朝を歩く
~side:遥人~
ご飯を作ろうとキッチンに立つと
エプロン姿の祐香がふっと浮かぶ
洗濯もの干していると
『シャツは、少し伸ばすって教えたでしょ』
と優しく怒られる
お風呂に浸かっていると
『パパ、10かぞえるからきいててね』
と一緒に湯舟に浸かる心羽が振り返って笑う
寝室に行くと
ベッドで先に寝ている祐香が俺に気づいてスペースを空ける
隣に行くと柔らかい腕が俺を包み込み
すぐに夢の中へ連れて行ってくれる気がした
全部
幻だと分かっている
午前3時27分
今日も眠れずにいる
―――—―
コーヒーメーカーが音を鳴らし
甘い香りを部屋に広げる
カーテンの隙間から入り込み始めた日差しが
今日も朝を伝えていた
電源の落ちたテレビをぼんやりとみつめながら
今日も眠ることができずに朝を迎えてしまった
ソファーから体を起こし洗面台へ向かい
冷たい水で顔を洗う
濡れた顔と髪の毛をタオルで拭きながら
食品ラックから菓子パンを取り出す
立ったままパンに噛り付きコーヒーで流し込み
歯磨きをしながら着替えを済ませる
髭剃りの後にボサボサの髪の毛を手櫛で整えた
誰もいないリビングに向かって
「いってきます」
と告げ玄関を出る
『いってらっしゃい』
そんな声が聞えた気がして振り返るが、誰もいない
玄関のドアを閉め
鍵を掛けてから見上げた空には
大きな雲の隙間から太陽が顔を覗かせていた
―――—―
≪急募!というか、助けてー!バスケ大会の運営ボランティア、午前中だけで良いから!≫
梨香からのLINEが来たのは
午前6時
家を出てすぐのことだった
こんな時間に連絡をしてくるなんて
梨香には珍しく
文面にも焦りがうかがえる
気になって電話をかけると
2秒もしないうちに繋がった
「遥人~、助けて~」
スマホ越しに聞こえる声は
本当に困った時にしか出さない梨香の声だった
前に一緒にご飯を食べた時
梨香が話題に出していたので大体の内容は把握していた
県大会の決勝戦という大事な局面
バスケ大会に参加する高校生のメディカルサポートとして
怪我の初期対応、テーピングやコンディショニング、パフォーマンス維持の支援、現場運営の支援などを担う役割が存在する
本来はチームの専属サポーターが行うことなのだが
専属で在籍している学校は未だ少なく
俺達のようなリハビリ職がボランティアで支援する事が多い
今朝になり運営ボランティアとして参加するはずだった後輩2人が
前日の飲み会による二日酔いで
午前中は使い物にならない見通しだと説明してくれた
(俺は後輩2人が恋人同士で、勢いに任せてお泊りデートになったことを察知したが
梨香が事実を知るとブチ切れるので黙っておいた)
「良いよ、俺で良かったら行くよ。なんていうか、この前のおわび、っていうか」
【ラムミン・ヴァロ】で見せた涙の気恥ずかしさからか
言葉がうまくまとまらない
おれがモゴモゴと言葉に詰まっていると
「良いの? ありがとー♪愛してるー♡」
スマホから耳を遠ざけたくなるほどの音量で梨香が喜ぶ
県大会の決勝戦ともなると
選手同士の衝突や
無茶をする者が多く怪我等のトラブルが起こりやすい
梨香自身1人で担うには荷が重いと判断して
俺を頼ってきたのだろう
「特に持ってくるものは無いよ。8時に総合体育館に来れる?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「近くになったら電話してくれる?迎えに行くから」
「迎えは良いよ。場所さえ、、」
「良いのっ、私が迎えに行きたいのっ!」
言い終わる前に梨香から言葉を被せられてしまった
「は、はい。着いたら電話します」
「うん、よろしい♪じゃあ着いたら電話してね」
相変わらずの強引さに押されっぱなしだ
簡単な確認をした後
通話を終えてスマホをポケットに入れようとすると
また受診音が鳴った
何か伝え忘れたことでもあったかな?
メッセージを確認する
差出人は白瀬ヒマワリ
《遥人さん!お待たせしました 来週の件、オッケーです!!》
昨日ヒマワリにLINEで依頼していた
〝みなラブ〟ミーグリへの参加を
どうにかできないかに対する返事だった
関係者に口添えして参加枠を作ってくれたようで
OKという内容に、本当に感謝しかない
《ありがとうヒマワリ。本当にありがとう》
《遥人さんが来てくれるなら頑張れる♪こっちこそありがとう!》
《新曲センターおめでとう、頑張ってな 応援してる》
《嬉しい!当日、会えるの楽しみにしてるね!》
忙しいであろう合間を縫って
俺のために時間を割いてくれたことに
何度もお礼の気持ちを伝えた
キス顔の自撮りが送られてきたのは
既読スルーしておいたけど




