第48話 お宅訪問
「宇宙人でアンドロイド……」
買い物から戻った後、そらはあかりにモコスの切り抜きまとめ動画を見せた。モコスと会わせる前に少しでもモコス側の事情を説明する必要があったからだ。モコスが来るまで時間がなかったのもあり三〇分の簡易版である。
「そうそう。モコス様は宇宙人」
うーんと、あかりは考え込む様子である。天使ではないということに納得がいかない様子だ。
「でも宇宙人は設定ってことだよね?」
「まあそうね」
本人は宇宙人と自称しているがそれはVtuberの設定とも言っているし、見せている宇宙の実写映像もCGだとモコスが主張しているのがややこしいところだ。モコスを宇宙人だと信じない派の最大の論拠でもあるし、切り抜き動画でもそこにはしっかりと言及している。
「じゃあ天使じゃないってことにはならないよね?」
そらも少し考えてみる。高度な技術力があるのは確かであるが、神様や天使といったファンタジー方面の偽装だったとしても不思議は……あるのか? 実際やるには手が込みすぎているし、そんなことをする理由もやっぱりそらには思いつかない。
「でも本人が宇宙人だって言ってるんだし尊重すべきでは?」
命を救われたことで天使だと思いたいのは、そらにもわからないでもないのだが――
あかりの状況は絶望的だった。医者がこれ以上は無理だと匙を投げた。動くのもままならなくなるほど体力は衰え、体は常に苦痛を訴える。薬での緩和も部分的な効果しかなかった。
そこへあの世へのお迎えがやってきた。銀色の髪が月明かりに照らされ、それはあかりが目にした中で一番の美しい光景だった。幼さを残した整った容貌。可愛らしい声で『もっと生きたいですか?』との問いかけ。あまりにも幻想的だったので夢か幻覚だとしか思わなかった。
あかりは死の淵で出会ったモコスに天使を見たのだ。
そしてモコスのナノボット治療が施され、ここ数ヶ月間苦しめられていた苦痛からも解放された。苦痛も後悔もやり残した漫画の続きも、天使と出会い、すべて許された。自分はこのまま心穏やかに天国へと行けるのだとあかりは信じた。
「宇宙怪獣の監視のため一人地球に取り残されて、本当はやっちゃいけないんだけど地球人を救うために地球に降り立つ。これはもう天使では?」
あかりは切り抜きを見てモコスの事情は概ね把握できた。確かにモコスは宇宙人でアンドロイドなのだろう。だが監視だけの任務を逸脱し、自らが破壊される危険を冒してまで地球を救う道を選んだ。これが本物の尊いという感情かと、切り抜きを見ながらあかりは思ったのだ。
「うんまあ、モコス様の事情を理解してくれたならそれでもいいよ……」
モコス様の地球防衛計画の邪魔だけはしないように。そらがあかりにそれだけは絶対に言い聞かせようとしたところで玄関の呼び鈴が鳴る。
あ、とそらが言う間もなくあかりが玄関へと突撃していった。
◇◇◇◇
「っ!? きゃ~~~~!」
モコスを見たとたん、観奈月あかりがそう叫んで飛びかかってきたのでモコスはサッと身をかわした。
「ちょっ、何やってんのよ、あんたは!」
「黒髪! 黒髪の天使様!? 黒髪も似合う!!」
「すいませんすいません。よく言い聞かせますので、ご勘弁ください、モコス様!」
じりじりとモコスににじり寄るあかりを抑えながら必死に頭を下げるそらだったが、モコスは冷静に対処していた。飛びかかられたところで簡単に捕まるほど鈍くもないのだ。
「謝罪の必要はありません。ですが儀礼上握手くらいなら応じますが、抱きつくのは良くはありません」
「握手はいいの!?」
そう言ってどうみても握手じゃない体制で近づく様子を見せるあかりから、モコスはまたススっと距離を取る。
「がーん。いやでも天使様だものね……純潔を守る。そういうのもあるのか……」
これでは埒が明かないと、モコスはあかりに向かって言った。
「これ、あかり先生に差し入れです」
そう言って大事に保持していた箱を差し出す。漫画家を訪ねるなら甘味の差し入れが作法だと、モコスはケーキを購入してきたのだ。
