第一章 二話
「いやな時代に起きてしまったわ」
封印から解放された少女は、無表情で感情は読めないが心底うんざりしたように呟き、きょろきょろと確認するように周りを見渡して。
「何年たったのかしら」
オルドはアゴ髭を触りながら観察する、先ほどここに漂ってた大量に魔力を吸い込んだ、普通なら拒絶反応やら彼女に変化があるはずだ、なのに何も変わらない。
なぜだ?
「今は、王暦1248年、伝承が正しいなら約2000年たったはずじゃぞ?」
ふーんと言い、2000年ものあいだ封印されていた割に、呑気な反応を見せていた。
「じゃが元気そうでよかったよかった」
オルドがうんうんと頷き二カッと笑いかけてきた、それを見て不思議に思う、伝承とはなにか、そもそもなぜここまで来たのか、なぜ結晶を壊して私を出したのか。
わかりきってる。
愚かな人間はいつもそうだ。
どうせその伝承とやらを見聞き、私を利用しようとしているのだろう。
私の力を手にいれること。
希少な存在を自分のだと手中に収め見せびらかしたいという所持欲。
そして討伐者として名を上げるための実績。
どれかに決まっている。
「どうして、あなたはここに来たの?」
聞いてみた、ただ確かめてみた、もう失望する準備はできている、欲に溺れるのが人間なのだから今さら責めはしない、理解する気もない、退屈そうに静かに答えを待つ。
オルドは白い髭をなでながら、あっけらかんと言った。
「わしの孫にするためじゃ」
初めて表情が変わった、目を開けて、口は開き、フリーズした。
今、この人間は何を言ったのかを思考する、所持欲、それには違いない、だが。
「……孫?」
「そう、孫じゃ、ワシには子供はもちろん嫁すらおらん」
「それ私関係ないじゃない」
「だからこそ、2000年も一人だったならワシの孫になればよい」
「意味がわからないわ」
「家族とは、だいたい気づいたらいつの間にか意味が分からんところから始まるものじゃよ?」
「始まるわけないわよ、ボケてるの?」
「照れとるのか?。かわええ孫だのう」
「照れてないわよ、誰が孫よ」
「お主じゃ」
「いやよ」
「遠慮はいらんぞ」
「遠慮ではないわ。拒絶よ」
漂ってた濃い魔力が無くなり、集まってきたのか鳥たちの声が聞こえてくるその中で、困惑した。
さらに言い合いになりながら気づいたが、もしや何も考えていないのではないか。
口論とは、お互いに考えがあり違えた時に成立して起きるものであって、初めから無いのなら反論すべき論理は存在せず八方塞がりで出口は無いのではないのかと。
「あのね、そもそも私はあなたより年上なの」
それは事実だった、2000年も封印されていたことだけでもわかる、それも彼女からしたら昼寝のようなものであり、一瞬の瞬きなのだ。
だが、オルドはそんなの気にしておらず。
「ワシがお主を孫だと言い、お主がワシを爺と言えば孫なんじゃ!」
ああ、やはりだ、どんな理屈や真理を言おうと返ってこず、吞み込まれる。
「お菓子あるぞ」
二カッとした顔を向けてクッキーをひらひらと見せてくる、それに醜い悪意はかんじられない、初めてのタイプ、欲の人間的感じが見たことない方向に向いている。
孫なんて言い出す奴は初めてだ。
「孫よ、お主の名前は何というのだ?、このままだと孫としか呼べんぞ」
オルドはもうすでに孫という認識のようだ。
「だから孫じゃないわ、…ティアよ」
あきれながら、クッキーを素直に受け取って両手で持ち、もそもそと食べていた。小動物のような食べ方だった。
ティアからしたらオルドへの警戒心はもはや無く、認識は一つに焼き付いた。
「……変な人間」
オルドは、ティアと言うんじゃなと呟きながら荷物袋から手帳をだして、さらさらと文字を書き始める。
『名前、ティア。背丈、140ほど。年齢、不明、かなり生きてる?。種族、人にしか見えず。発見場所、古代都市ルメリア、城、大広間。封印結晶より解放、封印理由不明、だが悪い子には見えないので孫にした。菓子を与えたところ受け取り口にする、意外と素直?。所有魔法不明。』
ティアが口を動かしながら、じーっとその手元を見た。
「何をしているの?」
「記録じゃよ、ジジイは何でも記録したくなるもんなんじゃよ」
「そんなことして意味あるの?」
オルドはさらさらとペンを動かし書き終わってから手帳を仕舞う、それから何かを考えるかのようにアゴに手を当てて。
「無いな。じゃがまだ無い、だ。記録なんてものは後からもしかしたら意味が出てくるものなんじゃよ、無駄になることも多いがの。
それに実は、お主を見るまでは元々ここに来たのも、新種がいると聞いて記録したかったからじゃしな。」
そういうと、手帳とは違う、古びた革表紙の分厚い一冊の本を出してティアに開いて見せた、見てみるとそこには、このふざけた格好、発言から感じる印象とはかけ離れた、まじめで実用性のある内容が書き込まれていた。
魔物大全・魔獣項目 二十六項
【名称】瘴気狼 ミアズマウルフ 魔獣/狼型/
【危険度・習性】一体、二体ならDランク冒険者一人で対処できるだろう。
大体は十体以上の群れで行動、その場合Dランク六人での
パーティーが最低人数だろう。分布する地域も広範囲。
弱い者、瀕死の者から襲う。
【外見】 通常の魔狼より一回り大きい。体毛は灰黒色。全身に瘴気の
筋。眼は濁った黄色。口端から黒い泡を垂らす。
【弱点】 鼻が利きすぎる、強い香草、効果は薄いが魚も苦手。
腹部は柔らかく、鈍らでも刃が通る。聖魔力攻撃を推奨。
【追記】 食えるが最後の手段だろう、脚部限定、筋を取り、燻して、
干して完全に水分を抜いてからが最低限の処理作業。
ティアは、じーっと見て首を傾げながらも、しばらく手に取りパラパラと眺めていた。
「ねえ、教えてほしいのだけれど。」
「なんじゃ?]
