ありがとう、ごめんね
〜side:遥人〜
「白川さん、お先に失礼します」
「遥人、先にあがるぞ。早く帰れよ」
「遥人さん。、、、あんまり無理しないでくださいね」
就業時間の17時を過ぎ
同僚、上司、後輩達は
ひとり、またひとりと帰っていく
GW連休前の繁忙期とはいえ
普段から仕事を溜め込むことはしておらず
残ってまでしなければいけない業務など無いのだが
そのまま帰る気にはなれずにいた
理学療法士として
俺が務める総合病院には
早番、遅番こそあるものの
夜勤や当直などは無く基本残業も無い
毎週金曜日に
非常勤講師として専門学校で授業を頼まれているのだが
授業3回分の資料作成も完成し
いよいよする事がない
薄暗くなり始めた窓の外を
頬杖をつきながらぼんやり眺めていると
「まだ帰らないの?」
同期の花村梨香が俺の視線上に顔を割り込み問いかけてきた
「もう、やること無いんでしょ?なら帰んなよ」
「、、、そうだな。」
「一緒に御飯でも行く?」
「この前行ったばっかりだろ」
「普段ちゃんと食べないから心配なのよ」
「だからって、激辛ラーメンとか連れて行かれてもねぇ、、、」
「あんたが何でも良いって言うから!」
気づけば俺達だけになっていたスタッフルーム内に
他愛の無いやりとりが響く
沈みかけていた気持ちも幾分か軽くなり
こっそりと梨香に感謝しながら立ち上がる
「じゃあ、今日は俺が店選ぶぞ」
俺がそう言うと
梨香は嬉しそうな顔をして近寄ってくる
「ふふっ、私と過ごせることを感謝しなさーい♪」
「へいへい、ありがてーです。うれしーでーす。」
「もっと心を込めて言いなさいよ!」
「あざまーす」
くだらない掛け合いを続けながら
2人一緒に退勤処理を済ませ
スタッフルームを後にした
ーーーー
梨香は終始ご機嫌だった
よく笑い、よく喋り、表情をコロコロと変え
身振り手振りで最近あったことや
後輩や上司の愚痴をこぼしたり
かと思えば好きなアイドルの布教を俺にしてきたり
底抜けに明るく
一緒に過ごすといつも俺に元気をくれる
「ありがとな」
破れた下着の話を楽しそうにしている梨香に
急に俺は言いたくなって
気づけば口に出していた
梨香はぴたりと動きを止め
「、、、ちょっとトイレー♪」
と席を立つ
振り返る横顔が苦しそうに見えたのは
きっと気のせいだろう
ーーーー
あのあと酔っ払ってしまった梨香を
タクシーに乗せマンションに向かっている
酔っ払うと眠たくなるところは昔から変わっていない
俺の肩にもたれかかりながら
「、、、ごめんね、、、」
と繰り返している
居酒屋から10分ほど揺られたところで
梨香の住むマンションに着きタクシーを降りた
「梨香、歩けるか?」
「むーりー」
目をとろんとさせている
「まったく。ほら、おぶってやるから背中乗れ」
回していた肩から手を外し
姿勢を変えて梨香の前にしゃがみこもうとするが
梨香はバランスを崩し
俺に抱きついたり
ふらふらと揺れていて今にも倒れそうだ
「まったく、、、弱いのに調子乗って飲むからこうなるんだよ」
「ごーめーん♪あいしてーるよー♪」
「なにが愛してるだよ、っったく」
「らいくじゃないよー♪らぶーの方だかんねー♪」
「へいへい、ありがてーごぜーます」
今日、何度目かのくだらないやり取り
「仕方ないから、恥ずかしくても我慢しろよ!」
「えっ!?」
勢いよく梨香を抱え上げ
いわゆる”お姫様だっこ”をして歩き出す
梨香は大人しくなり
俺の首に手を回し顔を見上げてくる
重なる視線に
俺も恥ずかしくなり
黙り込んでしまう
「、、、ありがとう、、、、ごめんね、、、、遥人」
首に回された腕の力がギュッと強くなり
部屋についても梨香は
しばらく腕を離してはくれなかった




