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……が戦車に乗ってやってくる、のです。

第64話です。

 戦車は歩兵の速度に合わせて、かなりゆっくりとした速度で近づいてきていた。

 エラの目にもその異様な姿が見えるようになると、彼女は息を呑み、おれのそばへ馬を寄せた。


「あれ――あの怪物は何ですか?」

「あれは怪物じゃない。戦車って機械だ」


「機械?」

「製粉所の中を見たろう? いろいろな歯車が回って石臼を動かしたり、粉を運んだりしていたじゃないか。機械というのはああいうものだ」


「じゃあ、あれも粉を挽くんですか?」

「いや、あれは粉は挽かない」


「粉を挽かない? 何の役にも立たないやつですね」


 粉原理主義者のハーフエルフが戦車を全否定したそのとき、恐ろしい音が轟いて、戦車の砲が白煙を上げた。

 砲弾はおれたちよりもずいぶん手前に着弾した。

 爆発し、砂利がバラバラと辺りに降った。

 砲口の向きから砲弾がはずれることはわかっていたから、おれは驚きもしなかったが、エラはヒッと言って首をすくめた。


「何ですよ、あのドーンのバーンは?」

「大砲だな」


「大砲?」

「宿場で『八月軒』がおまえに向かってバーンてやったじゃないか。アレの親玉みたいなもんだと思えばいいよ」


「ええー、それは危ないですね。小さいのでもあれほどだったんですから、あんな大きいのじゃたまったもんじゃないですよ。シッシッ! あっち行ってください」

「何だよ? どうしておれを遠ざけようとするんだ?」


「だって、あれってつまり師匠を欲情させるものなんですよね? あんな大きいのでやられたら、師匠を止めようがないですもん。こんなときにカンベンしてくださいよ、もう。ほら、あっちへ行っててください。あっち行け、コラ! ハウス!」