「どうして全てのページに……食べ方が書いてあるの?、ぺージによっては味の感想まであるわ。」
オルドが、よくぞ聞いてくれた!と言って説明し始め、ティアは黙て耳を傾けていた。
「まあ、ザックリいうと気になってだな、でもきっかけは一度死にかけての」
「なんで?」
「探索をしていて魔物に追いかけられて奥深くで迷ってしまったんじゃ」
この人間はどうして死にかけた思い出を楽しそうに話してるのだろうと、ジト目で次の言葉を待つ。
「そこで何よりやばかったのが食料よ、武器はそこらの木を削ればどうにかなる、水は川や雨、植物の中に以外とあるが食べ物は必要と焦った時ほど無い物じゃ、草やキノコは毒が強怖いし…。」
そんな軽装ならね、そもそも探索なんてしなければいいと理解できず怪訝な顔をしても口は挟まなかった。
「そこに何とビックリ、ワシが倒した魔物の死体があっての!、食ってみた」
「倒したのはあなたなのだから、そこにあるのは当たり前だわ。でも、そこにあったら確かに食べるわね。それで?」
うむ、そうじゃろそうじゃろと頷いて。
「不味かった。腹を壊し、吐いたのぅ、その時に思ったんじゃよ、もし食べかたを調べ発見出来れば、もしもで自分と誰かの助けになり、そして魔物大全はさらに売れて、ワシは賢者として有名になれると!」
単純だった、あまりにも単純で、だからこそ疑いようがなく、信用出来る、気になったから調べる、その先の結果を想像して追い求める、この人間の欲に悪意がないのだ、正義でもない自分勝手の得と善だけだ。
だがくだらない、わからない。
「魔物大全?、有名になることってそんなに大事なの?、どうせ人間なんて百年そこら程度しか生きないのに?、死んだら意味なく無駄になるじゃない。」
ティアは、表情をみるに人間を嘲っているわけでは無い、無表情、オルドは、そんな孫の様子を見てただ真実を聞いているんだと分かった、だからなのか真面目な顔をして言った。
「魔物大全は今ティアお主が持っとる本の名前での、この世の全てとは言わぬが、ほとんどの魔物を書き留めるのがワシの趣味であり完成が夢でもある」
ティアは、本に目を落としてから目をまたオルドに戻し、だから?と言いたそうに首を傾げていた、オルドは、そのティアの仕草を見て考えるようにアゴ髭を触り、観察しながらさらに言葉を続けていく。
「人間というはの、ティアよ。例えすぐ死ぬんだとしても、何かを残そうとして生きなければダメになってしまう種族なんじゃよ、ワシも昔の。魔法の開発、研究に才能がなくて生きずまり、諦めて何もせずに死んだように生きとった。」
ティアは黙って聞いていた。
「じゃがの、心がの、周りを見れば焦り、同じ賢者を見れば嫉妬した、なんだか惨めになった、全てが一人に感じるんじゃ」
ティアが、心……残そうと…?と小さく言い。オルドが深くうなずく。
「なんでもいい、心から思えるもの。子でもいい。偉業でもいい。技でもいい。畑でもいい。魔物討伐記録でも、誰かの心の中でも。」
「それが無い者は、魂が少しずつ死んで腐っていく、無気力になり寝て食べてだけしかしなくなって、さらに逃げる理由を作って行動するのが怖くなる。」
「何かを残そうと、行動する。その人生の道と過程こそに意味があり大切なことなんじゃ、たとえ失敗してそこで死のうとな。」
ティアは理解できなかった、でも聞いた。
「寿命で道半ば足りなくてもなの?」
「そうじゃ、足りなければ託せばいい、ワシはそう思う。
たとえ寿命がエルフやドワーフのように長くなく、百年以下で短くても何かを残せれば、誰かの記憶に残り語り継がれる、そうなるならば賢者にとっては、もうそれだけで幸せなことなんじゃよ。
魔物大全がワシにとっての今の道なんじゃ。」




