女にオニゲシをぶち殺してもらって、魔法のステッキを回収してもらうという手もある。なにせ彼女は、戦闘においてはどこの誰よりも頼りになる。


 研究所を出て、駅前を歩いた。

 あいかわらず白いもやだらけ。姿は特定できない。俺にとっては有象無象だが、声の素質があれば、誰がどんな顔をしているか分かるのかもしれない。

 他人がもやにしか見えないというのは、ずいぶん尊大な感じもするが……。この世界では、適性がなければ、他人を認知することもできない。


「ところで、奥さまについてですが」

 間宮氏にそう切り出されて、俺はつい顔をしかめた。

「結婚してない」

「めんどくさいですね。結婚してるようなものじゃないですか?」

「してない。する予定もない。それで? 木下さんがなにか?」

 どうせロクな話じゃないだろう。

 とっとと済ませて欲しい。


 間宮氏は肩をすくめた。

「どんな人なんです? なんだか、ずっと誰かを演じていて、自分というものを隠しているような感じなのですが」

「まあ、そうだな。古いドラマの女優みたいな喋り方だしな。けど、俺に聞かないでくれ。実際の彼女がどんな人間なのかは、俺にも分からない。なにせ彼女は……小学生のころからずっとああだった」

「えぇっ……」

 露骨に引いてしまった。

 まあ、あらためて言葉にしてみれば異常ではある。


 木下さんの家庭環境は、決していいものとは言えなかった。

 だから、家族を嫌っている。

 のみならず、自分自身をも嫌っている。

 別の誰かになりたかった。

 それでたぶん、昼間にやっていた再放送のドラマでも参考にして、キラキラした人間を演じようと考えたのだ。

 それをずっと続けている。

 俺はいちいち正体を暴くつもりはない。

 いいじゃないか。なりたい自分があって、それに対して努力を続けているのだ。俺は彼女を応援したい。


 感傷にひたっていたせいか、俺はつい口を滑らせた。

「まあでも、たまに素らしきものを見せることはあったかな。いつだったか、自分には顔しか取り柄がないから死にたい、とか言ってダダこねてたっけ」

「なんだかムカつく悩みですね」

「彼女も被害者なんだ。きっと外見ばかり褒められてきたせいで、ほかに長所がないと思い込んでる。自分で自分を見つけてないんだ。ほかにもいいところはいっぱいあるはずなのに」

 すると間宮氏は、目を細めてふーんとうなった。

「ではあなたは、木下さんの長所を見つけていると?」

「……」


 いや、見つけてない。

 顔だけだ。

 顔がいいだけの、気の毒な女だ。

 かなり身近にいたはずの俺がそう思うんだから、おそらく事実だろう。ぜひ俺の目が節穴であって欲しいとは思うが。


「えっ? ないんですか? そこは『俺だけが知ってる嫁のいいところ』をムキになって並べ立てるところでは?」

「安易な判断はやめてくれ。人間の価値は、必ずしも言語化できるものばかりじゃない。あんただって、なんだかんだ言ってお婆さまを嫌いになれないだろ? それと同じだ」

 すると彼女は、ぐっと眉をひそめた。

「はい? 普通に嫌いですけど?」

「えっ?」

「口を開けば間宮間宮って。もうなんでも間宮なんですよ? 私、自分の人生なんかないんです。人生を間宮に捧げてきましたから。こんな人生、クソですよね? あなたと天使ちゃんのおこぼれで妊娠するくらい、許してくれてもいいじゃないですか!」

「いや、それは飛躍し過ぎだが……」

「なんでこの世界にはビールがないんですか! 地獄ですよ!」

 そういえばこの女、行き過ぎたアルコール愛好家だった。

 適切なタイミングでアルコールを提供しないと、そのうち限界を迎えそうだな。


 間宮氏はひとつ呼吸をして、冷静さを取り戻した。

「まあでも、きちんと学校も出してもらいましたし、衣食にも困りませんでした……。感謝はしています。木下さんに比べれば、恵まれているとは思いますし」

「そういえば彼女、小学校すら卒業してないんだよな」

 おもに俺のせいで。

 あとは組織のせいで。


 木下さんの長所は、いったいなんなのだろうか。

 本当に、顔がいいだけの気の毒な女なのか?

 俺はなぜそんな女に執着している?


