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未来を見据えて行動していた才女は、支えることを諦めました  作者: しばゎんゎん


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2

その日、学院の空気は何かが違った。


いつもと変わらぬはずの朝。


けれどカレンは、教室に入った瞬間に違和感を覚えた。


静かすぎる。


私に視線が、集まっている。


それも、好意や敬意ではない。


どこか遠巻きに、様子を窺うような、そんな視線だった。


「おはようございます」


いつも通り挨拶をしても、返ってくる声はまばらだ。


以前なら、質問を求める生徒や、課題について相談してくる者がすぐに集まってきたはずなのに。


今日は、誰も近づいてこない。


何かがおかしい。


席に着きながら、カレンは小さく首を傾げる。


そう考えた瞬間


「ねえ、聞いた?」


ひそひそとした声が、耳に届いた。


「カレン様って、冷たいらしいわよ」


「え、本当?普段あんなに優しく接してくださるのに?」


「それが、裏では全然違うって」


言葉は途中で途切れた。


カレンと目が合ったからだ。


気まずそうに視線を逸らす生徒たち。


一度、ゆっくりと瞬きをする。


動揺はない。


ただ、状況を整理する。


誰かが、意図的に私を貶めようとしている。


カレンには思い当たる人物は一人しかいない。


けれど、確証はない。


そして何より、まだ動くべきではない。


カレンは何も言わず、鞄からノートを取り出した。


午前の講義。


担当教師が配ったのは、政策立案の応用課題だった。


「今回は、仮想の領地経営を想定した課題です」


教室にざわめきが広がる。


難易度が高いことで知られるこの課題は、上位成績者の評価を大きく左右する。


「今日は誰に答えてもらおうか…」


教師の視線が教室を見渡し、そして一瞬だけ止まった。


それは、カレンの方向だった。


けれど。


「今日はマリアにお願いします」


名前が呼ばれたのは、別の人物だった。


「え、わたしですか?」


驚いたように目を丸くするマリア。


だがその表情は、どこか用意されていたようにも見えた。


「はい、ぜひ」


教師は穏やかに頷く。


教室の空気が変わる。


期待と好奇の視線が、マリアへと集まった。


カレンは静かに理解する。


これまでなら、この役目は自分に回ってきていた。


成績、実績、信頼。


すべてにおいて、選ばれる理由があった。


それが、今日に限って外された。


これは偶然ではないだろう。


確実に何かが働いている。


壇上に立ったマリアは、少し戸惑った様子で資料を受け取る。


「精一杯がんばります」


控えめな声。


それに対して、周囲からは温かい声が上がる。


「大丈夫だよ、マリア様なら!」


その光景を、カレンは静かに見ていた。


マリアの発表は、決して優れたものではなかった。


途中、レオンがそっとアドバイスを送る。


私がレオンのために準備しておいた資料を使って。


それでも論点は浅く、数値も甘い。何とか及第点レベル。


だが、


「着眼点は良いですね。甘いところはありますが、しっかりと考えられています」


教師はそう評価した。


教室からも拍手が起こる。


それだけではない。


良く見せる空気が、意図的に作られている。


そして、その空気に皆が飲まれている。


レオナルトもまた、その一人だった。


最前列の席で、どこか楽しげにマリアを見ている。


マリアに対する確かな関心がそこにあった。


カレンは視線を伏せる。


胸の奥に、わずかな冷たさが広がる。


痛みではない。


ただ、理解しただけだ。


「では次に、別の視点から意見はありますか?」


教師の問いに、教室が静まる。


ほんの一瞬。


カレンは、手を挙げることもできた。


修正点も、改善案も、すぐに提示できる。


けれど、今は必要ない。


何も言わない。


何も、指摘しない。


その選択は、小さなものだった。


誰にも気づかれないほどの、些細な変化。


だがそれは確実に


これまで当たり前に保たれていた均衡を、崩し始めていた。


講義の終わり。


教室を出るカレンの背後から、明るい声が響く。


「レオン様、先ほどはありがとうございました!」


振り返らなくても分かる。


マリアだ。


「いや、俺は何もしてないよ」


軽い声で答えるレオン。


そのやり取りに、自然と周囲が集まっていく。


楽しげな笑い声。


軽やかな空気。


そこにはもう、カレンの入る余地はなかった。


だが、カレンは立ち止まることなく、歩き続ける。


追いかけることも、呼び止めることもない。


ただひとつ、はっきりしているのは私が必要とされなくなってきているということ。


それが、何を意味するのかを周囲の者たちは理解していないだろう。


そして翌日。


カレンは初めて、レオンのために用意していた課題の補助資料を渡さなかった。



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