死亡フラグ(×3)をへし折るだけの簡単なお仕事。1
「はぁい」
誰かに呼ばれた気がしてそう声を出した。思ったより寝ぼけた声、と思いつつ身を起こして違和感を覚えた。
あたしは自室で絵本を読んでいた。懐かしいという体で選んだが、誰もが知っているモノを知らないという事態を避けるためだ。意外とこのあたりから引用される言い回しがある。本を好まないものでも皆が共通して読んでいるものであるから、定着しているのではないだろうか。
それはさておき、目の前には開きっぱなしの絵本のページがそこにある。状況としては本の上に突っ伏して眠っていたようだった。
問題は眠った記憶も突っ伏した記憶もない。本を読んでいて、いきなり今。途中をスキップされている。
「つかれてんのかな」
そうつぶやいてみたもののしっくりこない。
無自覚での体調不良かもと鏡を見てみることにした。顔色が悪いのかもしれないし。
「うぉっ」
思わず漏れた声はお嬢様らしくない。しかし、いきなりこれは驚くだろう。
『死亡』
『フラグ』
両頬にでかでかと書いてあった。明らかに異常である。日本語だし。
一連の違和感ありなものは何かの知らせだったらしい。それにしても他に知らせ方ないのかな。そう思うけど、仕方ない。ぎこちない漢字は神(仮)が書いたわけではなさそう。
落ちるかなと指でぬぐうと色も残さず消えた。
神(仮)は人の文字を書かない。
言葉は人に与えたが文字は人が勝手に開発したもの。そのためか人の文字を読むことも書くことも神々はしないらしい。神託などは基本的に直接に伝えるので困っていないというところもあるようだ。
ただ、もし文字が読めたとしても神々は読まないんじゃないかなという話も聞いている。
人に例えるとアリの書いた文字を読むくらいの難易度。それならばその書いたものの中身を確認したほうが早いらしい。
それもどうなのか。そもそも書いたものと書く時に考えることは同じではない可能性も……。
「ん?」
わざわざ文字で伝えたということは、他の神に知られたくないということだ。
しかも死亡フラグ。
あたしは身支度をして、祖父のもとに向かうことにした。
祖父は執務室にいた。相変わらず忙しそうではあった。秘書のような人は二人に増えたし、書類整理しているっぽい人は三人もいる。
仕事の邪魔をしている、どころか仕事を増やしている身の上だが、皆は嫌そうな顔一つせず迎えてくれる。ご、ごめんねぇ、揉め事増やしてと思うけど、拡大化しているのは祖父の責任なので恨むなら祖父をという気持ちもある。
滅多に出向いてこないあたしを見て、祖父は休憩を告げる。
人払いをしたあとにあたしに用件を聞いてきた。
「皆の動向を知りたい?」
当の祖父はあたしの要望に怪訝そうに返す。まあ、変は変だよね。でも、いきなり死亡フラグがですねというのもちょっとなと思って。
「ええ、ちょっと問題ある宣託をもらってしまったので無事を確認したいのです」
祖父はレティシアの家族、王家、雇っている護衛たちの資料を渡してくれた。……全部、まとめてるのってすごくない?
「今のところどこもおかしそうでは……」
そういいかけて、傭兵団の動きに不審さを感じた。最初に一つの傭兵団を動かして、場合により追加するという話だった。
しかし、二つ向かっている。さらにもう一つの予定もあり、一つの砦には過剰防衛に思えた。
王家に気を使ってというにしても、だ。
「お祖父様、隠し事は、ございません?」
「少々、国境が不穏という情報があってな。殿下に死なれてはこまるであろう?」
「そうですが……」
どうせ観測するなら、生きている方がいい。
殿下が死にそうってこと? でも、人が増えた分安全になるはず。それなら彼の死亡フラグじゃないのかな。
じゃあ、誰が?
あたしが、というところは確かにあるけど、それはもう当たり前すぎて警告されることではない。それならあたしが絶対大丈夫と思っている人、じゃないだろうか。注意しなくてもと油断している殺しても死なないというやつ。
「…………あ」
ユーリクスか!?
先日、砦に行くと言っていたし。
ユーリクスは特定の条件下で出てくる。
レティシアに会うのはいつも、もう少し先のこと。いつも同じように傭兵団に所属している。団長ではないこともあるがそれは小さな差だろう。
出てこないときは、傭兵の仕事などで亡くなったんだろうなと後追いすることはなかった。
「紙もらっていいですか?」
「ああ、書き物をするならあちらのテーブルを」
「ありがとうございます」
なにが起こったということは把握しても、関与している人物の有無については放置していた。そっちのほうが本当は大事だったのかも。
「マジか……」
思わず素でつぶやいた。
ユーリクスは、正気ではないレティシアのときに必ず出てくるわけではない。場合により、だ。正気ではないがトリガーだと思っていたが、違うようだ。
殿下の生死で、分岐している。
殿下の死が確定している、かつ、レティシアが正気を失う場合、ほぼ確で出てくる。
殿下の生が確定している、かつ、レティシアが正気を失う場合、他の誰かがその役目を負う。これは固定ではない。
あたしは、レティシアの条件が変動しているための違いと思っていた。
「…………もーほんとーさー」
レティシア中心に見すぎていた。礼儀など全部ぶん投げて突っ伏すことにした。ショック過ぎる。
「なにがわかったのだ?」
「お祖父様、本当に、なにか隠してません?」
気が進まない様子の祖父から聞いたのは、殿下が襲われる件だった。砦がではない。その情報をもたらしたのはユーリクスである。あの野郎、あたしには何も言わなかった。腹立つ。
それはさておき、侯爵家からもできる手回しはすべてしているという話は安心できる要素のはずだ。しかし、嫌な予感だけが増えていく。
彼がもしかして、そのフラグを知っていたなら。
知っていてなお、自分より殿下が生きる先のほうがよいだろうと勝手に判断したというのなら話は違う。
勝手に決めて、勝手に動くことに腹が立つわけではない。そこまでの差し手を気取るつもりもないし、できもしない。
問題はそこではない。
「……おじいちゃん、お願いがあるの」
にっこりと笑って、孫としておねだりすることにした。
この世は、権力と金だ。使ってなんぼである。
あたしのお願いに祖父は嫌そうな顔で、了承を告げてくれた。




