外骨格っていえばエビやカニの仲間です。
第48話です。
老人が引き金を引くよりも早く、おれは左へ跳んでいた。
毒針はおれがいた空間を通過して、後ろの壁に突き刺さった。
「待て、逃げるな」
のろくさい爺さんにいちいち合わせていられるか。
おれは扉を跳ね上げたままの戸口から跳び下りた。
今はエラの方が心配だ。
監視室の外は依然として耳をつんざく騒音と、白い粉で満たされていた。
エラは通路の中央で、霧のように粉が舞う中で、クルクルと回っていた。
「歓喜の舞」というやつか。
暢気な弟子の傍らに、ガイドの娘はいた。
まずは彼女のそばからエラを離さなくては。
このうるささでは、声は届かない。
そばまで行こう、と思った矢先だった。
何か途轍もなく重量のある物が、おれの右側から衝突してきた。
おれは弾き飛ばされて、軽い基体は石臼に打ちつけられた。
普通の人間なら全身複雑骨折というところだ。
おれは石臼にべったり貼りついた状態だった基体を剥がし、何がぶつかってきたのか確かめた。
そして、おれは目を疑った。
初めは全身鎧をつけた騎士なのかと思った。
しかし、そうではなかった。
そいつは確かに人の形をしていたが、その身体を覆っているのは単純に打ち延ばされた金属の板ではなかった。
銀色に輝く特殊合金。核攻撃にも耐えられる仕様というやつだ。
戦闘用強化外骨格――こんなものがここにあっちゃ絶対マズい、という代物だった。
ノッポの薬屋のやつ、手段を選ばねえな。
こいつはさすがに管理人の能力を限界まで使ってもてこずるるだろう。
フルフェイスのマスクは前面が透明な特殊樹脂製になっていた。
そこに見えるのは中年の髭面だった。
レモネード売りの祖父さんによく似ていた。
祖父がいて、孫がいれば、父親が出てくるのは当然と言えば当然か。
おれは痛覚をオフにし、視覚と聴覚と嗅覚の受容帯域幅を上げ、感度を増幅した。
筋力と反射速度は最大。
体表密度も最高にして防刃防弾能力を上げた。
基体にインストールしている格闘技スキルセットはすべて起動させた。
戦闘準備は完了、だ。
――ねえ、まだケリつかないの?
管制のまるで緊張感のない声。
「何だよ? 今取り込み中なんだけど」
――経理からあんたに確認してくれって清算書が回って来たんだけどさ。あんた、こんなにいつ注文したわけ?
「こんなにって、最近はこの新しい基体しか買ってないけど」
――そうだよねえ。でもねえ、清算書だと「小型他世界転移装置」でしょ、「針銃」でしょ、それからねえ、こいつは大物だわ、最新型の「戦闘用強化外骨格」ね。こんなに注文してるよ。うん、発送先は全部そこになってるし。
おれは愕然とした。
ノッポの薬屋のやつ、手当たり次第にオーパーツを投入しやがると思ったら、全部おれにつけてやがったのか。
「心当たりはあるって言えばあるなあ……」
――ああ、そうなの。あんた、使いすぎよ。ローンだけで給料ほとんど残ってないじゃん。
げっ、効いた。
このローン攻撃に比べたら、強化外骨格のタックルなんて屁でもないわ。
「ノッポの薬屋にやられた。全部、やつが注文したんだ。現に今、目の前にはその注文品の強化外骨格が、おれをぶっ飛ばそうと待ち構えている。なあ、支払いを拒否するとか、会社の経費に回すとかできないのか?」
――会社にはつけられないわよ。そのためにはそこの製粉所のことも説明しなくちゃならなくなる。あんたがクビになるのは勝手だけど、あたしまで巻き込まないでちょうだい。
畜生。ノッポの薬屋の野郎。絶対赦さねえ。
「じゃあ、せめてこの外骨格の仕様書を送ってくれよ」
――了解。それくらいはね、してあげるわ。
おれは送られてきた仕様書を確認してみた。
どうやら生身の基体の攻撃では、駆動装置くらいしか狙い処はないようだった。