「これはご丁寧にありがとうございます。ささっ、立ち話もなんですしこちらへ」
「待って! 握手! 握手だけでも!」
「観奈月あかり先生は興奮状態にあるようです。落ち着くまで接近は禁止します」
お邪魔しますとリビングに移動しながらあかりの接近を回避しつつ、モコスは冷酷に言い放つ。
「落ち着いたら接近しても!?」
「ダメです。あかり先生から邪な心が感じられます」
「くっ……でも蔑む目線もイイ……」
たまらずそらはあかりの頭をぶっ叩いた。
「いたーい。ボク、病み上がりなんだよ!?」
「病気になる前より健康そうな動きをして、何が病み上がりよ!」
だがあかりは興奮して更にまくし立てた。
「そう! そうなんだよ! なんだかすごく活力が湧いて出てきて! 今ならいくらでも描けそうだよ! モコスちゃんありがとう! ボク、身も心もモコスちゃんに捧げるよ! 稼いだお金も無駄にいっぱい溜まってるし、それも全部あげる! この家もモコスちゃんの家だと思って自由に使っていいよ!」
軽い調子で言っているあかりだが、これは本気である。ぜひ受け取ってほしいと思っている。
「いえ。それらは特に必要としていません」
「あーん。じゃあ漫画の権利も持ってけ!」
「それはありがたいですが、いいのですか?」
「地球を救うためだものね。全部持っていって。けど、モコスちゃんの目的ならとりあえずは海外の配信権みたいな感じだよね?」
「はい。私が代理人となっての、日本国外の配信サイトでの配布権という形式になるでしょう」
モコスは取り分に関して説明を続けた。売上高の三割が配信サイトの販売手数料で六割が宇宙怪獣への対処費用。残り一割が作者の取り分、印税となる。
「モコスちゃんの分は?」
「私は一切の利益を取りません」
「それはダメだよ。私のは全部あげるし、他の人からももらえる一割からいくらか持っていくべき。販売手数料と同じ三割くらいかな?」
いくら地球防衛のためとはいえ、九割が消える。そこからさらに三割となると作者が受ける印税がたった七パーセントとなってしまう。そんな非人道な搾取はあり得ないとモコスは思う。宇宙怪獣への対処費用もなんらかの形で返還できればと考えているのだ。
「それは受け取れませんし、あかり先生の分もきちんとご自分で受け取ってください」
「ボクの命の値段はそんなに安くはないよ」
「はい。あかり先生の価値はお金では測れません」
「モコスちゃんに命を救ってもらった恩は、この観奈月あかり、終生をかけてでも返す所存だよ。だから遠慮なく受け取ってほしい」
恩を返すと言われたところで、コラボのお願いに来ただけなのだ。それにコラボよりもほしいもの、あかりの漫画の販売権は手に入れられそうだ。少し考え、モコスは口に出した。
「あかり先生は漫画家です」
モコスの言葉にあかりがハッとした顔をする。このモコスちゃんが一番ほしいものは何か。もちろんお金なんかじゃない。
「漫画家なら……受けた恩は漫画で返す!?」
「先生の漫画を待ち望んでいる多くのファンへ届けること。それが私への最高の恩返しともなりましょう」
正直、財産や身も心も捧げると言われたところで困るし、漫画家なのだから漫画を描いてほしい。それがモコスの偽らざる本心である。
「わかった! ボク、漫画を描くよ!」
モコスちゃんはやさしい。やっぱり天使じゃないか。あかりはそう思った。
あかりはすっくと立ち上がる。アシなどいらない。最初は四畳半のお風呂もないボロアパートで、一人っきりで漫画を描いていたではないか。初心に帰るのだ。そう考えあかりは脇目も振らずリビングを後にした。残されたそらがモコスに申し訳なさそうに声をかける。
「コラボ、どうしましょうか?」
「コラボは急ぎませんから」
モコスが気にする風もなく言うので、そらはとりあえず南原宇宙技研の話をすることにした。
「それでは南原宇宙技研の件なんですが……」
「アンバサダー就任ですね。改めておめでとうございます」