 そういえば、むかし友人に怒られたことがあった。

 学生時代の俺は、イキリ散らして「友達とかいっても、たまたまその場に居合わせただけじゃねーか」などと言っていた。

 そして友人に指摘されたのだ。

「それを友達って言うんだろ」

 一瞬で論破されたと感じた。

 恥ずかしかった。


 そう。

 たまたま居合わせただけでいい。

 それで仲良くなれたなら、友達でいい。


 それをいちいち「運命」だと言うつもりはない。木下さんだって、もし俺に会わなければ別の誰かに会っていたはずだ。だが、少なくとも当時は友達になれた。


 距離が近いことは、いいことばかりではない。

 仲良くなれるケースもあれば、その逆もある。

 存在を知らないヤツとはケンカもできない。


 俺たちは偶然で仲良くなって、偶然でケンカをする。

 人とのかかわりを閉ざせば、ある程度は回避できるが。

 普通は閉ざさない。

 人はどうしても人を欲してしまう。なかなか世捨て人にはなれない。


 *


 どこをどう歩いたかは不明だが、神社についた。

 先客は一名。


 神社に敷き詰められていた砂利がふっと浮き上がり、文字になった。

「待ってたよ」

 カナリアだ。

 首をマフラーで隠しているが、白いもやが見え隠れしている。そこだけ「存在しない」状態なんだろう。

 彼女はなにかを放り投げてきた。

 慌ててキャッチすると、なんと魔法のステッキだった。

「これ……どうした? 回収してくれたのか?」

「必要でしょ? スキをついてぶんどってきたの。殺されるかと思った」


 間宮氏が「なるほど」とつぶやいた。

「例のオニゲシですか。ここまで追ってこなかったところを見ると、浅い階層では戦闘したくなかったのかもしれません。ここの物理法則はシビアですから」

 カナリアの砂利も、すぐにパラパラと落ちた。

 人を殺傷するほどのエネルギーは有していないようだ。


 俺はうなずいた。

「あんたには助けられてばっかりだな」

「べつに。オニゲシの態度が気に食わないだけ」

 姉妹も一枚岩ではない、か。

「それでも助かったよ。本当に。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。できる範囲で対応する」

 彼女はさっさと行けとばかりに手をヒラヒラさせた。

 できれば彼女にも幸福になって欲しいものだ。


 *


 壁を抜けた先も、また神社だった。

 オニゲシの姿はない。


 間宮氏は眉をひそめた。

「早くも百鬼夜行といったありさまですね。見えませんか? そこのもや、妖怪ですよ」

「えっ?」

 足元に小さなもやがあった。

 これ、イヌじゃないのか……。

 距離をとったほうがいいだろうか。


 ふと、間宮氏が印を結んだ。

 かと思うと、白いもやがボンと爆ぜて、そのまま雲散霧消してしまった。


「い、いまのは? 殺したのか?」

「はい、殺しました。間宮に伝わる呪術です。祖母にこの技を仕込まれたときは、実際に使えもしない技だと思って内心ブチギレておりましたが……。どうやらこの世界では使えるようですね」

 間宮は模倣子を使った戦術まで心得ているのか。

 絶対に敵に回さないでおこう。


「ところで、聞こうかどうか迷ってたんだが……」

「はい? もしかしてスリーサイズですか?」

「違う。間宮そーらーはどうなったんだ? 殺したのか?」

 彼女は、もともとそのために研究所に来た。

「まだ殺してませんよ。木下さんに止められたので」

「帰ったら殺すのか?」

「祖母は、首を切り落として持ち帰れと言っていましたが……。普通に考えて、そんなことしたくありませんよね? ですから、もう家を裏切って、フリーになろうかと」

「そ、そうか……」

 バイオレンスが過ぎる。

 あのご婦人、もっと人格者かと思ったのだが……。

 いや、あるいは孫を独立させるために、わざと法外な要求を出したのかもしれない。彼女の酒癖の悪さには、心底困っていたようだし。


「あのトヨって子はどうする?」

「どう、とは? もう全身が模倣子にまみれているので、この世界から引き離すことはできませんよ」

「ずいぶん気配が濃いと思ったら、そういうことか」

「長いこと模倣子にさらされ過ぎましたね。おそらく実物のトヨと、模倣子のトヨが半々といった具合でしょう。ところで、トヨをご存じありませんか? 歴史上の人物ですよ?」

「有名なのか? ちょっと分からないな」

「ヒミコの娘です」

「えっ? 娘?」

 それなら千年以上はここにいるわけだ。

 まさかヒミコではなく、その娘だったとはな。


 間宮氏は俺の手のステッキを見つめてきた。

「ところでそれ、なんでステッキって言うんでしょうね? 正しくはスティックですよね?」

「むかし、日本人がイギリス人の発音を聞いたときには、そう聞こえたんだ。だが、日本人の耳が悪かったわけでも、イギリス人の発音が悪かったわけでもない。当時はこうだった。ステッキだけじゃない。ブレーキ、ストライキ、それにインキなんかもそうだ」

「インキ?」

「インクのことだよ」

「そういえば祖母がそんな言葉を使っていたような。でもブレーキはいまもブレーキですよね?」

「慣例ではね。でもつづりを見たら、きっとブレイクって発音すると思うぜ」

 日頃からネットでネタを探していたおかげで、些細な会話の足しになった。特に得るものがあるわけでもないが。

 間宮氏は素直に感心している。

「凄いですね。英語のプロですか?」

「いや、違う。これは英語というよりは、歴史の話だよ」


 たった百年前の英語でさえ、いつの間にか通じなくなっている。

 もし千年も生きていれば、その混乱ぶりは一通りではなかったろう。とはいえ、ここは模倣子の世界。本人の意図にかかわらず最新版にアレンジされてしまう。

 もとは自分だったものが、他人のイメージに侵食されてゆく。

 あまりにも残酷な世界だ。

 俺たちの生きる世界とそっくりじゃないか。


(続く)

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