 何でイヌみたいな扱いを受けるのか、と思いながら、おれは馬の手綱を取るとエラの後ろへまたがった。


「あ、きた! ヤメロ、来るな、あっち行け!」


 バタバタ手足を振り回すエラを落っことさないように気をつけながら、おれは馬の足を速め、戦車に向かって突っ込んでいった。

 戦車の砲塔が回り、連続して砲撃された。

 しかし、どの一発もかなり遠くに落ちた。


 戦車を持ち込んだところで動かしているのは領主の兵士だろう。

 二、三日の付け焼刃で、実戦に足るだけの操縦技術が習得できるはずもなかった。

 せいぜい適当に動かして、適当に大砲を撃つ程度のことしかできないに違いない。

 実際、その推測は正鵠を射ているようだった。


 領主の軍勢までの距離はまたたく間に近づいていった。

 さきがけの功を焦った騎士が戦列を乱してこちらへ向かってきた。

 突然前に現れた一騎を避けようと戦車は進路を変え、かえって隊列を組んで前進していた歩兵たちをなぎ倒すことになった。

 はねとばされた者、キャタピラの下敷きになった者。

 悲惨な光景を目の当たりにしたハーフエルフは、おれの腕の中で身を固くした。


「エラ、目を閉じていろ!」


 赤い羽根飾りをつけた銀のカブトの騎士が、槍を構えて左から迫ってきた。

 おれは周囲に超高気圧の壁を張り巡らした。

 羽根飾りの騎士は空気の壁にはじき飛ばされて、馬ごとひっくり返った。

 後ろに続いていた騎士も、それに躓いて倒れる。


 おれは空気の壁を維持したまま、戦車の右側の隊列へ馬を突っ込ませた。

 歩兵も騎士も撥ね飛ばしながら、左右に開いた陣形を切り裂いていく。


 戦車はおれを追って砲塔を回転させ、振り回された砲身に騎士たちがなぎ倒された。

 慌てて発射された砲弾は、味方歩兵を噴き飛ばした。

 さらに、無理やり方向転換をしようとして、そこに残っていた兵士たちを踏みつけ、阿鼻叫喚の地獄図絵を生じさせた。

 兵士たちはおれを追いかけるよりも、戦車から逃げるのに注力しなければならなかった。

 戦車から逃げ惑う兵士たちが隊列を乱し、陣は崩れていった。


 おれはもはやただの集団と化した兵士たちの間を突き抜け、馬を返して今度は右翼へ突っ込んでいった。

 そのとき、ひときわ大きな黒鹿毛の馬に乗った豪華な鎧の騎士に気がついた。

 領主だった。

 領主の位置を地図上に赤くマークして、おれは右翼を突き抜けた。


 戦車は迷走し、でたらめに射撃を繰り返し、味方に損害を与えていた。

 実際、おれはただ陣中を走り抜けているばかりで、戦車に傷つけられた兵士の方がずっと多かった。

 このまま、戦車にでたらめを続けさせてもよかったが、ムダに被害を増やすのは避けたかった。

 早急にケリをつけるなら、領主をどうにかしてしまうのが一番手っ取り早い。


 倒すか、さらうか。

 とにかく王手をかければいいのだ。


 おれはいったん集団の外へ出ると、領主の位置を確かめた。

 親衛隊に囲まれていたが、この辺りにいる騎士なら何人いようとほとんど気にする必要はなかった。

 おれは領主のマークめがけて突き進んだ。

 おれが領主を狙っているとわかれば、さすがに兵士たちも身を挺して、おれの前へ立ち塞がった。

 その者たちをことごとくおれは弾き飛ばして進んだ。


 もはや、おれを包む空気の壁はたんなる超高気圧の層ではなかった。

 おれはそこの重力方向に手を加えて斥力を生じさせていた。


 妨害する兵士たちを弾き飛ばし、打ち倒して、おれは領主を包む最後の一層である親衛隊の列に到達した。

 おれは右手に剣を生じさせた。

 親衛隊の最後の一人を退けると、目の前に領主の輝く鎧があった。


 おれは空気の壁を消した。それがあっては剣が届かない。

 エラの細い身体を左手に抱え、右手の剣を前方に突き出した。


 領主は何が起きているのかまるでわかっていないかのように、おれに向いて身じろぎ一つしなかった。


 剣尖がカブトを触れようとした瞬間、領主が左手を前へ突き出した。

 その手のひらから火球が放たれるのと同時だった。


 おれはとっさに剣を手離し、エラが抱えていた看板を掴んで火球を払った。


「わっ、あたしのー!」とエラが叫び、弾かれた火球は領主を助けにこようとしていた歩兵団へ飛び込んだ。


 おれは空気の壁を再構成し、領主の傍らを走り抜けた。

 領主が馬から跳び上がった。

 その手にはいつの間に握られたのか巨大な戦斧。

 重装備の領主がおれの頭上に浮かんでいた。

 上空から振り下ろされる戦斧は、空気の壁をいとも容易く斬り破った。


 もはや戦斧は止められない。


 おれは空気の塊を、頭上の領主の胸へ撃ち込んだ。

 こちらの速度の方が勝っていた。

 領主は空気弾に突き上げられ、戦斧はおれの頭部をかすめるにとどまった。


 領主の身体はくるくると回転しながら、兵士たちの間へ落ちた。

 状況を理解できないまま、おれは兵士たちの中から脱出した。


 悲鳴と怒号と蹄の音。


 後ろから、重い全身鎧に身を包んだ領主が、自分の脚で走って追ってきていた。


 どういうことだ?

 常人にできる真似じゃないぞ。


 おれが馬上から振り返ったのを見た領主は、そのカブトを脱いで捨てた。

 そこに現れたのは、白い髪を風になびかせたノッポの薬屋だった。

 やつは領主と入れ替わって、おれが襲ってくるのを待ち構えていたのだ。

管理人 VS 領主軍 PART3 です。

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