「いえ。なんだかモコス様の手柄を横取りしたみたいで……」
確かにそれはモコスが提供した情報のお陰なのだろうが、だからといってモコス自身がやれることでもないのだ。南原宇宙技研には大っぴらには関わるつもりはモコスにはない。アンバサダーという地位を提供されてもそれをやる時間もスキルもない。
「むしろ私のほうがそらさんにあのような役目を押し付けて心苦しく思っていました。あの日も相当遅くまで拘束されていたのでしょう?」
あの日、何かあった時のために偵察機は残してあったが、そらと南原社長の間にどのようなやり取りがあったかまではモコスは知らない。知り合いをこっそり偵察するなど、宇宙的価値観でも無作法というものだからだ。
「それはぜんぜん平気で! 月の石も貰いましたし、技研から提示された報酬は破格でしたし!」
「そうですか? 満足されているのなら良かったです」
「それで年間一二〇〇万円ももらえることになったんですが、これは本来ならモコス様が受け取るべきではないかと思うのです」
アンバサダー就任の報酬だけなら本来ならこれほど高額にはならないはずなのだ。銀河そら規模の個人配信者であれば月に十万。あるいは二十万も提示すれば喜んで受ける配信者はいくらでもいる。月一〇〇万という額はモコスに対する報酬の一部であると考えるのが自然だ。ならばこれを全額そらが受け取るのは間違っている。貰いすぎだとそらは考えるのだ。
「それはそらさんが受け取るべき正当な報酬です。仮に私に渡すとしても税金面で面倒になりますし、私はお金をそれほど必要としていませんから」
金のプレートを無料で配ってしまう財力がモコスにはある。それにはそらも頷くしかない。直接モコスに報酬として渡すのもまずいのもわかる。
「アンバサダーはやりがいのある大きな仕事なのでしょう?」
それはもう、とそらは頷く。
「大きな仕事にはそれに見合う報酬というだけのことです。南原宇宙技研はこれから儲かるのですから、遠慮なくもらっておくといいです」
「儲かりますか」
「研究開発費ゼロで成功を約束された宇宙開発事業です。私の試算では今後一〇年で最低でも――」
モコスの出した数字に、ひえっ、とそらは思わず声を漏らした。一二〇〇万円など端金レベルの、世界的大富豪の資産か国家予算かという数字だったからだ。南原社長がモコスのことを気にするわけだし、ただのメッセンジャーであるそらですら下にも置かぬ扱いをするわけだ。
「それでですね、南原社長がなんとかモコス様と連絡が取れないかと。もちろん無理なら諦めるし、できる限り極秘でのやり取りにするからと」
そらさんはちゃんと仕事をしているようだと、モコスは考える。こちらの事情をしっかり理解して考慮してくれている。
「答えるかどうかは別として話くらいは聞きましょう」
「それは喜ぶと思います!」
宇宙進出は巨大な事業だ。情報を与えてそれで終わり、と現実はならないことくらいはモコスも小惑星帯の開発で理解した。完璧に見えた計画も、実際に動かしてみると齟齬などいくらでも発生する。宇宙開発への干渉もどうせいつかはバレるのだ。ならば表立ってはできないが、必要とあれば追加の支援はするつもりはモコスもあった。すでに介入してしまった以上、成果を出して貰わないとそれはそれで困るからだ。
「……とりあえずコラボの相談をしますか?」
南原社長からの一番の依頼を乗り越えホッとしたそらは、今日の目的に話を切り替えた。
「あかり先生は呼ばなくていいのですか?」
「あの子はあんまり配信に力を入れてないので、こちらで決めてから持っていったほうがいいと思います」
そらの薦めであかりも始めたVtuberだったが、すぐに仕事が忙しくなって、不定期でたまにやる程度になってしまっていたのだ。
「なるほど。漫画製作にかかられているようですから、負担をかけるのも良くないですしね」
「それでいま考えているのはですね、あかりの復帰記念の雑談配信で――」




