節子、それ水槽やない……
第63話です。
いつのまにか「八月軒」の姿は消えていた。
追いかけている暇はない。
存在の許されない銃を「八月軒」が持っていたということは、ノッポの薬屋がやつに接触したということだ。
接触したのははたしてやつだけだろうか。
薬屋が領主にも接触している可能性は否定できない。
「管制」
そばにエラがいるので小声で呼んだ。
――荷物は届いた?
「うん、頼んでいた物は受け取った。他にも何かおれは発注してないかな?」
――ボケ老人か、あんたは? 自分の頼んだ物がわからないの?
「違うよ。今、燧石式の銃で狙われた。ここの設定に火薬はない。強化外骨格のときみたいに、また薬屋がおれ名義で注文してるんじゃないかと思う。それなら他にも注文している可能性があるだろう? それを調べてほしいんだ」
――わかった。ちょっと待ってて。
「師匠からセクハラを受けましたって、どこへ訴え出たらいいんですか?ああいうことってのはですね、お互いの気持ちが盛り上がってそれでそうなるわけですよ。勝手に欲情してTPOもかまわずにおっぱじめるってのは、犬猫並みです。せめてやりたいならやりたいって、ひと言あるべきじゃないですか」
おれは怒り続けているエラをまた馬に乗せて、町の出口へ向かった。
――経理の人があんたのこと、感心してたわよ。ずいぶんカネ持ちだって。家が資産家なのかって聞かれた。
「つまり――?」
――うん、また、たくさんのご購入ですよ。まず、さっきの鉄砲でしょ。それから、男性用スキンケア化粧品三個、最新型大型テレビ一台、最新型オーディオセット一台、最新型お掃除ロボット三台、あんたの家には部屋が幾つあるのよ?、最新型大型冷蔵庫二台、石灯籠三台……石灯籠? 何ゆえ石灯籠? 女神石像三体、五百羅漢像ワンセット――つまり五百体ってことよね? 猛獣用鉄檻三個、大型水槽一台、あはは、動物園か水族館でも開くつもり? 寿司特上にぎり二十人前、うな重松二十人前、天ぷらそば海老天増量二十人前、ミックスピザLサイズ――
「やめろ、やめてくれ。聞きたくない。それ、何とか経費で落としてくれよ」
――まあ、やれるだけやってみるけど……寿司とうな重とそばとピザは難しいかも。
管制は笑いながら通信を切った。
ノッポの薬屋のやつ!
ものには限度があるってわからないかな。やっていいことと悪いことがあるだろう。
ルール違反だろ、これは。
もうおれはため息しか出なかった。
その様子を見たエラが馬上から「ふん。反省しているようだから、赦してあげますよ」とのたまわった。
まあ、えらそうに。ありがとよ。
アップローン街道を西へ。アッププロ河畔の製粉所跡地に向かう。
頭に展開した地図では、領主が埋伏させている兵が三か所でチカチカ光っていた。
一番近いところで三キロというところだ。
四つの点が光っていた。
こちらはまだ相手の視界には入っていない。
おれは光点の周辺を拡大表示した。
光点が人のカタチになって見えた。四人とも土手の叢の中に隠れていた。
「なんですかねえ。いい天気だし、暑くもなく寒くもなく、まるでハイキングにでも出かけてきたような感じですねえ」
暢気なことを弟子は言っている。
「それにしても誰もいませんが、どうしたんでしょう?」
街道にはまるで人の姿がなかった。
前にも後ろにもおれたちだけだった。
きっと昨夜の魔法がうまくいったのだ。
おれが危険だから立ち入るなと言ったのが効いているのだろう。
つまり、川までの間には、おれとエラと、おれたちを待ち伏せしている領主の兵士だけ、ということである。
おれは道をちょっとはずれて、手頃な石を四個拾った。
エラのそばへ戻ると、四人の頭を狙って間髪をおかずに投げた。
石は風を切って飛んで行き、通常視力ではすぐに見えなくなった。
「誰もいないと思って危ないですよ。人に当たったらどうするんです? 見えないだけで人がいるかもしれませんよ。大人のそういう社会常識に反した行動を、子どもも真似するんですから、注意してください」
「子どもって何だ? おまえのことか?」
「バカ。オットーとアンヌに決まってるじゃないですか」
オットーとアンヌ?
オットーとアンヌって誰だっけ?
聞き返すとまたエラがブチ切れそうなのでやめた。
頭の中の地図では、四つの光点に向かって四つの赤い点がまっすぐな軌跡を描きながら接近していった。
そして、石はそれぞれの目標に過たず命中した。
光点は動かなくなった。
殺してはいない。意識不明にはなっているだろうけど。
そうやって、おれは敵の視界外から埋伏兵たちを次々と無力化していった。
最初の埋伏兵の倒れている場所にさしかかったとき、エラが馬の上から叢の中の兵士たちに気がついた。
「今日は天気がいいからなあ。あたしもそんなふうにノンビリ寝たいですよ、まったく。ああ、苦労がなくていいわねー、あなたたち」
と嫌味を言ってその傍らを通り過ぎた。
もちろん、ノビてる連中はピクリとも動かなかったが。
不平をこぼした挙句ノドが渇いたと言うので、エラに革袋からワインを飲ませた。
そのあと、おれもひと口飲んだ。
世界中のワイン通がこのひと口のために全財産を差し出すだろうというくらい美味かった。
二時間ほどで目的の川原に到着した。
変な鳥、とエラが空を指差した。
違う。
そこに飛んでいるのは実況中継用のカメラだ。
アプレーデルの宿から東へ三キロの空き地に設置されたジャンボスクリーンでは今、おれたちの姿が大映しになっていることだろう。
文字通りの観戦客が何千人も集まっているんじゃないかな。
エラ、おまえも映っているんだぜ。
自慢のかわいいお顔をアップで抜かれたら、オデコのタンコブが玉に瑕だけど、ファンが何人か何十人かできるかもな。
あ! 観戦料取るんだった!
そうすれば、寿司代と鰻代くらいは何とかなったかもしれない、
と思ったが、よくよく考えれば、この世界の貨幣などここでしか役に立たないのだった。
おれは川原へ降りて行った。
石だらけで足場が悪いが、領主の騎馬兵にはもっと動きづらかろう。
川下を見た。
視力を増強させなくても、領主の軍勢が黒い固まりになって見えた。
騎馬の音、鎧の音、兵士たちの立てるさまざまな音の中に、違和感のある音が混ざっていた。
機械文明における内燃機関というやつが出す音だ。
何で?
薬屋の注文した中に、そんな喧しい音を出す物はなかったはずだ。
おれは視力を上げて、軍勢の中に音の出処を探した。
黒煙を上げているので、そいつはすぐにわかった。
軍勢の中央を威風堂々とこちらへ向かってきていた。
管制、何が「水族館でも開くつもり?」だよ。
その「タンク」は「水槽」じゃない。
どこの水槽にキャタピラと砲塔が付いているんだ。
そのタンクは水槽じゃなくて、「戦車」って意味だよ。
管理人 VS 領主軍 PART2 です。