あとは中の人が製粉所の親爺という素人であることに期待するか。
強化外骨格の背中に装着されているモーターが回転数を上げたのが、赤外線でわかった。
直後、外骨格は突進してきた。
なんだ、一つ覚えの攻撃だな。
おれは軽いステップでタックルをかわし、外骨格の腰を蹴った。
関節部への攻撃なら、うまくすれば中の人へもダメージを与えられる。
が、相手は最新型だ。一度蹴ったくらいでは中には何の影響もないだろう。
外骨格は前へつんのめって倒れ、そのまま石臼まで滑っていった。
不慣れな者が操縦しているからか、外骨格は起き上がろうとしては転びという不様な真似を数度繰り返した。
おれはこのチャンスを見逃さなかった。
うつぶせている相手の背中に付いているモーターへ蹴りを入れた。
モーターさえ壊してしまえば、外骨格は動けなくなる。
そうなれば、中にいるレモネード売りの父親にとって、重量のある強化外骨格は武器であるどころか、牢獄に変わる。
おれは外骨格のモーターをガンガン蹴とばした。
レモネード売りの親父は左腕を振り回した。
おれは腹に喰らってはじき飛ばされた。
さすがに最新型のパワーだ。
おれは「ベルトコンベヤー」の支柱を折って、小麦粉の山に頭から突っ込んだ。
エラがすっ飛ぶおれを目を丸くして見ていた。
彼女にはまだ状況が理解できていないようだった。
ガイドの娘もよくはわかっていないのかもしれない。
エラから少し離れた場所で、父親が操縦している強化外骨格を気味悪げに見つめていた。
おれは粉の山から飛び出して、外骨格のところへ戻って行った。
その間に、外骨格は起き上がってしまっていた。
おれが近づいていくと、外骨格はでたらめに腕を振り回した。
おれはそれをすべてかわして、腋の下に手刀を突き入れた。
おれの指先は関節部の薄い装甲を突き破ったが、それでも高密度繊維で編まれた内部防護膜に遮られて、レモネード売りの親爺の身体までは届かなかった。
おれは背後に回ってモーター部分を攻撃した。
通常爆弾ではその装甲に傷一つつけられないのはわかっている。
しかし、高性能の爆薬を使うといって、どのレベルの爆薬を使えばいいのかわからなかった。
強すぎる爆薬を使って親父ごと吹き飛ばしてしまう気はない。
動けなくするだけでいいのだ。
おれは外骨格の粗雑としか言いようのない攻撃をことごとくかわして、関節とモーターへ執拗に打撃をくわえた。
しばらくすると、外骨格の動きが鈍くなってきた。
しかし、それはおれの攻撃が功を奏してきたわけではなく、中の人であるレモネード売りの親父が疲れてきたからだった。
おれは腰の関節部へ攻撃を集中させた。
一見地味で卑怯に見えるこの攻撃だが、戦術的には理に適っている。
なぜなら、世の親父連中というのはだいたい腰痛持ちなのである。
腰を痛めつければ、レモネード売りの親父もいずれ音を上げるに違いないわけだ。
実際、おれが数十発の蹴りを腰部にみまうと、外骨格は前屈みになってよろよろと逃げようとした。
効いてる、効いてる。
おれはさらなる攻撃をレモネード売りの親父の腰へくわえた。
外骨格は石臼にもたれるようにしてそのままズルズルと床へ崩れ落ちた。
勝負の行方は見えたと思った。
レモネード売りの祖父の方をすっかり忘れていた。
おれの腰に何か小さな物が刺さった。
痛覚をオフにしているので、そういう情報として報らされた。
おれはもう一発蹴りを入れようとしていた。
だが、そのときにはもう下半身に力が入らなくなっていたのだ。
おれは、ストンッ、と膝をついてしまった。
針銃を構えている老人の姿を視界の端にとらえながら、おれは白い粉が雪のように積もった床へ、うつぶせに倒れた。
たまには戦う管理人です。ちょっと卑怯だけど。




