エピローグ
全校生徒の前で演説会。
「緊張してる?」
「しないわけないじゃない」
姫子の声はこわばっていた。寒さに震えるかのようだった。
「ちょっといこ」
「でも、時間?」
「まだ平気」
詰まりそうな息を楽にするべく、二人きりになれる場所――茶道室にやってきた。
鍵をあけて、部屋に入るなり、姫子は私の胸に飛び込んでくる。
キスはなかった。
畳の上で、私の体を抱きしめていく。
その姫子の体は小さく震えていた。
「姫子も人間なのね」
「わたしをなんだと思っているのよ」と胸の中で苦笑する。「こういうとき緊張しないほうがおかしいもん。ピアノの発表会のときを思い出すなあ。あのときは、上手く弾けますようにじゃなくて、お父さん、お母さんが怒りませんようにって、祈ってたっけ?」
悲しい祈りだった。
「あのときとはぜんぜん違うもんね。この緊張は心地よいよ。でも、初めての緊張でもある。こんな心の弱い自分がいたんだってビックリしてる」
「目的は達成したんだし。落ちたっていいじゃない」
元から生徒会に入る気はなかったのだから、そのほうが好都合のはずだ。
「そのつもりだったけど、応援してくれる人が多いんだもん。失敗しちゃいけないって思いが強くなって、そしたら怖くなってきた。彩花は凄いよ。わたしって人望ないから、彩花の手伝いがなきゃ、ひとりぼっちで活動することになっていた。やるのは演説だけで、他はなんもせずに、運命に任せてた」
「わたしは、なにかしたつもりないし」
「つもりなくても、人を集められるのだから、本当にすごいよ。私が惚れたわけだ」
私の胸の谷間に顔を埋める。
「こんな時に発情するな」
「エロい気持ちになる度胸が欲しいぐらいだよ。こうしてると安心するの。暫くこのまま。お願い」
言葉通り。姫子はそれ以上なにもしてこない。
緊張していた。姫子の前に応援演説する私は、それほどの緊張を覚えなかった。
姫子は、ジッと私の体を抱きしめて、ぬくもりを感じることで、心を落ち着かせていった。
「時間」
「うん」
素直にしたがって、姫子は体を離した。
物足りない、という顔をしていた。
なんとなく、親に捨てられた子猫のように見えた。
だからこその気まぐれだ。
「元気になれる、おまじないしてあげよっか?」
靴を履いて、茶道室から出る前に私は言った。
「おまじない?」
「そう。目をつぶって」
姫子は言うとおりにする。
私は、姫子のサラっとした前髪を撫でて、それを後ろにやった。
それから、
「好きだよ」
と口にする。
「あっ」
開こうとする姫子の口を塞いだ。
キス。
私からのキスは初めてだ。
好きと言ったのも。
舌をからめていくのも。
ぜんぶが初めて。
「元気でた?」
唇を離した。
「うん。これ以上にないぐらい」
「そっ、良かった」
私たちは手を取り合って茶道室を出た。
暫くは繋いだままだ。
「あいかわらず、姫子の手は冷たい」
「彩花の手は温かい」
だからこそ、私が温めていかなくてはならない。
体育館に向かう生徒の姿が見えてきたので、何もなかったように、自然と、私たちの手は離れた。
残念そうにはしていなかった。
むしろ、自信で満ちあふれていた。姫子の歩く速度があがっていた。
「彩花」
「なに?」
「大好き」
「あっそ」
そっけなく返事をする。それでいい。気持ちのほうはちゃんと伝わっている。
姫子が前に進んで、私はそれを支えていく。
そんな関係が、これから続いていくのだろう。
END
読んで下さってありがとうございます。
ドロドロもシリアス度も低めの、
いちゃいちゃとした百合を目指してみました。
19で終わらせる予定だったけど
姫子のネタばらしより
彩花の「好き」で終えたほうが良いかなと2エピソード追加。
本格的な小説を書く前のリハビリ作で、
原稿用紙100枚ぐらいを想定していたけど、
250枚ほどになってしまった。
ちなみに本編では名無しである彩花の妹は
麻奈花といいます。
彼女が主人公の、
ライバル関係である超ツンデレ少女を、
片思いをしている女癖の悪いイケメンに食われるまえに
食ってしまおうとする続編が
浮かんでいるけど、書くかは分かりません。